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水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

蘇る神代辰巳

3週にわたって上映されてきたシネマヴェーラの神代辰巳特集も終盤を迎えるが、時を同じくして、本特集の契機となった『映画監督 神代辰巳』(国書刊行会)もいよいよ書店に並び始めた。 仕事柄というべきか、特定の映画監督にまつわる本の提供を求められることがある。その中でも神代監督についての問い合わせは多い方だ。と言っても稀覯本を所有しているわけでもなく、『世界の映画作家(27)斉藤耕一/神代辰巳』(キネマ旬報社)、『神代辰巳オリジナルシナリオ集』(ダヴィッド社)、追悼特集が組まれた雑誌『映画芸術』(1995年夏号)、特集上映のパンフレット『神代辰巳 女たちの讃歌』あたりで基本図書は尽きてしまう。あとは各映画雑誌などに書かれた神代映画にまつわる記事ということになるが、これは膨大にあってキリがない。 戦後日本映画史の中でも最重要監督の一人であるにもかかわらず、まとまった本が少ないが、あまり不自由に感じたことがないのは『映画芸術』の追悼特集が充実していたせいでもある。絶妙の人選による全作品評、スタッフ、キャストの証言、さらにロマンポルノで神代映画を彩った絵沢萠子、伊佐山ひろ子、芹明香、中川梨絵という女優たちの座談会なんてものは1995年の段階でも貴重だった。映画だけに偏らずにテレビ、CMにも目を向けた隙のない内容で、これ1冊があれば事足りると言っても過言ではない。 『映画監督 神代辰巳』を編集した国書刊行会編集部の樽本周馬氏も同様の意見らしく、編集後記によると、『映芸』神代追悼号の編集に関わった方に「神代辰巳の本は作りたいけれどあの特集があるから」と告げたところ、〈明快極まりない答えが返ってきた〉ことがきっかけで本書が生まれたとある。 映画監督は、あらゆる映画がもう撮られてしまったことを自覚して撮る者と、自覚しない者に別れるが、映画本の編集者も同様だろう。もう絶版だからと過去の本をなかったかのように無視する編集者もいる中で樽本氏は「『映画芸術』神代特集を超えるのは無理なので特集をまるごと収録して、さらに新しい資料を加える」というコンセプトで、700頁を超す超大冊の本書を編み出した。『映芸』の特集が130頁ほどだったことを思えば、実に5倍以上に膨らんだことになる。 だが、こうした方法で編まれた場合、木に竹を接いだ本にはなるまいかという不安も憶える。24年前の『映芸』追悼号の執筆者も既に20人近くが鬼籍に入っており、『青春の蹉跌』『アフリカの光』などに主演したショーケンもいない。しかし、それは全くの杞憂に終わる。むしろ、『映芸』の特集号をベースにして新たに付加するという本書の構成が生きてくる。雑誌などに一度発表されたきりの原稿を発掘することで不在の穴を埋め、神代の現役時代にはクロスしなかった世代を加えることで厚みを増し、過去と今が自在に編集された結果、24年前に世を去った神代ではなく、今もなお生き続ける神代の姿を浮かび上がらせる。 本書は〈雑誌〉がベースにあるだけに、作品評、監督論があるかと思えば、出演者やスタッフが饒舌に語り、その熱気に疲弊しかけると、神代が書く『タワーリング・インフェルノ』評なんて息抜きが収録されていたりする。そうかと思えば未映画化シナリオの『泥の木がじゃあめいてるんだね』『みいら採り猟奇譚』が挟まったりする。こうなってくると雑誌的というよりバラエティブックのような愉しさが尻尾の先まで続くようなもので、雑誌的であることの究極の形がこの大冊ではないか。 これは神代映画を愛する者だけの本ではない。ここから導かれるままに神代と出会うことも可能にする巨大な航海図である。これからまだ見ぬ神代映画を観るたびに、繰り返し本書の該当する頁を開くことになるはずである。特集上映は間もなく幕を閉じるが、毎月のように神代作品のソフト化も進んでいる。12月には『青春の蹉跌』『アフリカの光』という超弩級の傑作も初DVD化を果たす。そのとき改めて本書の存在の大きさを実感することになるはずだ。

19/10/31(木)

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