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水先案内人のおすすめ

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一瞬がすべてを救う映画、だれも断罪しない映画を信じています

相田 冬二

ライター、ノベライザー

天外者

美化するつもりはないが、主演俳優のウェーブフォームを見つめていると、聖職者に通ずるサムシングを感じる。 いや、むしろ、聖職者という存在の本質が、過剰な美化を施された、ありきたりのイメージによって隠蔽されていることに気づかされる。 聖職者にとって、その道を選択したことは、おそらく、苛烈な生の行き着く果ての“どうにもならない=そうするしかなかった”瀬戸際の決断であろう。 そうでなければ、俗世間の向こう側にその心身を投げ出し、彼方から、この世界を護り、抱擁するという境地には到底たどり着けないからである。 実在の人物の生き様を体現するこの作品には、凡庸な伝記映画にありがちな“偉人伝”の趣が見あたらず、かと言って、むやみやたらに人間くささを醸し出す愚もおかさない。 こうした美徳を支えているのが、主演俳優の、まっさらな具象性と、ひたむきな抽象性の混じりあった場所から生まれでる、独特のエナジーである。 そこに“聖=セイント”がある。 わたしたちは、聖職者のこころにふれることはできない。 その心情のほんとうのところは、常にべールにつつまれていて、だからこそ、人々は美化という背徳に寄りかかり頼ってもしまう。 『天外者』の主演俳優がかたちづくる主人公の輪郭は、濃淡や強弱のスケール=秤では計測しえない言語化不能の筆致によってもたらされ、稀有な謎と魅惑が横たわる。 解く鍵は、どこにあるのか。 たとえば。 主人公が、ある女性に頬を打たれる場面がある。 そこに至るまでの所作と、その後にやってくる時間。 降臨。 “聖なるなにか”が、銀幕には刻印されている。 わたしたちにできることは。 見つめつづけることだけだ。

20/12/7(月)

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