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水先案内人のおすすめ

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文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

すばらしき世界

西川美和監督は、これまで、モラルや微温湯的なヒューマニズムとは決然と距離を置き、<悪意>をにじませたピカレスクな主人公を好んで描いてきた。デビュー作『蛇イチゴ』の香典泥棒の男しかり、『ディア・ドクター』の僻村の偽医者しかり、『夢売るふたり』の結婚詐欺師しかり。 今回は、初めてオリジナルではなく、佐木隆三のノンフィクション・ノベル『身分帳』を原作にしている。主人公の三上(役所広司)は人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯で、身元引受人の弁護士夫婦の庇護の下、再出発を図る。しかし世間の目は冷酷で、三上はたびたび疎外感を味わう。めっぽう正義感が強く、一本気な人懐こい表情を見せるかと思うと、手の付けられない凶暴さで周囲を唖然とさせる。この得体のしれない怪物的なキャラクターを役所広司は憎らしいほど絶妙に演じている。 映画は、前科者の社会復帰、生き別れた母との涙の対面というヒューマン・ドキュメントに仕立てようと目論むテレビマン津乃田(仲野太賀)の視点を通して、三上の悪戦苦闘ぶりを描く。そこから次第に三上という男の一筋縄ではいかぬ内面が徐々に浮かび上がってくるのだ。 西川美和はこれまでヒロインを視点に据える作劇を避ける傾向があったが、本作では、「お前はもう終わってる!」と津乃田に啖呵を切るTVディレクター長澤まさみ、三上を励ます梶芽衣子、三上を娑婆へと送り出すやくざ組長の姐さんキムラ緑子と、女性たちがみな印象的である。とりわけ東日本大震災で被災したと思しい宮城出身のソープ嬢桜木梨奈のエピソードが強く記憶に残る。三上を囲繞する女たちの際立った魅力ひとつをとってみても、タイトルは決して反語ではない。『すばらしき世界』は、一貫して世間と折り合えないアウトサイダーを描いてきた西川美和の集大成でもあるのだ。

21/2/11(木)

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