Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

アポロ11 完全版

1969年7月20日、アポロ11号の搭乗員ニール・アームストロングとエドウィン・オルドリンは月面に降り立った。その後も月面へのミッションは繰り返されたが、1972年以降、人類が地球の周回軌道から離れることはなかった。物心がついた頃から、有人宇宙船といえば地球をグルグル回っているだけという印象を持っていたのは筆者だけではあるまい。そんな状況では〈アポロ陰謀論〉を真に受ける若い人が出てくるのも仕方ないという気がする。 半世紀前に人類が月に行ったなんて本当だろうかと疑うなら、本作を観てもらうしかない。驚くべき高画質で打ち上げから月面着陸、そして帰還までを目にすることが出来るからだ。70mmフィルムに記録された膨大なアーカイブ映像を4Kリマスターでデジタル化したことで、とてつもない映像の厚みがもたらされ、きめ細やかなディテールが手に取るように眼前に広がる。冒頭の移動式発射台でサターンV型ロケットを移送する際の巨大なキャタピラの前を歩く人との対比、夜景に浮かび上がる巨大な塔を思わせるロケット、そして点火から打ち上げへと至る圧倒的なスペクタクル! こうした映像は散々見たという声もあるだろう。だが、ここまでの高画質で目にふれたことはない。フィルムのポテンシャルを最大に引き出させ、まるで今撮られたかのように現在の最高画質映像として観ることができるのである。そもそもフィルム代が高いからとケチらずに、無駄なまでに何でも撮ってくれたおかげで、海岸線に沿って打ち上げを見物する人々の個別の反応、NASAの職員の何でもない動きや管制センターでの自然な仕草までもが撮られており、自由に編集出来たとおぼしい。まるで60、70年代のアメリカ映画を観ているような錯覚に陥ることがしばしばあった。実際、次のカットでスター俳優が登場して物語が始まるんじゃないかと思えたほどだ。 アポロ11号の内部で撮影された映像は、地上ほどの鮮明な映像では遺されていない。殊に月に降り立つ瞬間となると、テレビ中継されたモノクロの不鮮明な映像しかないと思いそうになるが、ここに一工夫が施してある。映像が足りないところは写真を加工し、音声も当時の交信を流用して不足分を見事に補い、当時の素材のみで見せきるという縛りを設けることで、50年前と月面へ、違和感なく旅することが出来る。 このところ、市川崑監督の『東京オリンピック』(1964)の未使用フッテージが『いだてん』のタイトルバックに使用されたり、ピーター・ジャクソン監督がビートルズのドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』(1970)で撮影された全映像(55時間分の未公開映像を含む)を基に全く新たな構成で新作ドキュメンタリーを制作するなど、フィルムの高画質レストアは誰もが見慣れていた古ぼけた映像に新たな生命と意味を付与させている。『アポロ11 完全版』はアーカイブ映像の新たな可能性を示唆する意味でも重要な1本となるはずだ。

19/7/17(水)

アプリで読む