「この食べ物の物語の奥には、さらに大きな物語がある」監督が語る映画『ドーナツキング』
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『ドーナツキング』 (C)2020 TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.
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すべて見る難民としてカンボジアからアメリカに渡り、やがて“ドーナツ王”と呼ばれることになった男テッド・ノイと彼の周囲の人々を追った傑作ドキュメンタリー映画『ドーナツキング』が12日(金)から公開になる。
本作はテッド・ノイの半生と、米・カリフォルニアでドーナツ店を営むカンボジア系アメリカ人の姿を描いた作品だが、アメリカという国を動かしている仕組みや難民の問題、移民と彼らの祖国の物語、成功者を親に持つ子どもたちの物語など様々な要素がギュッと凝縮されている。「この食べ物の物語の奥には、さらに大きな物語があると思った」と、本作の監督を務めたアリス・グーは振り返る。
LA生まれの中国系アメリカ人アリス・グーは、映画撮影の分野でキャリアを積んできたが、ある日、“カンボジア・ドーナツ”という言葉を耳にした。カリフォルニア州にはたくさんのドーナツ店があるが、その9割はカンボジア系アメリカ人によって営まれており、その始まりはテッド・ノイという男だという。
彼は1970年代にカンボジアの陸軍にいたが、ポル・ポトが率いる政治勢力クメール・ルージュが台頭してきたことで祖国を脱出。妻や子供たち、甥、従妹を連れて8人でアメリカに亡命したが、財産も身寄りもコネもなく、家族を養うためにガソリンスタンドで働き始める。
やがて彼は仕事の合間に食べたドーナツの美味しさに衝撃を受け、自分で店を出す夢を抱く。ドーナツ店で修行を積み、朝も夜も働いて資金を貯めた彼は、雇われ店長をしながら同時期に自分の店も開店。人件費をおさえるために家族総出で働き、テッドの店は拡大していく。やがてアメリカにやってきたカンボジア人たちが彼の店で働きはじめ、その後に独立。テッドはアメリカンドリームを果たし、カンボジア人たちのドーナツ店も拡大していくが、テッドはある出来事をきっかけに転落していく。
本作はテッド・ノイの半生を軸にしながら、様々なテーマが語られるが、グー監督は「制作の初期の段階から作品のテーマを見つけることができた」と振り返る。
「この映画を作り始めたのはトランプ政権下で、その頃のアメリカでは毎日、連続ドラマみたいな状況が展開されていて、テレビでは白人優越主義だったり、移民に関するニュースが流れていました。私もアジア系で移民の子ですから、そんなニュースを観ると良い気分にはなれません。両親はちゃんとしたアメリカの市民ですしね。だから、アメリカの人たちがこの問題について考えるきっかけになるような映画をつくりたいと思ったんです。
ドーナツはアメリカのアイコンのひとつですが、それを盛り上げているのはカンボジアの移民の人たちだった。実はこのことを私は知りませんでした。でも、この食べ物の物語の奥には、さらに大きな物語があると思ったんです。その頃の私はカンボジア・ドーナツについて多くを知っていたわけではありません。でも、制作の初期の段階から作品のテーマを見つけることができましたし、この映画が何を語るべきなのか、どんなストーリーを語る必要があるのかはハッキリとしていました」
そこで彼女とクルーは、ドーナツ王・テッドにカメラを向け、彼の半生をたどり、さらには彼の下で働いて独立したカンボジア系アメリカ人のドーナツ店で取材を重ねた。ポイントは単に“移民の人がアメリカンドリームを掴んだ姿”を描くだけでなく、カンボジア人たちが独立し、成功した後も助け合い、家族とも結社とも違うネットワークを築き上げている様を多角的に描いていることだ。
「私は、ひとつのコミュニティがどんな風に行動したり、どんな風に移動するのかといった文化人類学的な問題に興味を持っています。映画の中である女性が言っていますが、難民としてアメリカにやってきた移民は、お互いに助け合わなければならないのです。英語だってそんな上手く話せるわけじゃないから、商売をする上でサプライチェーン(製品の原材料の調達から、製造、販売、消費までの一連の流れのこと)を確立するにしても、英語で誰かと交渉するよりも、仲間内で出来るのであればその方がいいわけで、そうなると誰かが会社を立ち上げて、ドーナツに必要な小麦粉やお砂糖、販売する時の箱なんかを作って、仲間に卸すようになる。そうして移民の中でマイクロ経済圏が出来上がるわけです。それはアメリカ経済の一部分であり、アメリカという国の一部分でもある。だからこそ、映画にもちゃんと取り入れたいと思いました」
彼らを観ていると、人間の“魂の強さ”を感じることができる

映画は、ひとりの男が祖国を追われ、縁もゆかりもないアメリカで無一文から懸命に働き、家族が力を合わせて成功を掴みとっていくドラマ、そんな家族が同胞たちとネットワークを築き上げていき、アメリカの西海岸を“カンボジア・ドーナツ”が席巻していくドラマが展開する。そこでは勤勉さ、実直さ、友情、信頼、不屈の精神が描かれるが、大きな成功には落とし穴があり、勤勉で働きづめの日々を続ける中で問題や不満が生まれてくる。
グー監督はテッド・ノイをはじめとする様々な人々のエピソード、カンボジアの現代史、ドーナツ界の勢力図の変遷を巧みに構成し、あえて“時系列”に描かないように編集した。観客は映画を観ていく中で新たな事実を知らされ、何げない場面が実は伏線だったと気づくことになるだろう。
「本能的にこのような語り口にしようと思いましたし、物事を順序立てて、時系列の通りに描かないことも最初から決めていました。インスピレーションを与えてくれたのは、Netflixで観た『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』です。あの作品は時系列が飛びまくる構成で、そこからインスピレーションを受けて、時間が行ったり来たりする構成にしようと思いました。
それから、この映画はドキュメンタリーですが、フィクションの映画のように三幕構成(脚本の基本的な構成。最初の章で設定が説明され、次章で何らかの対立が起こり、最後の章で問題が解決する)で語ることも最初から決めていました。
ただ、時系列をどのように組み替えるか、撮影した映像の誰の発言を採用するかは本能的に選択していたと思います。制作中は本当にうまくいっているのか不安になったりもしましたが、ラフカットを観た段階で問題のある部分はわかったのでボードを作成して修正をして、最終的には一貫性と意味があり、エンターテイメント性のある語りになったと思います」
グー監督が語る通り、本作は歴史、アメリカを支えるメカニズム、経済の問題、移民と次世代の問題など様々な要素が登場するが、その根底には普遍的な物語とエンターテイメント性がある。
「南カリフォルニア大学でこの映画の試写をした時、上映後に学生から“現代にもアメリカンドリームは生きていると思いますか?”と質問されたので私は“イエス”と答えました。この映画に登場する人たちは英語もできない状態でアメリカにやってきて、自分の人生をゼロから作り上げた。彼らを観ていると、人間の魂の強さを感じることができますし、人間は何かが起こっても立ち直り、前進することができるのだと、だからこそ彼はいまも生きているのだと思うのです」
観客は“ドーナツキング”と呼ばれた男の物語を入り口に映画を楽しみ、やがて大きくて普天的な物語に出会うことになるだろう。
「ここに描かれている物語は普遍的なものだと思いますし、この映画を通じてアメリカで暮らすカンボジアの人たちのことを知ってもらえたら、と思っています」
『ドーナツキング』
11月12日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
(C)2020 TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.
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