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水先案内人のおすすめ

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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

逝ける映画人を偲んで2017-2018

『お葬式(再タイミング版)』( 7/13、8/27) 国立映画アーカイブ  特集「逝ける映画人を偲んで2017-2018」(6/29〜9/1)で上映   今秋公開の『おいしい家族』(9月20日公開)は、伊丹映画を思わせる快作だ。といっても、『マルサの女』(1987)だとか『スーパーの女』(1996)の路線ではない。伊丹十三監督の長編デビュー作『お葬式』(1984)のように、緩やかな時間の中で、食と日本的な儀式を通じて家族を描くスタイルが初期の伊丹映画を思い起こさせる。それに音楽が伊丹映画を手がけてきた本多俊之であることも、近しさを憶える理由だろう。実際、新鋭監督ふくだももこは小津安二郎や伊丹十三の映画を観て自作のイメージを膨らませたと言うから、『お葬式』が小津映画からの無数の引用によって成り立っていることを思えば、『おいしい家族』は小津―伊丹の流れを汲んだ作品かつ、もはや男女の性差も血縁も超えて新たな家族のかたちを、日本的な儀式を通じて描いた点で注目に値する。  ところで、『お葬式』は伊丹の妻の父――つまりは宮本信子の父の葬儀を体験したことで、これは映画そのものだと感嘆した伊丹が実体験をそのまま脚本にしたものだ。したがって劇中の山崎努と宮本が俳優夫婦という設定なのも、遠近法を利用して宮本が巨大化するCMを撮っているのも、全て伊丹と宮本の実話がベースである。舞台となる湯河原の邸宅も伊丹の自宅とあって、極めて個人的な体験を個人映画のように撮った作品である。それが予想外に大ヒットし、特異なテーマを鮮やかな切り口で描く伊丹映画を誕生させたが、今『お葬式』を観れば、後年の伊丹映画に較べてスローテンポなことに驚くかもしれない。伊丹自身が後年、「今、自分が『お葬式』や『タンポポ』を撮れば半分以上のシーンを捨てる」と公言したのは、観客を退屈させないサービス満点のエンタテインメントを構築すべく奮闘努力していた自身からすれば否定すべき方法論で作られた〈個人映画〉だったのかもしれない。しかし、だからこそ良いのだと初期の伊丹映画に愛着を持つ者としては言いたくなる。 筆者が伊丹映画で好きなのは〈食〉の描写である。映画の中に登場する食べ物が不味そうに見えると映画自体も不味く感じる。前述の『おいしい家族』でも様々な食が実に美味しそうに画面を彩っていたが、本作の冒頭に映される山崎の義父が買ってきたアボカド、鰻、ハムを捉えたショットの艶めかしさは忘れ難い。車が並走する中での息づまるサンドイッチの受け渡し、告別式の後に出す弁当など、食が常に本作を躍動させ、食感が映画に豊かな広がりをもたらす。   今回の国立映画アーカイブの上映は、昨年亡くなった映画人の追悼企画の中の1本であり、本作は菅井きん、津川雅彦がそれに当たるが、〈再タイミング版〉の上映でもある。タイミングとはフィルムの色調補正を意味する。公開当時のタイミングマンが携わり、色調を再現する貴重な上映だけに、伊丹が拘った食べ物はどんな色艶でフィルムに映されるのかも注目してみたい。

19/7/9(火)

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