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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

角川映画45年記念企画 角川映画祭 KADOKAWA FILM FESTIVAL

『犬神家の一族 4Kデジタル修復版』 「角川映画45年記念企画 角川映画祭 KADOKAWA FILM FESTIVAL」(11/19〜12/16)で上映 45年前の11月13日、市川崑監督『犬神家の一族』が全国公開された。すでに前月の16日に日比谷映画で先行公開され、初日の観客動員数が8642人を記録する大ヒットとなっていた。それにしても45年経っても本作が古びないことには驚かされる。公開当時の批評を見れば、意外にも手放しの絶賛は少ない。 「素材と監督の組み合わせを間違えたようだ」(『朝日新聞』) 「大そうまじめに作ってあるが、怪奇色は薄く、サスペンスもさしたることはない。面白さも中ぐらいである」(『読売新聞』) 「結末のナゾ解きの説明が若干くど過ぎて、後半のテンポがくずれてしまったのは惜しまれる」(『毎日新聞』) 「事件の経過や人物関係が台詞で説明される、というのは、映画として最低の作り方ではないか」(金井美恵子『海』) 「金田一耕助の石坂浩二も、やっぱりミスキャストで出番の重なる加藤武ボンクラ署長に食われっぱなし」(松田政男『日刊ゲンダイ』) それが、今はなぜ日本映画史上の傑作に数えられるようになったのか。公開当時から熱烈に支持した若い観客がいたからである。 1976年度のキネマ旬報ベストテンで、評論家選出では5位だった本作は、読者選出ベストテンでは1位になった。当時の『キネ旬』読者投票の年齢比率は、10代と20代で9割を占めており、若い観客からの支持は明らかである。実際、中高生で本作を観た若者たちが長じて発信者になると、本作の布教を始めた。市川監督に全作インタビューを行った森遊机(1960年生)や、映画監督の岩井俊二(1963年生)がその代表格だろう。他にも庵野秀明(1960年生)など、本作の編集テクニックに影響を受けたと公言する映画作家は多い。 歴代の『犬神家の一族』の映像化をたどっても、市川版に対する変化が見えてくる。90年代半ばまでに再映像化された同作は、いずれも独自の脚色を行っており、市川版の影響はほとんど見えない。ところが2004年に稲垣吾郎=金田一で放送された版からは、トレースと言っていいほどの露骨な影響が見て取れる。つまり、横溝正史の『犬神家の一族』を再映像化するのではなく、市川崑の『犬神家の一族』を再映像化することが一般化し始めたのだ。 それを証明するように、2006年に市川崑によってセルフリメイクされた版は、同じ脚本、同じロケ地、ほぼ同じカット割りという奇妙なレプリカになっていたし、加藤シゲアキが金田一の2018年版も市川版の絶大な影響下にあった。 ことほどさように、良くも悪くも映像における金田一ものの雛形になってしまった1976年版は、繰り返しソフト化されてきたものの、毎回極端に画質が違うことに困惑させられてきた。80年代に発売された最初のビデオ、LDはノーマルな画質だったが、1991年のLDでは別物と言っていいほど明るくなり、2006年以降のDVD、Blu-rayに使用されたデジタル・リマスター版はくすんだ暗いものになっていた。初公開時に立ち会えなかった世代としては、国立映画アーカイブで所蔵フィルムでも数回観たが、青味がかった硬質なトーンで、2000年発売のDVDに近い画質になっており、こうなるとオリジナル画質が何か分からなくなる。 今回の「4Kデジタル修復版」を先日IMAGICAの試写室で観てまず思ったのは、最初期のLDで観たときに近い印象で、極端に明るすぎたり、青すぎたり、くすみすぎていることもなく、違和感なく観られたことに、まずは安心した。画面の奥までくっきりと鮮明なディテールが素晴らしく、このシーンにこんなものが映っていたのかと驚くことも一度や二度ではなかった。何より照明の岡本健一による金屏風の大広間を中心とした光と影の設計が理想的な形で甦っており、個々のキャラクターに合わせた〈性格付けの照明〉も堪能できる。 また、大野雄二の音楽も最良の響きで耳に入ってくるのだから、現時点ではこれ以上のものは望めないだろう。何より感動的なのはDVDになって以降は取り外されていた冒頭の「角川春樹事務所」のムービングロゴがきちんと4Kデジタル修復されていることで、大野のサウンドロゴの響きと共に、これから映画が始まるワクワク感を体感できる。 最後に付け加えておけば、角川映画第2作の『人間の証明』も、市川の金田一シリーズ第2作『悪魔の手毬唄』も、いわゆる“母もの”だったが、それに先立つ『犬神家の一族』も戦争で切り裂かれた母と子の純愛物語だった(全国公開時の併映が『岸壁の母』だったことを思えば、母もの2本立てだったわけだ)。 今回改めて見直して感じたのは、母ものということよりも、血縁に囚われた一族に翻弄される中で、確固たる意志を貫き続ける珠世(島田陽子)の強さである。伴侶を一族の中から選ぶように遺言状で定められ、憎悪を一身に浴びて何度となく危機に遭遇しつつも、媚びることなく淡々と事態を解決に向けて動く彼女の強さは、前述の岡本健一が「珠世だけは美しさのでるライティング」と駆使した見事な照明と共に、彼女の存在を際立たせており、その姿は45年を経ていっそう輝きを増している。

21/11/19(金)

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