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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

神戸発掘映画祭2019

「特集 幻の『アリラン』はどこに消えたのか? 生駒のコレクター安部善重コレクションと朝鮮関連映像」10/25〜10/27  神戸映画資料館 「神戸発掘映画祭2019」で上映。 フィルムが現存しない成瀬巳喜男監督『チョコレート・ガール』(1932)の行方を追う『チョコレート・ガール探偵譚』(吉田篤弘著/平凡社)が最近出版されたが、もう存在しないと思われていたフィルムが忽然と姿を現すことは今でもある。奥が深いと言われるフィルムコレクターの世界には、そうしたフィルムを持っている人がいるという噂は何度となく聞いたことがあるが、その世界でも屈指の怪人と言うべき存在が安部善重(2005年2月死去)である。 大阪の生駒トンネルに隣接する自宅に大量のフィルムを保管していたが、所有しているとされるフィルムがとんでもない。小津安二郎、溝口健二、山中貞雄、伊藤大輔らの失われた戦前のフィルムをごっそり持っているというのだから、事実なら日本映画史を書き換えてしまうような大変な人物である。所有作品のタイトルを記した目録を見せられると、フィルムの所在を訪ねてきた来客は飛び上がる。ところが誰も実物を見た者はいない。安部はそれが法螺である可能性を仄めかしながら煙に巻くのが常だったという。安部の没後、相続する遺族がいなかったことからフィルムセンター(現国立映画アーカイブ)へフィルムが寄贈された。調査の結果、ニュースフィルムや宗教映画、教育映画などが多く、噂されていたような作品は見当たらなかった。その反動から過小評価されがちだが、このとき収蔵された作品は一部が復元されてフィルムセンターの「発掘された映画たち2008」で安部コレクションとして上映されるにいたっている。 安部善重のフィルムコレクションをめぐる逸話の中でも、日本統治下の朝鮮で作られた『アリラン』(1926)をめぐる騒動は海を越えたスケールになってくる。朝鮮戦争でフィルムが失われた『アリラン』は、現在に至るまで北朝鮮、韓国が行方を追う伝説的な作品だけあって、安部には両国からそれぞれ交渉が行われたが、「南北統一を果たしたら提供する」と言って体良く断ったというから、肝っ玉が座っている。しかし、『アリラン』のフィルムを所有すると公言する唯一の人物だけに、没後直後には海外メディアも注目するところとなったが、その後の調査では他の有名作と同じ結論となった。こうした経過を経てきたこともあって、今では安部善重について語る者もなく、2015年に出版された『映画探偵 失われた戦前日本映画を捜して』(高槻真樹著/河出書房新社)で顛末が触れられた程度である。 神戸映画資料館で開催中の「神戸発掘映画祭2019」で行われる特集「幻の『アリラン』はどこに消えたのか?」では、国立映画アーカイブに収蔵された安部コレクションの上映と共に、実際に安部と接した人々による対談や、インタビューを行ってきた映画評論家の山根貞男氏による証言によってこの怪人的コレクターと『アリラン』の存在が検証される。 筆者にとっては問題のフィルムが実際にあったかどうかよりも、映画が招き寄せた安部善重という不可思議な人物への興味の方が今や大きくなってしまっただけに、この特集で人物像がより明らかになるのではないかと期待している。なお、前述の『映画探偵』によると、安部が来客にいつも見せていたという所有フィルム目録は、死後の調査では何故か見つからなかったという。

19/10/24(木)

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