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樋口尚文 銀幕の個性派たち

宮城まり子、ロリータの横顔の真実

毎月連載

第52回

20/6/25(木)

写真:毎日新聞社/アフロ

コロナ禍で巷が騒然としてきた3月21日、宮城まり子が逝った。と言っても、今どきの若い読者はその名も知らないかもしれないが、少し前にNHKの朝ドラで再注目された国産アニメ映画第一号『白蛇伝』で森繫久彌とともに声の出演を果たした女優、もしくはTBSのアニメ番組『まんが世界昔ばなし』のテーマソングを歌い、声の出演もやっていた女優といえばわかるかもしれない。実際、宮城の人生の後半は女優としてよりも、1968年、30代の終わりに設立した肢体不自由児療護施設「ねむの木学園」の理事長・園長という肩書のほうが有名だった。そして74年にはこの学園の障がいを持った子どもたちの日常をとらえた『ねむの木の詩』という自主製作映画を監督し、ATGで公開された。

この経歴だけをみると真摯な慈愛あふれる篤志家という感じだが、私はどうしてもそんな宮城まり子のことが胡乱な人と感じられ、その慈善事業にも何かいわくがあるのでは、と当時思えてならないのであった。それはとんでもない誤解で、宮城まり子は本当に誠実な思いのみで生きていた人で、むしろ晩年は非道な取り巻きに欺かれて慈善のための資金をだまし取られてしまうような人物であった。

それなのになぜ宮城のことを誤解してしまったかというと、あのご存知の方には強烈に残っているであろう白痴美ロリータ的な雰囲気とエロキューションのせいである。今の若い読者に解説するなら、元フェアチャイルドのYOUという人気タレントがいるが、彼女をもっとロリータにして、もっとおバカちゃんなしゃべり方をさせた感じだった。『ねむの木の詩』の頃はもう40代も半ばだったのに、まだロリータおばさんであったから、今ふうに言うと“痛い”感じなのだが、70年代半ばというのは内向的な優しさ追求の気分があったので、なんとなく当時の風景のなかでは許されていた印象はある。

どうしてもそれ以降は「ねむの木学園」の繊細な聖母というイメージながら、宮城まり子の“正体”は(その変更なきロリータ路線をはじめとして)もっともっと面白い「個性派」なのだった。たとえば彼女は二十歳の時に浅草松竹演芸場で益田喜頓に発見されて日劇にデビューし、映画にも出るようになるのだが、当初は『みんなあげるわ』『あなたほんとに凄いわね』といった艶笑お座敷ソング的なジャンルで売り出され、大ヒットとなった。

あの舌たらずでちょっとおつむが弱そうな“守ってあげたい”錯覚を呼ぶ雰囲気は、ずばりこういう路線で活かされていた。しかも、映画にもなった『あなたほんとに凄いわね』に至っては、不謹慎な内容でレコード倫理規定に抵触しているとお叱りを受けたのだから、「ねむの木」の聖母はずいぶん飛ばしている人だったのだ。ちなみに松竹映画『あなたほんとに凄いわね』の準主役で出演した宮城の恋人役は『男はつらいよ』シリーズの初代おいちゃん役の森川信だった。

こんな宮城がコケットリーよりも庶民的なペーソスをカラーとするようになったのは1955年の大ヒット曲『ガード下の靴みがき』からだが、実はこの線が宮城本人の生い立ちからすると相当はまっていたかもしれない。宮城は鉱山会社を営む父のもと蒲田に生まれ、幼児期からバレエに日舞にと優雅な習い事三昧だったが、やがて父の事業破綻で大阪へ夜逃げ、さらに十二歳で母も亡くなって親戚に預けられ、女学校も中退した。

歌手を志して終戦時になんと吉本興業に入り、歌唱グループをつくってドサ回りをするうちに宮城は見出されてメジャーデビューを果たすのだが、この豊かな環境からどん底への転落は、彼女の優しさもしぶとさも筋金入りにしたに違いない。それがちょうど戦時中の大変な時期にも重なっているので、なおさらである。

女優として記憶に残るのは市川崑監督『黒い十人の女』で船越英二扮する女たらしのテレビプロデューサーに篭絡される未亡人の役だが、71年のなかなかよかったNHKテレビ小説『繭子ひとり』の先生役あたりからは映画やドラマへの出演はぐんと数少なくなった。そのかわりに、今度は映画監督として自らの「ねむの木学園」をめぐる『ねむの木の詩』『ねむの木の詩が聴こえる』を製作した。これらはさまざまなタイプの障がいをもつ子どもたちの、健気な生活の断面を(名匠・岡崎宏三をキャメラマンとして)とらえたものだが、みんなに溶けこんでいる宮城だからこそ撮れたと思しき自然体の画も多く、いつの間にか感動させられてしまう優しくみずみずしい佳篇だった。

それでもなお、私にとってロリータおばさんの宮城まり子は最後まで個性派過ぎる人であったが、その誠実の人としての“正体”は、これらのごまかしのきかぬ映画たちが何より物語っていることだろう。


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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