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ぴあ

いま、最高の一本に出会える

『落語研究会 五代目柳家小さん大全 上(DVD)』(製作著作・発売元:TBS/販売元:ソニー・ミュージックダイレクト)

山本益博の ずばり、落語!

第十七回『五代目柳家小さん』 令和の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第17回

19/10/30(水)

私は、東京生まれ、下町育ちで、小学校は台東区立清島小学校、先代の林家正蔵(のちの彦六)が住んでいた稲荷町の長屋の近くにあった。中学校は越境入学し、台東区立上野中学校へ進んだ。上野の芸大、国立博物館、寛永寺に囲まれた上野の森にあった。

その中学の同級生に山田という、いがぐり頭の生徒がいて、落語が上手だった。雨の日、校庭や体育館も使えないとき、教室で自習になったのだが、そんな時、決まって、先生が山田に落語をやるように勧めた。教壇のうえに座り、しばしば演ったのが『時そば』で、いつも拍手喝采だった。

山田くんは五代目柳家小さんに似ていて、おむすびを連想させた。後日、高座で小さんの噺を聴くたびに、中学時代の同級生を思い出したほどだった。

「第250回 東横落語会」の記念プログラムと大入袋

柳家小さんの高座をきちんと聴いたのは、昭和43年(1968年)3月の「第五次落語研究会」の第1回公演だったのではなかろうか。小さんはこの時『猫久』を高座にかけている。

以来、「落語研究会」では毎月小さんを聴いたし、渋谷のホール落語の古株「東横落語会」でも、小さんはレギュラーだったため、毎月楽しむことができた。

今でも思い出す高座といえば『うどん屋』『笠碁』『三人旅』『粗忽長屋』『長短』『時そば』『狸賽』『長屋の花見』などなど、得意な噺は長屋を舞台にした滑稽噺、ただし、長屋のかみさんは別として、艶っぽい女は苦手で、その手の噺は高座にかけなかった。

マクラから噺の本題に入っても、ほとんどといってよいくらい上下(かみしも)に姿を振り分けず、大袈裟な身振り手振りも加えずに、顔の表情で人物を描き分けてみせた。噺を芝居がかった演劇にせず、あくまでストーリーテラーとしての噺家の立場をわきまえて噺を運んでいった。噺に出てくる人物ばかりか、狸などの動物までも「料簡」を大切にして、落語の本分に徹した名人だった。

しかし、それで噺が無味乾燥になるわけではなかった。『強情灸』『にらみ返し』では、顔の表情が噺の核となり、その表情だけでも大いに笑わせた。稀に余興の大喜利で「百面相」をやり、TV『花王名人劇場』(フジテレビ系列)では、豆絞りの鉢巻きをし、顔を真っ赤っかにして口を尖らし「蛸入道」を演じてみせて喝采を浴びたこともある。

さよなら東横劇場特別企画「第294回 東横落語会」(昭和60年6月28日)/江國滋(演芸評論家・左端)、柳家小さん(真ん中)、山本益博(筆者・右端)

五代目柳家小さん、本名小林盛夫は、1915年(大正4年)長野県に生まれ、1933年(昭和8年)四代目柳家小さんに入門した。顔つきが童顔で丸顔だったところから、師匠から「栗に似ているから、栗之助」の前座名を付けられた。

1947年(昭和22年)真打昇進、九代目柳家小三治を名乗った。その襲名披露興行中に師匠四代目小さんが急死、ほどなくして、八代目桂文楽の預かり弟子となった。

そして、1950年晴れて五代目柳家小さんを襲名した。

その後は、落語協会の会長などを務め、東京の落語会の重鎮として活躍したのはご存知の通り。「永谷園」のお茶漬けのTVコマーシャルでもおなじみで、落語界以外でもその名は広く知られていった。

1995年には、落語界では初めての「人間国宝(重要無形文化財技術保持者)」に認定された。

五代目小さんの弟子としては、五代目柳家つばめ、立川談志、十代目柳家小三治、五代目鈴々舎馬風、柳家さん喬、四代目柳亭市馬などなど、文楽からの預かり弟子柳家小満ん、つばめからの預かり弟子柳家権太楼を加えると枚挙にいとまがない。さらに、小三治の弟子柳家三三、さん喬の弟子柳家喬太郎など孫弟子を加えると、落語協会の一大勢力地図が出来上がるほど。

2002年5月16日、87歳で死去。同年2月2日の鎌倉での長男現六代目柳家小さん、孫の柳家花緑との「親子三人会」が最後の高座となった。

豆知識 『くいつき』と『膝替わり』

(イラストレーション:高松啓二)

どちらも、寄席の出番の用語です。番組の最初の高座のことは「開口一番」と言います。ほとんどが前座の出番で、寄席の空気、落語の雰囲気を作ることが大切な役割で、前座が客を笑わせることが第一ではありません。

寄席の高座は、最後に上がるトリ(主任)を除いて、ほとんど一高座15分単位、ほどの良いところで「仲入り」となります。売店で弁当や飲み物を買った客が、席に戻って、飲み食いを始めます。

そこへ「仲入り」後の芸人が上がるところから、その出番を「食いつき」と言います。ここへは人気の落語家が登場します。ざわついて落ち着かない空気のなかでも、客席をひとつにまとめるだけの実力がないといけません。

そして、トリの真打の前に高座に上がるのが「膝替わり」。ここは「色物」の出番で、真打の芸を邪魔しない、それでいて見せ場を作れる「太神楽」「手品」「曲芸」など、台詞の少ない寄席芸が最適です。

9月下席の新宿・末広亭での「柳亭小痴楽真打昇進披露興行」では、「食いつき」に桂米助、「膝替わり」に「曲芸」のボンボンブラザースが出て、トリの新真打柳亭小痴楽の高座を上手に引き立てていました。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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