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『涼宮ハルヒの憂鬱』に通じるモブ視点の物語 『同じクラスに何かの主人公がいる』が共感を誘う理由

リアルサウンド

20/6/19(金) 10:00

 いつかヒーローになって、世界を救う。子供の頃、こんなことを真剣に考えていた人は、意外と多いだろう。私も、そうなると信じていた。だが年を取り、現実が見えてくると、単なる夢にすぎないと納得するしかなかった。改造人間になることも、ロボットに乗ることもないんだよ。空から落ちてきた女の子を助けて、冒険することもないんだよ、コンチクショー。

 まあ、そうやって人は大人になっていく。今の子供もそうだろう。ただ、昔の子供に比べると、夢から覚める年が早くなっていないだろうか。きっと莫大な情報に、簡単にアクセスできる時代になったからだ。世界のリアルや、トップレベルの才能が、すぐに分かってしまうと、自分がその他大勢のひとり――すなわち“モブ”だと理解せざるを得ないのである。

 だからだろう。近年、モブキャラを主人公にしたエンターテインメント・ノベルが増えているのだ。ただしパターンは、ふたつに分けられる。ひとつはモブキャラといいながら、特別な能力があったり、特別な存在だったりする場合。実は、このパターンがほとんどである。なぜなら従来のエンターテインメント・ヒーローの物語構造を踏襲したものであり、ストーリーを創りやすいからだ。

 もうひとつが、徹頭徹尾モブキャラの場合だ。このパターンの作品は少ない。なぜなら、その他大勢のひとりを活躍させる話を創るのは、非常に難しいからだ。この点をクリアした数少ない名作として、谷川流の『涼宮ハルヒの憂鬱』を挙げることができよう。

関連:【画像】角川文庫版『涼宮ハルヒの憂鬱』書影

 特別な能力を持っていたり、特別な存在だったりする美少女たちが巻き起こす非日常的な騒動を、キョンと呼ばれる、きわめて平凡な男子学生の視点で描いたライトノベルだ。キョンは主人公ではないが、語り手として物語の中心にいる。そしてヒロインたちに比べれば、モブキャラに近い存在であるにもかかわらず、ストーリーの中で重要な地位を占めるのだ。

 テレビアニメのヒットと相俟って、一大ベストセラーになったが、複数のヒロインの魅力やSF的なストーリーの面白さの他に、キョンの扱いも、自分がモブキャラだと思っている多くの読者を惹きつける要素となったのではなかろうか。そう思えてならない。

 おっと、前振りが長くなってしまったが、以上のことを踏まえて、昆布山葵の『同じクラスに何かの主人公がいる』を紹介したい。物語の主人公は、高校生の二宮蒼太。だが彼は、自分をモブキャラだと思っている。さらに自分の生きている世界が、何かの物語だと確信している。なぜなら同じクラスに、特殊能力を駆使して怪人と戦っているヒーローの神宮司流星がいたからだ。

 理由は不明だが、世界がフィクションであることに気付いている二宮。とはいえ、何かするつもりはない。平穏な毎日を過ごしたいだけだ。しかし、クラスメートとの会話で、ついツッコミを入れたことから、神宮司に目を付けられ、友達になってしまうのだった。

 というのが第一章の粗筋だ。以後、第二章では、世界の強制力に悩むヒロインの高三潴桜子が登場。第三章では、神宮司と桜子が苦戦する強敵との戦いに、二宮も巻き込まれる。モブキャラであろうとした二宮のツッコミは、メタ的なギャグで笑える。しかもギャグだと思っていたら、実は伏線だったという場合が多々あり。よく考えられた話なのだ。

 さらに本書は、青春と成長の物語でもある。フィクションの登場人物と自覚しているがゆえに、モブキャラであることに甘んじようとしていた二宮。しかし神宮司や桜子が、物語の都合で動かされる在り方を知って、ちょっとだけ心が動く。ヒーローやヒロインも、その役割を背負わされているという意味では、モブキャラと変わりがないではないか。だから彼らの危機に巻き込まれたとき、自分の意思で動いてしまうのだ。

 本書の舞台となっている世界が何なのか、結局のところ分からない。神宮司や桜子を手助けしたからといって、二宮がモブキャラから脇役に昇格することもない。でも、いいじゃないか。たしかに二宮は、自分の意思を持って、そこで生きているのだから。どんなに世界の強制力が強くても、これだけは“主人公”から、奪うことができないのである。自分がモブキャラだと思っている読者なら、そんな二宮に、大いに共感することだろう。

(文=細谷正充)

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