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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

男はつらいよ お帰り 寅さん

これは何と奇妙な映画なのだろう。死者の気配をそこかしこに漂わせたゴースト・ストーリーのようだ。 1996年8月の渥美清の死をもって、前年の暮に公開された第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』でシリーズは終焉を迎えたが、それっきり寅さんがスクリーンに登場しなかったわけではない。その年の暮には早くも『虹をつかむ男』の中にデジタル技術で甦った寅さんが登場し、こうした当時最新の技術は、『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』でも駆使されている。だが、デジタル寅次郎によって、あたかも寅さんがまだ生きているように劇中で振る舞うのは不気味ですらあった。そこからさらに22年を経た本作でもデジ寅が大活躍するのではないかと不安を憶えたほどだったが、ここではもう寅さんが居ないことを、しみじみと感じさせる。もっとも、劇中の台詞では寅さんが生きているとも死んでいるとも明言されないが、〈懐かしい人〉として人々の口の端に上る。そう、この懐かしいという感覚を如何に醸成するかが本作の成否を握っていたと言って良い。俳優が「懐かしい」と口にして演じる際の演技には様々な方法があるものの、俳優と観客が同時に“懐かしい”と実感するなら、人々が長く親しんだ作品の長い歳月を隔てて作られた続編ならばそうした気分を味わうことが出来る。しかし、そういった作品は同窓会気分に終始してしまったり、ノスタルジーに甘えるだけで終わりがちでもある。その点、『男はつらいよ お帰り寅さん』は、山田洋次監督が現役監督であり、満男役の吉岡秀隆が主役として活躍しているという状況にあり、過去の名場面集や、デジ寅に頼り切る必要もない。シリーズ末期が実質的に満男シリーズだったことを思えば、その続編として作れば自然と寅さんが浮かび上がることになる。 今回、デジタル技術は寅さんがまだ生きていると思わせるためではなく、幻影のような存在として見せるために、さりげなく使用される。むしろそうした技術は、過去の作品のデジタル修復に費やされ、デジタル撮影された新作部分と旧作がシームレスに繋がり、同じ人物と空間を違和感なく時間移動させてしまう。 レギュラー出演者の中には物故者も多いが、倍賞千恵子、前田吟は、かつてのくるまやを営んでいた主人夫婦を思わせる関係性へと変化し、印刷所のタコ社長は娘の美保純へとスライドさせることで、それぞれの役回りはそのまま維持され、作劇上の不自由さを感じさせない。その結果、初期作で漂わせた寅さんと妹との近親相姦的とも言える関係性までも、満男とその娘によって継承されているように見えてしまうのが、なんともすごいのだが。 それにしても、満男が作家になっているというのは、吉岡が出演した『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズでの役から貰い受けてきたとしか思えないが、あちらが疑似ノスタルジーだとするならば、本作は『男はつらいよ』だからこそ可能となった虚と実を混在させた稀有なノスタルジーを見事に作り上げたといえるのではないか。

19/12/24(火)

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