Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

太田和彦の 新・シネマ大吟醸

神保町シアター「一年遅れの生誕百年 映画監督 川島雄三」で観た『風船』と『洲崎パラダイス 赤信号』

毎月連載

第12回

19/6/2(日)

「一年遅れの生誕百年 映画監督 川島雄三」のチラシ

『風船』
神保町シアター
特集「一年遅れの生誕百年 映画監督 川島雄三」(4/27〜5/10)で上映。

1956(昭和31年)東宝 110分  監督:川島雄三 原作:大佛次郎 脚本:川島雄三/今村昌平 撮影:高村倉太郎 音楽:黛敏郎 美術:中村公彦 出演:森雅之/三橋達也/二本柳寛/新珠三千代/北原三枝/芦川いづみ/左幸子

後年の石井妙子の名作評伝『おそめ―伝説の銀座マダム』のマダム・上羽秀が、京都木屋町の自分の店で出演し、台詞もある堂々の存在をみせる。川島は「おそめ」の常連だった。石井の第二作『原節子の真実』(第十五回新潮ドキュメント賞)も力作。

森雅之は天才画家として認められていたが、転向してカメラ会社の社長で成功している。森の妻は世間体と見栄を重んじて、芸術的感性をもつ森にはやや鬱陶しい。長男・三橋達也は父の会社の部長職で不自由がない。純真な娘の芦川いづみは小児まひの後遺症で家にこもって絵を描いている。

三橋はクラブ勤めの新珠三千代を愛人として囲い、毎月の手当てを忘れないが、真剣な新珠はそんな三橋が物足りない。森が師事した高名な画家の息子・二本柳寛は画家にならず、上海やパリを放浪し今はナイトクラブを経営。遊び相手の現代娘・北原三枝に、三橋をパトロンにするようけしかけ、そうなってゆく。

京都に出張した三橋は、自分が学生時代に下宿していた家の娘・左幸子が弟の学資を出して苦労しているのを知り、不憫な気持ちになる。

こういう人間関係の大佛次郎の原作はいかにも戦後の復興が見えてきたころの新聞小説だ。雰囲気だけの俳優と思っていた二本柳寛が面白い役どころを巧みに演じ、北原に「あなたは自分を悪者に見せよう見せようとしているのね」と指摘される。そういう面もあるが、世間をくぐってきた常識的人情味もあり、三橋に捨てられて自殺をはかった新珠の見舞いに芦川を連れてゆく。

しかし新珠は再度服毒して死ぬ。その葬式に出ない、ちゃんと渡すものは渡していたと言う三橋を森は平手打ちし、代わりに行く。子育てを誤った気持ちで三橋を放り出すことにし、妻の止めを聞かず辞表を出させる。

いろいろ嫌になった森は会社をやめ、初心に帰ろうと、京都の左のいる昔の下宿で扇絵を勉強すると決め、娘の芦川を誘うが断られる。季節が過ぎた晩夏の地蔵盆の夜、浴衣で踊りに加わっている芦川をみつける。

それぞれの人間をくっきりと、しかし紋切り型でなく描く川島の手腕は適確で、世間を甘く見ている三橋も単なるお坊ちゃんではない魅力がやはりあり、また下心ある北原もそれなりに知性味のある女として魅力をつくる。新珠と芦川の純真さが共鳴する場面は大きな救いだが、それを設定したのが悪者を自称する二本柳であるところがいい。

よく「フランス映画のような」と言うが、何が人間の真実などとあまりつきつめない、まさに「大人の映画」として楽しめる。





三橋達也、新珠三千代のまちがいない代表作

『洲崎パラダイス 赤信号』
神保町シアター
特集「一年遅れの生誕百年 映画監督 川島雄三」(4/27〜5/10)で上映。

1956(昭和31年)東宝 81分
監督:川島雄三 原作:芝木好子
脚本:井手俊郎/寺田信義 撮影:高村倉太郎
音楽:眞鍋理一郎 美術:中村公彦
出演:新珠三千代/三橋達也/轟夕起子/河津清三郎/芦川いづみ/植村謙二郎/小沢昭一

太田ひとこと:小沢昭一の出番は同じシチュエーションが三回で、一つの歌を順番に歌っている。

勝鬨橋の上。煙草を買ったら手元に六十円しか残らない三橋達也と新珠三千代は途方にくれ、「これからどうするんだい」「どうするって、あんたそればっかりね」「どうせ俺は甲斐性なしだよ、嫌なら別れてもいいんだぜ」。愛想を尽かした新珠がやってきたバスに乗込むと、三橋はあわてて追いかける。

降りたのは、川の先は洲崎遊廓になる橋手前。二人は「女中入用」の張り紙のある角の一杯飲み屋「千鳥」に入り、新珠は女将の轟夕起子に住み込みで働かせてくれと哀願、入ってきたラジオ商の河津清三郎に早速サービスに努めて売り込む。三橋はそんな様子がおもしろくない。

愚図で実行力なく、そのくせ嫉妬深い三橋。そんな相手と別れなきゃと思っている新珠。轟の世話で三橋は蕎麦屋出前の仕事をみつけてもらうが気が入らない。

そこからだ。新珠が河津と寿司屋に行ったと聞いた三橋は雨の中、寿司屋を片端から探し回る。河津をパトロンにした新珠はアパートを借りて手当てももらえるとさっさと千鳥を去る。置き残された三橋は必死で秋葉原ラジオ街を探し回り路上で倒れてしまう。やがて新しい着物でうきうきと千鳥を訪ねた新珠は、三橋があきらめて本気で働く気になった蕎麦屋の娘・芦川いづみが三橋に親切と聞き、蕎麦屋で三橋の帰りを見張る。どっちもどっち。一緒に居れば文句をぶつけ合うだけの仲なのに、いざ離れたと感じると追い掛けまわす。

テーマはずばり「腐れ縁」だ。川島はそれを、大阪人情喜劇的に茶化すでもなく、そこには真の愛がなどと到底言わず、「腐れ縁とはそういうものです」と生き生きと描き、男と女はこうだよなあとつくづく納得させる。一方、四年前若い女と出ていった夫・植村謙二郎を、ここで飲み屋をやっていればいずれ気がつくと待つ轟に、ある日悄然と戻ってきて喜ぶが、植村はその女に刺し殺され、知った轟の哀れさが切なすぎる。こちらもまた腐れ縁だったか。

川島雄三の中でも一番人気がこの作品。前作『風船』では、高慢な不実男と捨てられる愛人を演じた三橋と新珠を、こんどはベタベタの腐れ縁にする川島のセンス。川島にほれ込んだ俳優はフランキー堺、小沢昭一、そしてこの三橋達也。本来都会的好漢の三橋が、愚図でドジで情けない役に入れ込んで熱演。『風船』では芝居のしどころのなかった新珠は目の覚めるような演技開眼、両優のまちがいない代表作となった。川島万歳!


プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む