和田彩花のアートさんぽ
展示と体験がつながる多彩な教育普及プログラムも魅力──目黒区美術館
毎月連載
第8回
『目黒区美術館コレクション展 わたしの言葉をあなたに届ける 日々のよろこび2024』展示室内で
今回は、目黒川沿いに位置するアートスポット、目黒区美術館を訪れました。美術館のすぐ隣には、小学校や図書館があり、この地域に住む方にとって活用しやすい美術館であることを想像させられます。そんな目黒区美術館では、美術教育の普及が盛んに行われている印象があり、ずっとお話を聞きたいと思っていました。この取材でお話を聞かせてくださったのは、目黒区美術館学芸員の誉田あゆみさんです。
目黒区美術館のコレクション収集方針には、以下のとおりユニークな3つの視点があります。①戦前にヨーロッパやアメリカなどに学んだ作家や、戦後、国際的に活躍した作家、②目黒にゆかりのある作家、③制作に使用されている素材や技法の特徴をよく表す作品、というもの。とくに、作品の素材や技法を大切にする点は、目黒区美術館さんらしいと感じます。それから観賞と教育普及で使用するトイ(玩具)のコレクションもあり、見るだけでなく、体験できる美術館であることが大きな特徴です。
現在開催中の『目黒区美術館コレクション展 わたしの言葉をあなたに届ける 日々のよろこび2024』(11月17日まで)では、同時開催中の『障がいのあるアーティストによる作品展 日々のよろこび2024』に合わせて、約2400点ある目黒区美術館のコレクションから展覧会がつくられています。
さっそく、暮らしに寄り添う作品に注目しながら、展示を見ていきましょう。
第1章は、「身の回りのいつもの風景」がテーマです。ここでは、80年代の新宿の風景を描いた赤穴宏《新宿副都心遠望》に注目してみます。
「赤穴さんは、作風を変えながら抽象と具象を行き来した作家です」(誉田さん)
桃色の空と新宿を象徴するビルが立ちならぶ風景に惹かれながら、手前の影には雑居ビルがみえてきます。新宿の喧騒と、現実も見えてきそうな作品です。
次に、日本でパステル画を広めたといわれる武内鶴之助の作品をみてみましょう。「刻々と変わる空の風景を、パステルを塗り重ねて描いています。紙の色までうまく使い、繊細に表現していることがわかりますよ。油彩に比べて、パステルは色数が決まっているので、制約があるからこそ挑戦しがいがあるのかもしれません」
作品を通してみる「いつもの風景」はいかがでしたか? 第2章は、人の気配が感じられる「日常のふとした瞬間」がテーマです。
池田永治さんが16歳のときに描いたという《蛍》(1905年)。
「この作品の反対側に展示されている『東京パック』という風刺雑誌や子供向けの漫画絵から、《蛍》のようなしっとりとした雰囲気の作品まで、幅広く描ける作家です」
暗闇に目が慣れていくかのように、微妙な暗さのニュアンスが見えてくる作品です。縁側に座る女性が心で思う人、またはこの女性の側にいるのはどんな人だろうと想像しました。
そしてここでぜひ体験してほしいのは、《蛍》の前に立つと聞こえてくる音声です。言葉に耳を傾けながら視線を動かしていくと、自分では気づかなった発見がありました。
それから、作品の隣にはなにやらメッセージカードが並べられていますね。これはなんでしょう?
「作品をみた感想を言葉にしてもらう場をつくりました。来館者の方に自由にメッセージカードを書いてもらい、作品の隣の棚にカードを並べてもらいます。展示室を介して、来館者の間でコミュニケーションを取れるような展示になるといいなと思って作りました」
他の来館者の方の感想を読むのも楽しい。
そして続く第3章では、友達との時間や家族団欒の姿など親密な関係を想像させるような作品が集められ、「細やかな生活感情と親密さ」というテーマが設けられています。 小さな画面から温かみ溢れる作品を発見しました。山下新太郎《峯子像》(1942年)です。
「山下新太郎さんが娘さんを描いた作品です。峯子さんがずっと大切にしていたもので、ご本人から当館へご寄贈いただきました。恥じらいのある峯子さんの姿が素敵な作品です」
父とよく二人旅に出る私ですが、お父さんに写真を撮られるのはなんだか恥ずかしいです。峯子さんの恥じらう姿を見て、そんなことを思い出しました。
最後の第5章では「かたちを探るよろこび」というテーマで、身の回りのものを新しい視点で見られるような作品が展示されています。
とてもクールな作品群は、池田満寿夫さん。
「1965年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で、初めて日本人として個展を開催した作家としても知られています。何重にもイメージを重ねて、大胆な制作をしていきますが、なんでもありの自由そのものというわけではないバランスをもつ作品です」
版画は可愛らしいのに、油絵画ではクールな雰囲気の画面に引っ掻いたような線が印象的。
この章では、環境音楽の先駆者、吉村弘さんの絵楽譜や手作りの楽器も展示されています。
「絵楽譜は、実際に音楽に起こされているものもあるんですよ。それから、修正ペンで五線譜を消し、雲を描いていく絵楽譜の制作過程がわかる資料も展示しています」
ビール缶でできた楽器も発見。穴の開き方、鳴らし方で自由自在に楽器を作れてしまえるんですね。
「《サウンド・チューブ》という作品は、特許を取得し楽器として商品化していました。手に持って傾けると、筒内を移動する水や砂、ビーズなどの音が楽しめます。手にも振動が伝わるなど、さまざまな形で音を感じられます。聴覚に障害のある方からも、『振動で音が聴こえる』と好評だったそうです」
1991年に吉村さんが目黒区美術館で開催したワークショップの記録映像も見られました。30年以上前から、来館者の方が体験できるワークショップを開催していたのですね。
このように、目黒区美術館さんが開館以来ずっと来館者の方と近い距離でいられるのはなぜですか?
「実は、展示室の構造が来館者の方との距離の近さに繋がっています。2階の展示室から下へ繋がる階段を降りていくと、ワークショップ室へ行けるようになっています。なので、状況に応じて展示を見た流れでワークショップ体験できるようになっているんです」
夏休みや春休みを中心に「画材の実験室」という講座が開催されており、中学生以下は無料でふらっと体験して帰っていくのだそう。目黒区美術館さんといえば、「画材の引き出し博物館」という画材の種類を学べる教材も素敵で、ときどきワークショップで使用されているようです。画材を学べる場所ってあまりなかったりするので、とても貴重な体験ができますね。幼い頃に、私もここでいろんな画材を楽しみたかったな。
大人も学べるワークショップもあり、さまざまな年齢を対象に講座を開催しているようなので、よくチェックしておきたいですね。
最後に、誉田さんが地域の子どもたちとの出来事を聞かせてくれました。
「すぐ隣にある小学校の子どもたちは、放課後や夏休みにふらっと遊びにきてくれます」
近所のふらっと遊びにいける場所が、美術館であるなんて素晴らしすぎる環境です。美術館が誰にでも開かれている場所であることを改めて学べた時間になりました。
撮影:村上大輔
目黒区美術館
1987年11月、目黒区民センターの一角に開館。目黒ゆかりの作家や、海外で活躍した作家などの作品を収集し、所蔵作品展で公開するほか、国内外の美術の動向を捉えたさまざまな企画展が開催されている。また、教育普及活動にも重点を置いており、1階のワークショップ室では、生活の中の美や、作品の成り立ちと素材・技法に目を向けるワークショップを頻繁に実施。展示と体験活動を融合させるさまざまな企画に取り組んでいることも同館の大きな特色となっている。
https://www.mmat.jp/index.html
【展覧会情報】
『目黒区美術館コレクション展 わたしの言葉をあなたに届ける 日々のよろこび2024』
会期:2024年10月12日(土)~11月17日(日)
同時期開催の『障がいのあるアーティストによる作品展 日々のよろこび2024』に合わせ、同館コレクションから作家がそれぞれの「日常」に目を向けて表現している作品を選定。作家がそれぞれの視点で捉えた日常の風景との対峙を促すとともに、音声解説が展示室内に流れる仕組みや、鑑賞者が作品と対峙して感じた言葉を紙に書きとめ壁面に貼り付けるインスタレーションなども展開。ひとり静かに鑑賞するという従来のルールを緩め、展示室で人々が関わり合い、相互に鑑賞を深めていくという鑑賞方法を試みる。
プロフィール
和田彩花
1994年8月1日生まれ、群馬県出身。
アイドル:2019年ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。
音楽:オルタナポップバンド「和田彩花とオムニバス」、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「L O L O E T」にて作詞、歌、朗読等を担当する。
美術:実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会について執筆、メディア出演する。