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水先案内人のおすすめ

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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

オーシマ、モン・アムール

『小さな冒険旅行』(4/3、4/11、4/17) シネマヴェーラ渋谷「大島渚全映画秘蔵資料集成」刊行記念 特集「オーシマ・モン・アムール」(4/3~23)で上映 今では長編劇映画に限れば、大島渚の全作がソフト化され、動画配信サービスでも観ることが可能だ。しかし、テレビドキュメンタリーやPR映画などの仕事は観る機会が限られている。シネマヴェーラ渋谷の「『大島渚全映画秘蔵資料集成』刊行記念 オーシマ・モン・アムール」で特別上映されるPR映画『小さな冒険旅行』も、未ソフト化、未配信の知る人ぞ知る幻の1本である。 主人公は団地に暮らす3歳の坊や(中川春喜)。朝、父親(佐藤慶)を見送りに出たまま都電へ乗り込んでしまい、ひとりぼっちで外の世界へ飛び出す。バスに乗り、後楽園遊園地、神宮外苑、競馬場、浅草、日生劇場などを見て回る幼児から見た東京は、楽しさと危険に満ち溢れた世界だ。オリンピック前年に撮影されただけあって、工事現場だらけの風景が目を引くが、大島が意識的に変貌する東京へカメラを向けていることが伝わるだけに、半世紀以上経過した現在から観ると、こうした舞台設定が実に映画的な舞台として際立つ。一種のサイレント映画的な手法が取られていてセリフは一切なく、詩情ゆたかに坊やの冒険を描く演出が素晴らしい。 この作品は、原案が石原慎太郎、脚本が石堂淑朗という珍しい組み合わせだが、日本生命のPR映画として企画されたもので、石原は「人間性が今日のわいざつな社会生活の中で、いかにあやうげに保たれているかということを、1人のいたいけな子供の都会における漂流という事件で象徴させようと思いました」(プレスシートより)と語っている。石原の原案をもとに、『太陽の墓場』『日本の夜と霧』で大島と組んできた石堂淑朗が脚本を執筆している。 主人公の坊やは、後に『仁義なき戦い』シリーズで金子信雄演じる山守親分の妻役で知られる木村俊恵の令息で、坊やの母親役で彼女も出演している。また、大島映画おなじみの面々が1シーンずつ登場するのも見どころ。バスの中で出会う教師に小松方正、競馬場の女に小山明子、スリに戸浦六宏、消防士に渡辺文雄といった配役が微笑ましく、他にも旧作日本映画ファンなら、思わず声を挙げるような俳優たちが意外なところで顔を出すので、注意深く観てほしい。 大島は子どもの演出について、「昨今のいわゆる児童もの映画に見うけられる生態観察的方法ともいうべきいわば作家の眼が全く子供に引きずられて主体性を失っているやり方を排し、一つの明瞭な作家の主体的な意図によって貫かれた作品にしたい」(前掲書)と、同時代の羽仁進らが用いた手法ではなく、自身の視点を明確に打ち出そうとしていた。 とはいえ、相手は幼児である。果たして、〈生態観察的方法〉以外に、旧態然とした児童映画とも異なる方法が可能なのだろうか? その謎を解くカギは、指導者役の〈俳優〉にあるのではないか――というのが筆者の推測である。『少年』で全くの素人だった主人公の阿部哲夫に演技を仕込んだのは、両親役の渡辺文雄と小山明子だったように、本作では坊やの母親役であり、実母である木村俊恵が、俳優の目線から指導を行ったのではないか。それが劇中に観られるような演技を生み出したのだと思えるほど、坊やの達者ぶりに瞠目する。 PR映画ゆえに、劇映画ほどの自由がなかったのではないかと思いそうになるが、大島自身もそれを危惧したが終始注文はなく、「少なくとも幼児を描いて、これ以上は絶対に撮れない作品になったと私は確信する」(『暮しの夢 生活設計のプランナー 日本生命』フジ・インターナショナル・コンサルタント出版部)と自信を見せた。実際、本作はヴェネツィア国際映画祭児童映画部門銀獅子賞を受賞しており、大島にはデビュー作『愛と希望の街』以来、『ユンボギの日記』『少年』『御法度』と、少年を主人公にした作品が少なからず存在するが、『小さな冒険旅行』も、大島少年映画のなかでも愛すべき珠玉の1本だけに、この貴重な機会にぜひ観てもらいたい。

21/4/2(金)

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