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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

キネマ旬報創刊100年記念 キネ旬ベストワンからたどる昭和・戦後映画史

『儀式』(7/14) 新文芸坐 特集「キネマ旬報創刊100年記念 キネ旬ベストワンからたどる昭和・戦後映画史」(7/7〜7/17 )で上映 同時代の評価というやつはアテにならない。今ではオールタイム・ベスト上位に入る第1作の『ゴジラ』(1954)は公開当時、キネマ旬報ベストテンどころか、選者の誰ひとりとして一票も投じなかった。同じ1954年公開の『七人の侍』ですら3位なのだから、ベストワンはあくまで同時代の評価を知る目安でしかない。新文芸坐で行われる今回の特集上映が「キネ旬ベストワンからたどる昭和・戦後映画史」なのは、良くも悪くもベストワンは時代を反映するもの――という意味を含んでいるのだろう。 大島渚監督の『儀式』は、一族の戦後史を各時代に行われた冠婚葬祭を通じて描かれる。ATG(日本アート・シアター・ギルド)創立十周年を記念して製作され、従来は1千万円の製作費を、記念映画ということで2千万円が投入された大作(ATGとしては)である。これまで撮影所にセットを組む余裕はなかったが、本作は大島映画を支えてきた美術監督・戸田重昌が大映京都撮影所の大ステージに作った広大な屋敷のセットに圧倒される。もっとも、セットの一部を作り変えたり、象徴的な櫓を配したりして効率的な使い回しを前提に作られているのだが、限りある予算の中での苦肉の策というよりも、本作に相応しい表現へと美術が昇華されており、重厚かつ先鋭的なセットが本作の影の主役と思わせる。 当時ベストセラーになっていた塩月弥栄子の『冠婚葬祭入門』(光文社)がヒントとなり、日本的な儀式を通して日本人の姿を浮かび上がらせる。河原崎建三が演じる主人公の満州男は桜田家という複雑な血縁関係を持つ名門一家の跡取りにあたるが、このシンボリックな名前の一族が何を仄めかしているかは言うまでもあるまい。満州男の異母兄弟にあたり、桜田家の真の後継者を自認する輝道を中村敦夫が演じている。この役に大島は当初、三島由紀夫でどうかと思いついたが、その直後に自決事件が起きたという因縁があり、本作には三島事件のパロディを思わせる描写をはじめ、そこはかとなく三島が惹かれていった死の影が全篇に漂う。 これまでの大島映画を観てきた観客には、結婚式・少年・家族・春歌など、おなじみのテーマが幾つも内包されていることに気づくはずだ。まさに大島映画の集大成であり、大島らしい切り口で日本の戦後史を総括してみせただけに、戦後26年目に公開されてキネ旬ベストワンをはじめ、高い評価を得たことも頷ける。さて、そうした時代背景とは無縁の2019年に生きる観客の目に本作はどう映るだろうか。すでに海外では再評価の声が聞こえてくるが、日本に生きる我々にとって『儀式』を観ることは、自身の日本観、日本人観を問う作業でもある。

19/7/10(水)

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