『地球外少年少女』キャラクターデザイン・作画監督 吉田健一氏インタビュー「宇宙へ夢を抱く子供たちに種を蒔き続けたい」
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『地球外少年少女』 (C)MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会
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すべて見る『電脳コイル』(2007年)以来15年ぶりとなる磯光雄監督によるオリジナル新作アニメーション『地球外少年少女』。前編、後編が劇場上映され好評を博し、現在は動画配信サービスNetflixで全6話が配信中。さらに3月25日(金)よりブルーレイ、DVDがAmazonとぴあにて通信販売も開始される。
物語は、日本の商業宇宙ステーション「あんしん」に招待された子供たちと、宇宙ステーションで暮らして来た月生まれの子供たちの出会いから始まる。ネットに繋がるステーション、コンビニと自販機、布の隔壁や簡易宇宙服──、頑張れば手の届きそうな近未来は斬新であり、繰り広げられる冒険に胸躍る快作だ。
本作のキャラクターデザインと作画監督を務めた吉田健一氏に制作経緯、ご自身の画境に至るまで、広範にお話を伺った。
子供たちに「宇宙って面白そうだな」と思って欲しい
──吉田さんが本作に参加された経緯を伺えますでしょうか。
吉田 最初に磯さんに呼ばれた時に、幾つか企画案を見せられて「どれがいい?」と聞かれ、すぐにこの作品を選びました。
最近は宇宙に関する興味が薄れていると感じていました。「スペースX」(※2002年にアメリカのイーロン・マスクが設立した民間航空宇宙企業)や「ソユーズロケット」(※ソ連時代にロシアが開発した使い捨て型ロケット。低コストのため世界中で打ち上げに利用されている)について周囲に聞いても「知らない」という人がほとんどです。一方で、既成のアニメ作品は原作ものや、同じような異世界や日常ものの作品が多い。磯さんが宇宙を舞台に作るのであれば、観ているうちに自分の中のリミッターが外れて行くような斬新な作品になるのではないかと思いました。ただ、そういうオリジナル企画を成立させるのは極めて困難で、制作に漕ぎ着けるまでの苦労は大変なものだったと思います。
──宇宙への夢や憧れを導入に、ジュール・ヴェルヌに通じる古典的冒険サバイバルから、AI(人工知能)と人間の共生というSFの普遍的テーマなどを贅沢に詰め込んだ作品になっていましたね。
吉田 磯さんは子供たちにもっと宇宙を身近なものに感じて欲しかったのだと思います。「宇宙って面白そうだな」「行ってみたいなぁ」と思ってもらいたいと。しかも、あえて日本のアニメでやり尽くされている「ロボット」を登場させずにやっているわけです。『電脳コイル』もそうですが、磯さんは日常世界の延長に未来を見せてくれる物語が実に上手です。『電脳コイル』の時は、「これを自分が描いたら、どうなるんだろう」と思って観ていました。今回お誘いを受けた時に、ついにそういう機会が巡って来たかと思いました。
──手にウェアラブル端末が浮かび上がるという発想が秀逸でした。磯監督は『電脳コイル』の初期設定案でも、変形して手に装着出来る携帯電話を描かれていましたが、さらに進んだデザインになっていました。
吉田 「手にスマホが貼り付けてある感じ」という設定でしたが、誰も見たことがないものですから、描きながら探って行きました。当初手の甲に縦に(スマホと同じように垂直に)モニターが映るような絵を描いてみたんです。手をかざして写真を撮るとか。描いてみると、これでは使いにくい。見やすいのは斜めに手をかざす感じではないかとあれこれ描いているうちに、掌も含めて両面に広く映るデザインになって行ったんです。一から描いて作り上げていく作業は刺激的でした。ただ、これで撮影出来るというレンズの構造はどうなっているの? とか色々分からないんですが…(笑)、そこは磯さんは堅苦しい整合性でなく面白さを選んでいます。
広い世代に受け入れられるキャラクターの模索
──磯光雄監督と吉田さんとの出会いは高畑勲監督の『おもひでぽろぽろ』(1991年)ということになるのでしょうか。
吉田 そうです。ジブリの新人だった頃、磯さんが原画を担当された「タエ子が体育を見学しているカット」の動画を担当したのが最初でしたね。自分が右も左も分からないような時に、磯さんは既に第一線で活躍されていらして。以降もずっと、次元の違う先輩という感じですね。
──磯監督が吉田さんを指名されたのは大きな期待があってのことだと思うのですが。
吉田 僕に声がかかったのは、磯さんが今までとは違う方向のデザインを求められていたからではないかと思いました。軽さや明るさ、大衆性のようなものと言いますか。その辺りを意識して、「磯さんの目指す方向とは少し違うかも知れない」と思うようなデザインも描いてみて、擦り合わせの作業をかなりしました。
ただし、主人公の(相模)登矢だけは、磯さん自身が色濃く投影されたキャラクターだと思ったので、そこは余りブレないようにしたいと思いました。ある種のネガティブな重さを宿している眼とか、磯さん独特の表現が色々とあって、最後まで難しいキャラクターでした。
──眼が大きいキャラクターが口を大きく開いたり、唇を尖らせて「3」の字型になったりする漫画的表現が印象的でした。
吉田 磯さんはコミカルな表現は好きなんですが、オシャレなものは嫌いなんです。無重力で女性キャラクターの長髪が広がると作画が大変だということで、途中から髪をまとめた方がいいということになったんです。でも、ウェーブのかかった髪とか可愛い髪留めなどを描くと「何だこれ」と言って嫌がるんですよ(笑)。
──オペレーターの「野辺山・ダルムシュタット・伊佐子」という女性キャラクターは、登場シーンは少ないですが華やかに感じました。
吉田 確かに、あれは自分の元デザインがほぼ使われていますね。検討する時間も少なかったので、準備していた中から、磯さんが「これでいいや」ということで決まりました。
──デザインからシーンの設計に至るまで、1970〜1980年代に作られたアニメーション作品の良い部分を意図的に引き継がれているようにも思いました。
吉田 それは、自分たちの中に組み込まれてしまっているものですね。好きなものはどうしたって出てきてしまうものなんです。たとえば、心葉(七瀬・Б・心葉)に付いている(医療用)AI「メディ」はどう見てもある名作アニメのキャラクターでしょう。
実は『エウレカセブン』(吉田氏がキャラクターデザイン・作画監督を担当)に登場するガリバー(ヒロインの一人アネモネのペット動物)も同じキャラクターがモデルだったりします。フォルムや大きさが違ったりすると案外気づく人が少ないものなんですよ。
──より広い世代にとって、入り易い設定や見易いデザインになっていると思いました。
吉田 自分は中継でありたいと思っています。上の世代の人たちには「どこか懐かしいな」と思ってもらえたら嬉しいですし、若い世代の人たちからは「見たことない絵だな」と思ってもらえたらいいなと。そうして広い世代の方々に「面白い」と思ってもらえたら嬉しいです。
アニメーションも科学も過去を踏まえて未来がある
──吉田さんは「総作画監督」と「作画監督(第1・2・5・6話)」も兼任されています。現在は総作画監督の下に作画監督と作画監督補佐が数十名もいるという細部分担制が徹底された作品が数多いと思います。本作は昔ながらの一極集中型の編成のように思えたのですが。
吉田 たとえば、かつて安彦良和さんはキャラクターもメカも全て修正するという、驚異的な労働量の「作画監督」を担われていました。宮崎駿さんのテレビシリーズ話全カットのレイアウトを一人で描くというのも、あり得ない作業量です。当然ですが、責任者が絵を修正する作業量を増やせば増やすほど、全体の統一感は増します。しかし、今自分たちが同じことをやろうと思っても、スピードも能力も雲泥の差があるので、到底出来ません。それでも可能限り全体をとり仕切る形を目指したということです。
──本作は全体的にスタッフが少人数だと思ったのですが。
吉田 ベテランの井上俊之さん(※メインアニメーター、第1・2・5話の作画監督と各話原画を兼任)がかなりの部分を支えて下さったお陰ですね。どうしたら井上さんのやり易い現場になるのかということは考えました。
磯さんも井上さんも作業量もスピードも半端ないわけです。磯さんは複雑な構造でも自在に動かすことが出来る。脳内の運動神経が異常に発達した人です。おまけに撮影まで自分でやってしまうという超人です。
──吉田さんのお仕事が後進の若手に与える影響も大きいと思います。
吉田 僕は、キャクターデザイナーとしての仕事も多いのですが、元々女の子や男の子を描きたいと思っていたわけではないんです。僕の絵は、自分が好きだった絵描きの方々の描き方や線を研究して、自分の中を通して落とし込んだものなんです。手塚治虫さん、萩尾望都さん、竹宮惠子さん、安彦良和さん──そうした方々の絵の魅力はどこにあるのか、どんな人の影響で絵柄を築いていったのかを必死で探りました。ジブリでは近藤勝也さんの絵にとても憧れていていました。ジブリで同期だった安藤雅司さんが『海がきこえる』(1993年)という作品で描いていた近藤(勝也)さんのキャラクターにも大きな影響を受けました。安藤さんのように近藤(勝也)さんの絵を描けたらなぁ、というのが目標でした。
僕の絵を好きになってくれる人には、僕の背後にあるものを探ってほしいと思うんです。是非、素晴らしい先人たちの仕事を遡ってもらいたいですね。
──それは本作の物語にも通じますね。過去を正しく認識して受け継ぐ若者が、新たな視点で現在と統合して未来を切り開いて行くという。
吉田 そうですね。アニメーションも科学も現状は一つの通過点だと思うんです。過去の蓄積があってこそ、未来がある。そういう意味ではこの作品が刺激になって、何かしら未来に繋がって行けたら嬉しいですね。
まず夢や構想があって、それをどうにか実現しようと思って技術は後から築かれて行くものなんだとも思います。磯さんとは未来に向けて種をたくさん撒くんだ、という話をよくしていました。俺たちは回収には立ち会えないけれど、種を蒔き続けようと。
──本作で蒔かれた種が数多く発芽することを願っています。ありがとうございました。
取材・文責/叶 精二
吉田 健一(よしだ・けんいち)プロフィール
アニメーター・作画監督・キュラクターデザイナー・イラストレーター。1990年、スタジオジブリ入社。『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)『耳をすませば』(1995年)『もののけ姫』(1997年)などの原画を歴任。1999年以降はフリーとして『OVERMANキングゲイナー』(2002〜2003年)『交響詩篇エウレカセブン』(2005〜2006年)『ガンダム Gのレコンギスタ』(2014年)などのキャラクターデザイン・作画監督を担当。イラストレーターとしても活躍。
『地球外少年少女』公式サイト
https://chikyugai.com
『地球外少年少女』3月25日(金)よりAmazon&ぴあにてブルーレイ&DVD発売
前編「地球外からの使者」劇場公開限定版
Blu-ray:8,000円(税抜)/DVD:7,500円(税抜)
後編「はじまりの物語」劇場公開限定版
Blu-ray:8,000円(税抜)/DVD:7,500円(税抜)
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