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石若駿、日々の研鑽が形成した音楽の奥深さ 中村佳穂ら参加したAnswer to Rememberライブを振り返る

リアルサウンド

20/3/5(木) 18:00

 1992年生まれのドラマー・石若駿はひとことで言えば“早熟な天才”である。北海道で生まれ育った石若は、小学生の時にハービー・ハンコックにそのプレイを絶賛され、中学時代に日野皓正のグループに参加。東京藝術大学の付属高校から同大学の打楽器科に進み、ジャズや現代音楽を学び、大学を首席で卒業した。その後は、CRCK/LCKSや東京ザヴィヌルバッハ・スペシャル、桑原あいトリオ・プロジェクト等々に参加し、精力的に活動。昨今は石若が昔からファンだったくるりのサポートも務めており、今、日本で最も忙しいドラマーと言ってもいいだろう。

参考:MIYAVIやTKらのサポートドラマー boboが語る、スタイルの確立と大きな転換期

 そんな彼が新たに立ち上げたのが、Answer to Remember(以下、ATR)なるプロジェクト。これまで石若が一緒に演奏してきたミュージシャンが集った、現時点での総決算的プロジェクトと言える。昨年12月4日に発売された『Answer to Remember』には、Jua、KID FRESINO、黒田卓也、君島大空、中村佳穂Bandなどが顔をそろえ、このアルバムのハウスバンドというべきATR Bandが11曲中4曲でフィーチャーされている。

 そんなアルバムのリリースを記念したイベント『“Answer to Remember” OHIROME GIG Vol.1 ~石若駿 史上最大の祭り、よろしくワッツアップ~』が2月4日にLIQUIDROOMで行われた。NY在住の黒田卓也も含め、アルバムに参加したメンバーをなるべく多く集め「石若史上最大のお祭り」をやるというふれこみのこのライブ、結論から言うと音楽的な密度や濃度はアルバム以上で、石若の音楽的な懐の深さを改めて思い知らされるものだった。

 豪華布陣で臨んだこの日のライブ、セットリストやゲストの配置などが絶妙で、アルバム同様、石若がトータルプロデューサーとして優れていることを再認識させられた。と同時に、ドラマーとしての魅力を余すところなく見せつけた夜でもあった。これまで、石若が参加した音源はライブに比べて若干おとなしい印象があったのだが、ATRでのプレイはダイナミックで躍動的。初めて彼のライブを見た時に、単純に音がデカく、それだけで説得力と迫力が生じていたのを思い出した。つまり、プロデューサーとしての役割と、ドラマーとしての役割を同時に果たしていたライブだった。以下、ライブの具体的な流れを記していきたい。

 トップバッターは石若駿、マーティー・ホロウベック(Ba)、細井徳太郎(Gt)、松丸契(Sax)によるSMTK。出だしからアグレッシブかつ刺激的な演奏で攻め立てる。披露された5曲はすべて石若以外のメンバーが書いたもので、即興のスリルと練られた構成がせめぎあうように魅了された。

 続いて石若が歌ものに取り組むプロジェクト、SONGBOOKが登場。SONGBOOKは石若が主にピアノで作曲した曲を複数のボーカリストが歌いわけるというスタイルをとっている。この日登場したボーカリストは、ceroのサポートも務め、昨年末にメジャー初作『oar』をリリースした角銅真実。角銅は東京藝大での石若の先輩であり、両者は学生時代から面識がある。SONGBOOKはこれまで4枚の音源をリリースしており、小田朋美や小西遼が歌っているトラックもあるが、比重としては角銅がボーカルを取る楽曲が圧倒的に多い。石若が書くうたものは独特の転調やひねりの効いたメロディが特徴で、人によっては歌いづらいようだが、角銅は最初からすんなり歌えたらしい。この日は石若がピアノを弾き、角銅の清冽な歌声がリキッドルームを包み込んでいた。

 その後は、先述したATR Bandを核に多くのミュージシャンが入れ替わり立ち替わり演奏するスタイルで進行。MELRAW(Sax)、中島朱葉(Sax)、マーティー・ホロウベック、海堀弘太(Key)、佐瀬悠輔(Trp)から成るATR Bandは、安定感のある盤石の演奏で石若のドラムを盛り上げる。そこに、ermhoi、KID FRESINO、karai、君島大空、黒田卓也、King Gnuの新井和輝などが登場して、彩りを添えてゆく。

 特にスペシャルだったのが、シンガーソングライターの君島大空を迎えた「散瞳」、「遠視のコントラルト」。君島はソングライターとしてもボーカリストとしても類い稀なる才能の持ち主だが、筆者は初めてナマで見た彼のギターに唸らされてしまった。その技術力と迫力は、同じくこの日ステージにあがった西田修大に比べてもひけをとらないほど。彼が思いっきりギターを弾きまくる曲だけを集めたアルバムを聴いてみたいと思ったほどだ。

 そして、この日のクライマックスとも言えるのが、中村佳穂Bandを迎えて演奏された「LIFE FOR KISS」。中村が作詞を、石若が作曲を手掛けた曲で、即興的な部分も見受けられる中村の天衣無縫なボーカルと西田修大の煽情的なギターが活躍。巨大なうねりを生み出していた。

 それにしても、石若のミュージシャンとしての柔軟性には感嘆せざるを得ない。KID FRESINOのようなヒップホップ畑のラッパーとも、中村佳穂や君島大空のようなボーカリストとも、調和と均整の取れたアンサンブルを奏でることができる。石若が常にオープンマインドなスタンスで音楽と向き合ってきたからこそ、可能だったことだろう。

 冒頭で石若について“早熟な天才”と書いたが、その一方で今の彼があるのは年間300本程度のライブをこなし、地道に研鑽を積んできた結果だと思う。まるで武者修行のように……、とでも形容したくなるところだが、石若の活動に修行という言葉につきまとう悲壮感はまるでない。ただひたすらに音楽を愛し、音楽に愛された人だという気がするのだ。

 最後に余談めくが、『Answer to Remeber』の音源及びライブには、多種多様な国籍や出自を持つミュージシャンが違和感なく共存していたことも記しておきたい。具体的には、Juaはハワイ生まれで日本/フランス/カメルーンのクオーター。ermhoiは日本とアイルランド双方にルーツを持つ。ニラン・ダシカはカナダ生まれメルボルンで育ちで、インドやドイツのルーツもある。トニー・サッグスはアメリカ人で、マーティー・ホロウベックはオーストラリア。ファラオ・サンダースの息子であるトモキ・サンダースは日米のハーフ。

 以前石若にインタビューした時は、国籍や人種は特に意識はしていなかったというが、パプアニューギニア出身でNYやメルボルンで活動してきたジャズピアニスト、アーロン・チューライが東京に拠点を移した2008年頃から、こうした傾向が顕著になってきた印象がある。日本の新しいジャズシーンは、今後も多様なルーツを持つアーティストの受け皿になっていくのではないだろうか。(土佐有明)

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