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テレビから離れて 〜 放送作家・鈴木おさむの作品レビュー 〜

今すぐ映画館で観てほしい!2作品を紹介 『ミッドナイトスワン』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

毎月

第15回

『ミッドナイトスワン』(c)2020 MidnightSwan Film Partners

『ミッドナイトスワン』

この連載のタイトルは「テレビから離れて」ですが、今回紹介する映画の主役は、まさに「テレビから離れて」です。

草なぎ剛君主演の『ミッドナイトスワン』です。草なぎ君演じるトランスジェンダーの主人公は新宿で働いている。ある日、親戚の子供を預かることになり……。という話。もう色んなところで、色んな方が絶賛しまくっているので、「おもしろい映画だ」とはわかっている方も多いとは思いますが、映画って「おもしろい」と聞いていてもなかなか観に行かなかったりしますよね? わかります。みんな忙しいし。でも、この映画だけは絶対に観てほしいし、なにより、日本アカデミー賞の作品賞と主演男優賞は是非取ってほしいと思っているのです。「テレビから離れた」彼の能力がギュっと詰まっている。

この映画の監督、内田英治監督と、公開数日前にご飯に行く機会がありました。もう映画が素晴らしすぎたので、聞きたいことが多すぎた。まず、この映画は5年くらい前に脚本を作っていたと。だけど、色んな理由で制作が進まずに、ある時、プロデユーサーが「草なぎ剛さんは、どうですか?」と提案してきた。そして草なぎ剛君サイドにお話を持って行ったら、即決で決まったらしいです。もちろん5年前とは脚本も変わっているようです。

タイミングという言葉がありますが、この映画には脚本が最初に出来てから5年必要だったんじゃないかと思います。その間に、草なぎ剛君は、SMAPが解散し、「新しい地図」になり、テレビから離れて、YouTubeを始めたり、ネット番組をやったり、そして舞台、映画をやり。ちなみに、テレビドラマはやっていない。

『ミッドナイトスワン』(c)2020 MidnightSwan Film Partners

そんな状況の中で、経験を積んで、主役の人が学ばなくてもいいかもしれない現実を学んだりして、すてきな大人になりました。特に、大人の色気を手に入れました。

この映画のすごいところは、映画の中ではとてつもなく悲しいことが起きるんだけど、でも、そういうことって、今日、すれ違った人にも起きてるかもしれないということ。

僕は現在48歳ですが、40年以上生きていると、まあ、いろんなことがありますよね。楽しいことだけじゃなく、人生ってしんどいことの方が多いよねって気づく。

でも人それぞれ、自分のこと、親のこと、家族のこと、つらいことあるけど、人にはあまり言わないですよね。本当の芯の部分って。特に東京で長年生きてきたら、よりしんどいと思うんです。

『ミッドナイトスワン』(c)2020 MidnightSwan Film Partners

生きること=しんどい……ってことが当たり前だってことになかなか気づけない。だけど気づいた時に、周りの大人の顔を思い浮かべると、みんなそうなんだよなって気づく。でも、そのことはあえて言わない。

『ミッドナイトスワン』(c)2020 MidnightSwan Film Partners

だから、この映画は、その種明かしをされてしまってる気がする。みんな人には打ち明けない「芯」の部分を見せる。

自分とは遠い世界の話に見えて、めちゃくちゃ近い部分があって、だから見るととてつもないカロリーを使うし、しんどい。だから、映画館のあかりがつくまで席を立たない。だから素晴らしい。そして観終わった後に、地面を強く踏みしめて歩き出したくなる。そんな映画なんです。

だからこそ、みなさん、映画館で、感じてほしいんですよね。この痛みを。そして「テレビから離れた」からこそ手に入れた役者・草なぎ剛の力を。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

続いて紹介したいのはアニメ。アニメと言うだけで、「はい、そのジャンル、私には関係ない」という方も少なくないと思うんですが、そう言う人にこそ観てほしい。

特に、お子さんのいる方は号泣必死のアニメなんです。そのアニメは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』と言います。京都アニメーション制作のアニメ。ここまで読んで、この作品が好きな人は、僕がこれを語ることを嫌がる人も多いでしょう。ですが、観ていない方、観ようと思ってない方に本当に観て欲しい。

設定はファンタジーです。とある時代のとある国。4年間にわたる大きな戦争が終わってからの物語。主人公、ヴァイオレット・エヴァーガーデン(女性)は、戦場で「武器」と言われて戦うことしか知らなかった。とてつもない戦闘能力で人としての心があまりない。戦争で両手を失い、かなり自由に動く義手をつけているのだが、戦争が終わり、戦う必要もなくなった彼女は、とある「郵便社」で働き始める。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

文字を書けない人が多く、郵便社では手紙を代筆する「自動手記人形」と言われる仕事がある。ヴァイオレットは、そこで自動手記人形として手紙の代筆を行っていく。

戦闘マシーンとして生きてきた彼女は人の心をあまり理解できない。手紙の代筆を頼まれても、人の感情がなかなか理解できない。いい手紙が書けない。そんな彼女が経験を積んでいき、様々な感情が育まれていくというお話なんです。

連続アニメは13本。そして、10月に公開になった映画版(大ヒット)。連続アニメを僕はNetflixで観たのですが、1話23分ほどなので、非常に見やすい。

最初の数話は、その物語の世界観を噛みしめながら理解していくのですが……中盤から一気に加速していく。つまりは、ヴァイオレットの中で感情が少しずつ増えていき始めてからがかなりやばいです。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

父と娘。母と娘。親子をテーマにしてる回も多く、一気にスイッチを押されます。ヴァイオレットは「愛してる」を探していきます。

僕は現在48歳ですが、26歳位の時に初めて「あれ? これが愛してるって気持ちなのかな?」って瞬間がありました。「好き」とは違う「愛してる」。

そして30歳で結婚し「愛してる」ということが体に染みていきます。43歳で子供を授かり、また、その「愛してる」には色が足されていっている感じがします。

この「愛してる」ほど言葉で説明出来ないものはない。でも、僕の感じているものが「愛してる」だとしたら、「愛してる」って意外と大人になっても、老人になっても、感じてない人がいるんじゃないかと思ったときがあり、それを僕の信頼してる女性に話したら「私もそう思う」と。

だけど「愛してる」を感じてないから、悪いわけでもない。人としてだめなわけでもない。その方が幸せなこともあるだろうし、「愛してる」を知ってしまったばかりに、苦しい思いをしてる人も沢山いる。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

この映画、この作品を知らなかったり、興味を持ってなかった方の中で……「愛してる」を知った人には絶対観て欲しいんです。

永遠なんてない。当たり前なんてない。愛することも儚い。そしてアニメ版を一気に観たら、映画です。

僕が観た渋谷の劇場は昼なのに一杯。大人の方から中学生まで。こんなに色んな年齢層の人が見に来ている映画を久々に観ました。

そして友達が「開始5分で泣いた」と言っていて「そんなわけあるか!」と思ったら、開始5分でマスクが濡れていました。

映画まで観終わって、大きな花束を渡してもらえたような気分になれます。

公開情報

『ミッドナイトスワン』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:草なぎ剛、服部樹咲(新人)、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
監督・脚本:内田英治
配給:キノフィルムズ

(c)2020 MidnightSwan Film Partners

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
全国公開中
出演:石川由依、浪川大輔
原作:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』暁佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
監督:石立太一
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
世界観設定:鈴木貴昭
美術監督:渡邊美希子
3D美術:鵜ノ口穣二
色彩設計:米田侑加
小物設定:高橋博行
撮影監督:船本孝平
3D監督:山本倫
音響監督:鶴岡陽太
音楽:Evan Call
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
配給:松竹

(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

プロフィール

鈴木おさむ(すずき・おさむ)

放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。漫画『秘密のチャイハロ』(講談社コミックスなかよし)が発売中。10月31日スタートのテレビ朝日系土曜ナイトドラマ『先生を消す方程式。』の脚本を担当。バブル期入社の50代の部長の悲哀を描く16コマ漫画『ティラノ部長』の原作を担当し、毎週金曜に自身のインスタグラムで公開中。

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