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『透明人間』が描く、現代における恐怖の感覚 リー・ワネル監督の洗練された手腕を読む

リアルサウンド

20/12/18(金) 12:00

 もし、プライベートな空間でリラックスしているときに、“見えない何者か”が、すぐそばに潜んで自分をじっと観察しているとしたら、どう思うだろうか。そして“それ”が、自分の生活や人生を思いのままに操ろうとしているとしたら……。

 姿の見えない“透明人間”を題材にした映画は、映画の歴史のなかで、これまでいくつも作られてきた。そのなかでも本作『透明人間』は、現代における恐怖の感覚そのものを封じ込めることで、ただ観客をその瞬間だけ驚かせるのではなく、“見えない何者か”を通して、観客たちが生きている現実に否応なく関わってくるような、油断ならない一作となっている。

 『アス』(2019年)や、ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』のエリザベス・モスが演じるのが、本作の主人公セシリアだ。彼女は、天才的な科学者であるエイドリアンと交際し、彼の邸宅で暮らしていたが、この男は恋人を束縛し、その行動をコントロールしようとする人物だった。セシリアは、妹エミリーに協力してもらい、エイドリアンの邸宅から脱出し、エミリーの恋人の家にかくまってもらうことでエイドリアンの束縛から逃げることに成功する。

 恋人への束縛は、軽いものなら可愛げがあるかもしれないが、度を超えて加害的なものになってくると、パートナーに対する暴力行為であるDV(ドメスティック・バイオレンス)の一種とされる。セシリアは窮地から脱した後も、エイドリアンが追ってきているのではないかとびくびくしながら暮らし、家の敷地から出ることもできないような精神状態に追い込まれる。本作がまず描くのは、束縛や支配によって人の心が壊された姿だ。

 そんなセシリアに、エイドリアンが自ら命を絶ったという報せが届く。その出来事は、彼女の心を救うはずだったが、セシリアはまだエイドリアンが生きているような気がしてならない。そんな予感を裏付けるように、彼女は様々に不可解な出来事を体験することになる。そして、“エイドリアンは透明な状態になって、いつも近くで自分を監視している”という、荒唐無稽に思えるような疑念を抱くことになる。

 本作がおそろしいのは、透明人間が本当に存在するのか、それともセシリアの妄想なのかということが判然としないまま進行していくところだ。その意味で、ここでの“透明人間”とは、“暴力によって心が支配された人が、その相手がこの場にいなくとも負の影響を受け続ける”という構図の象徴として表現されているのだ。この解釈は、透明人間を題材とした作品のなかでも、哲学的とすらいえるものとなっているように思える。

 近年、アメリカで数多くのホラー映画を製作してきた、ブラムハウス・プロダクションズは、低予算ながら大ヒットした『パラノーマル・アクティビティ』シリーズをはじめ、『インシディアス』シリーズや『ヴィジット』(2015年)、『ゲット・アウト』(2017年)、そして『ハッピー・デス・デイ』シリーズなどなど、個性的で切れ味のある作品を手がける気鋭の製作会社だ。本作『透明人間』は、そんなブラムハウス・プロダクションズの作品であり、まさにスタジオの象徴のような個性あふれる映画なのである。

 もともと本作は、大手映画会社のユニバーサルが企画した、ホラー映画大作シリーズ「ダーク・ユニバース」のなかの一本として企画されたという。これは、マーベル・スタジオのヒーロー映画におけるMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のように、一つの共通した世界を舞台に各作品が連動していくようなものになるはずだった。だが「ダーク・ユニバース」は頓挫し、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(2017年)一作のみで、企画は立ち消えになってしまった。本作『透明人間』は、その影響によって路線を変更して作品化されることになったのだ。だがそれは、本作を先鋭的なものにすることに一役買うことともなった。

 本作の監督リー・ワネルは、“ホラー・マスター”と呼ばれたジェームズ・ワン監督の盟友として、『ソウ』シリーズや『インシディアス』シリーズなどで脚本を担当してきた、ホラー表現を深く理解する俊英。本作ではその経験や彼のセンスが活かされ、洗練された恐怖描写が多く見られる。キッチンで火事が起こりそうになるトラブルを長回しでとらえた演出はジェームズ・ワン監督の天才的な感覚をも想起させる本作の白眉といえるし、要所にあらわれるショッキングな描写も、ただ大きな音響で観客をびくつかせるようなものでなく、恐怖を醸成する工夫が周到に練られていることで、根源的な不気味さを獲得している。

 また監督作『アップグレード』(2018年)を含め、ワネル監督のホラーやサスペンス作品はコンセプチュアルな部分が大きく、これまでジャンル映画で描かれてきた表現を、根本から見つめ直したものになっていることが多い。“透明人間”という題材を、DVの恐怖におびえる女性の心理を描くホラーにするというワネル監督の今回の試みは、女性に向けられるハラスメントの問題が取り沙汰されることが多くなった近年の状況をも汲んだものとなっている。

 その試みは本作のなかでさらに深いところまで到達していく。セシリアが不可解な出来事によって追いつめられ、心理的、身体的な暴力を受けながら透明人間の思惑に誘導されていく姿は、女性が現実の社会で体験する理不尽な出来事が、まさに“見えないもの”、“無かったこと”として、存在しないかのように扱われるという絶望的な状況そのものであるように描かれている。そして、一部の男性の保守性や既存の社会通念のような“見えないもの”が、女性の社会のなかでの役割を限定している状況を表現しているようにも思えてくる。

 そんな苦境に落ち込んでいくセシリアは、見えない存在に怯え続けるが、本作はそんな主人公の底にある強さをも表現する。セシリアを演じた俳優エリザベス・モスは、力強い表情が個性の一つだ。本作では、立て続けに理不尽な目に遭いながらも、災難に抗って前に進もうとする強さがキャラクターに宿っていることを、その目の表情で雄弁に示している。本作『透明人間』は、数々の事態に遭って潰されながらも、一人の女性が本来の強さを取り戻していく物語でもあるのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■リリース情報
『透明人間』
12月23日(水)ブルーレイ&DVD発売

価格:ブルーレイ+DVD 4,527円(税別)
   4K Ultra HD+ブルーレイ 6,345円(税別)

<4K UHD・ブルーレイ・DVD共通特典>
・ 未公開シーン
・ エリザベス・モスの表現力
・ リー・ワネルの撮影日誌
・ 『透明人間』のキャストたち
・時を超える恐怖
・ 監督/脚本 リー・ワネルによる本編音声解説

監督:リー・ワネル
製作総指揮:クーパー・サミュエルソン、ベア・セケイラ、ジャネット・ボルトゥルノ、ローズマリー・ブライト、ベン・グラント
製作:ジェイソン・ブラム、カイリー・デュ・フレズネ
出演:エリザベス・モス、オリヴァー・ジャクソン=コーエン、オルディス・ホッジ、ストーム・リード、ハリエット・ダイアー、マイケル・ドーマン
アメリカ・オーストラリア/2020年/The Invisible Man
発売・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(c)2020 Universal Studios. All Rights Reserved.
商品ページ:https://www.nbcuni.co.jp/movie/sp/toumei-ningen/
キャンペーンサイト「恐怖の館へようこそ」:https://nbcuni-cp.jp/kyofunoyakata/

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