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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

小林信彦プレゼンツ これがニッポンの喜劇人だ!

『大冒険』(5/30〜6/4) シネマヴェーラ渋谷「小林信彦プレゼンツ これがニッポンの喜劇人だ!」(5/22〜6/4)で上映 クレージーキャッツの映画でベストを問われたら、『クレージー大作戦』や『クレージーのぶちゃむくれ大発見』も捨てがたいが、やはり、クレージー結成10周年記念の大作『大冒険』を挙げたくなる。 無責任シリーズの名手・古澤憲吾監督のもと、円谷英二の特撮も駆使した大冒険活劇である。『太陽を盗んだ男』を初めて観たときと同じく、こんなスカッとする陽性の娯楽映画大作が日本映画にもあったのかと感嘆した。 本物よりも精巧な偽札に端を発する物語は、『ルパン三世 カリオストロの城』を先取りしつつ、007ばりの大がかりなアクションが展開する。陰謀組織を追う植木等が車から馬、汽車、果ては潜水艦に至るまで、めまぐるしく乗り換えながら、東京から神戸へ移動してゆく。そこにクレージーのメンバーや越路吹雪、ザ・ピーナッツをはじめ、東宝映画でおなじみのバイプレイヤーが絡み、さらに今回は円谷英二特技監督による特撮も駆使され、クライマックスでは、とんでもない人物まで登場する。 もっとも、円谷は「なにがなんでも特撮ということでなく、特撮の効果をフルに発揮できるところで、古沢さんをバックアップしたい」(『読売新聞・夕刊』65年9月1日)と控え目な発言を残しているが、古澤演出は役者の肉体を酷使させるのが基本だけに、いきおい危険なシーンが増す。実際、植木は本作の撮影中に落馬して脳震盪を起こし、それ以外にもビルの屋上から落下して電線に引っかかって鉄棒の要領で無事に着地する場面など、ピアノ線で吊っているとはいえ、カットを割らずに演らせたりするものだから、ヒヤヒヤする。当時39歳の植木にとっては、肉体的に辛い撮影だったはずだが、そうと思わせないテンションの高さと、底抜けの明るさは健在である。 ところで本特集は、『決定版 日本の喜劇人』(新潮社)の刊行を記念したものだが、『大冒険』が選ばれた理由は同書を読めばわかるとおり、ノンクレジットながらギャグ監修として参加していたためである。 このあたりの事情は、小林の『1960年代日記』(ちくま文庫)も併読すれば、より理解できるが、東宝の藤本真澄プロデューサーが『おかしなおかしなおかしな世界』のような大型喜劇映画を作ろうとし、ギャグを盛り込むために喜劇映画の評論を書いていた小林が呼ばれたのだ。 1965年8月13日、築地の東屋旅館に籠もって、古澤監督と小林が脚本に手を入れてギャグを増やすことになっていたが、ふたりの脚本家が前半と後半を分担して書いたために、話がつながっていない箇所がある。ギャグよりも脚本の補修が先決ということになり、専ら細部のつじつま合わせを行うことになった。それでも、ある場面で植木が検問を突破する場面の処理に詰まったとき、小林は由利徹を出すことを進言する。古澤も植木も由利徹が大好きなので、彼が撮影に来る日は、ふたりして朝から楽しみにしていたという。それを見越しての進言だった。実際、この映画を観れば、由利徹が期待通りの怪演で役目を果たしている。 〈ギャグマン〉としての小林のクレージー映画への貢献は、『大冒険』よりも『クレージー大作戦』の方が大きいが、それにしても残念なのは、渡辺プロダクションの社長・渡辺晋が、小林が提案した植木等用の映画企画に興味を示さなかったことだ。テレビでは植木の番組ブレーンを務めた小林でも、映画はギャグ協力以上には関わることができなかった。ちなみに小林が提案したのは、シンガポールを舞台に二転三転するプロットで、タイトルは『無責任捕虜収容所』と付けられていた。

21/5/30(日)

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