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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

四度目の映画化『若草物語』の話から…女性が大事な髪を切ること…最後は『ローマの休日』のオードリー・ヘプバーンにつながりました。

隔週連載

第47回

20/3/31(火)

 近く公開されるアメリカ映画『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が素晴らしい。ルイザ・メイ・オルコットの『若草物語』のトーキーになって四度目の映画化になる。
 監督は女優として『フランシス・ハ』(2012年)に主演し、監督として『レディ・バード』(2017年)を手がけた、いまもっとも輝いている女性グレタ・ガーウィグ。
 四人姉妹のそれぞれの生き方を追っているが、中心になるのは『レディ・バード』のシアーシャ・ローナン演じる次女のジョー。作者のオルコット自身が投影されている。
 時代は南北戦争が戦われていた19世紀のなかば、女性が職業に就くことなど考えられなかった時代。メリル・ストリープ演じる四人姉妹の伯母は、現実をよく知っているから「女が働く場所なんて、売春宿の主人か女優しかない」と皮肉っぽく言う。だから四姉妹が、金持の男性と結婚することを望んでいる。
 そんな時代にあって、ジョーは作家になるという夢を持ち、最後それを実現する。
 ピーター・ラビットの生みの親、ビアトリクス・ポターをレニー・ゼルウィガーが演じた『ミス・ポター』(2006年)や、昨年公開された、『長くつ下のピッピ』などで知られるスウェーデンの作家アストリッド・リンドグレーンの若き日を描いた『リンドグレーン』(2018年)に通じるものがある。
 女性が社会に出て働くことさえ難しかった時代に、作家を志す。『ミス・ポター』には、ポターがはじめての自分の作品『ピーター・ラビット』が書店のウィンドウに飾られるのをみて、うれしそうに微笑むいい場面があったが、『ストーリー・オブ・マイライフ』でも、シアーシャ・ローナン演じるジョーが、印刷屋で自分の最初の本が印刷され、製本されてゆくのを、やはりうれしそうに見る場面が心に残る。
 作家になるのが夢だった者には、はじめて自分の本が出来るのを見るのは大きな喜びになる。

 『若草物語』には、いくつもの印象的な箇所があるが、よく知られているのは、ジョーが自慢の髪を切るくだりだろう。
 四姉妹の父親は牧師。戦争が始まると、北軍の従軍牧師として戦地に行く。ある時、父が負傷してワシントンの病院に搬送されたと知らせが入る。
 母親が病院に駆けつけることになる。交通費などがいる。心配したジョーは、ひそかに母親のためにお金を作ろうとする。
 どうするか。自慢の髪を切って、それをお金にかえる。『ストーリー・オブ・マイライフ』にもこの場面がある。
 髪は女性の命と大事にされていた時代。思い切った決断であり、ジョーが意思の強い娘であることが分かる。

 女性が大事な髪を切る。
 それで思い出す映画は、オー・ヘンリーの五つの短篇を映画化したオムニバス『人生模様』(1952年、原題は“O Henry’s Full House”)の第五話『賢者の贈り物』(ヘンリー・キング監督)。
 若く貧しい夫婦(ファリー・グレンジャーとジーン・クレイン)がいる。クリスマスが近づいてくる。愛し合っている二人は、ひそかにプレゼントを用意する。お金がないから、それぞれ大事なものを売る。
 夫は、時計を売って髪のきれいな妻のために髪飾りを。一方、妻はそのきれいな髪を切り、売って、そのお金で夫の自慢の時計のために鎖を。結局、プレゼントは無駄になるのだが、二人は皮肉な結果にかえって愛情を確かめ合う。ほほえましい夫婦の愛の物語。

 前出の『リンドグレーン』にも、若き日のアストリッド(アルバ・アウグスト)が、1920年代の先端的なモダンガールは、髪を短く切る(ボブヘア。日本では断髪)と知って、思い切って髪を切る場面がある。
 娘が髪を短くしたのを見て驚いた母親は「地獄への片道切符だわ」と嘆く。一般的にはまだまだ女性が髪を切るなどあってはならないことだった。

 長い髪を切って短くする。
 それでいちばん有名なのは、ウィリアム・ワイラー監督『ローマの休日』(1953年)のオードリー・ヘプバーンだろう。
 自由を求めて公邸を逃げ出した王女は、新聞記者、グレゴリー・ペックのアパートに泊まったあと、一人でローマの街を歩く(無論、そのあとを新聞記者が追う)。
 王女はトレヴィの泉の前にある床屋で足をとめる。ショウウィンドウに、短い髪にした女性たちの写真が何点か飾ってある。
 それを見て、意を決した王女は、床屋へ入る。そして——。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
2019年 アメリカ
監督:グレタ・ガーウィグ 原作:ルイザ・メイ・オルコット
出演:フローレンス・ピュー/エマ・ワトソン/ティモシー・シャラメ/シアーシャ・ローナン/メリル・ストリープ/ローラ・ダーン
2020年 初夏公開



『ミス・ポター』
2006年 アメリカ
監督:クリス・ヌーナン 脚本:リチャード・モルトビー・Jr.
出演:レニー・ゼルウィガー/ユアン・マクレガー/エミリー・ワトソン/バーバラ・フリン/ビル・パターソン
DVD&Blu-ray:角川映画



『人生模様』(オムニバス)
1952年 アメリカ
監督:ヘンリー・コスター/ヘンリー・ハサウェイ/ジーン・ネグレスコ/ハワード・ホークス/ヘンリー・キング
原作:オー・ヘンリー
脚本:ラマー・トロッティ/リチャード・ブリーン/アイヴァン・ゴッフ/ベン・ロバーツ/ナナリー・ジョンソン/ウォルター・バロック
出演:チャールズ・ロートン/マリリン・モンロー/デール・ロバートソン/リチャード・ウィドマーク/アン・バクスター/フレッド・アレン/ジーン・クレイン・ファリー・グレンジャー
DVD&Blu-ray:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン



『リンドグレーン』
2018年 スウェーデン=デンマーク
監督:ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
脚本:ペアニレ・フィシャー・クリステンセン/キム・フォップス・オーカソン/エリック・モルベア・ハンセン
出演:アルバ・アウグスト/マリア・ボネヴィー/マグヌス・クレッペル/ヘンリク・ラファエルセン/トリーネ・ディアホム



『ローマの休日』
1953年 アメリカ
監督:ウィリアム・ワイラー 原作:ダルトン・トランボ
脚本:ダルトン・トランボ/ジョン・ダントン
出演:オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート
DVD&Blu-ray:パラマウント



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社、10月2日刊)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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