市村正親「役者という生き方が心底好き」【『ミス・サイゴン』連続インタビュー第3弾】
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インタビュー
市村正親 撮影:近藤誠司
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すべて見るベトナム戦争末期を舞台に描かれる、ベトナム人少女キムと米兵クリスのロマンスと別離、キムの子タムへの愛、混乱の中を逞しく生き、何が何でも夢のアメリカ行きを目指すエンジニア……。心に響く歌で綴られ、実物大のヘリコプターやアメ車も登場。ミュージカルの金字塔『ミス・サイゴン』が2020年の全公演中止を経て、待望の上演となる。世界が混迷を極める今こそ観たい本作。30周年記念となる今回、初演から長きにわたってエンジニア役を務めるレジェンド・市村正親が率直な想いを語る。
ザザ、エンジニア、スクルージの3役を演じる2022年
市村はこれまで主演級の役を長く務めてきた。『ミス・サイゴン』が92年、『ラ・カージュ・オ・フォール』が93年、『スクルージ』は94年から。その他、『モーツァルト!』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』など、今なお繰り返し上演される名作ミュージカルが多いのは注目に値する。
「『ミス・サイゴン』は初演が1年半の長丁場で、当時はやり切った感もあり、しばらくは上演できないだろうと思っていました。だから再演が決まった時は心臓が口から飛び出るくらい、嬉しかったですね。『ラ・カージュ〜』はザザが一幕最後に歌う《ありのままの私》が希望に満ちた素晴らしい曲で、お客さんに愛されてきた作品です。劇団四季で一緒だった鹿賀丈史と夫婦役になり、再演を続けることができました。『モーツァルト!』のレオポルトあたりからお父さん役が来るようになって、『屋根の上のヴァイオリン弾き』のテヴィエの話が来た時は、森繁さんがやっていた役を僕に?とびっくりしたけど、髭をつけたらテヴィエそのもの(笑)。『スクルージ』に至っては完全におじいさん。全然違う役だけど、どれもいい役でね」
2022年はザザ、エンジニア、スクルージの3役に取り組んでいる。どのように切り替えるのか、不思議になるが。
「自然と役に入っていくんでしょうね。役の気持ちが分かっちゃう。四季にいた頃は変幻自在なアメーバみたいとか、蝉の抜け殻みたいと言われていました。市村を真似ようと思うな、市村は役が変わるごとに脱皮して、違う動物になっているって(笑)。
ブロードウェイに行った時、『オペラ座の怪人』と『ミス・サイゴン』のポスターが並んでいたんですよ。それを見て、僕は両方やったなと嬉しくなりました。ファントムとエンジニア、そしてザザをひとりの俳優がやるなんてBWでは珍しい話。タイプがあまりにも違うからね。その意味で言うと、こんなにバリエーションに富んだ役をやれるのは日本ならでは。日本人で良かったなぁって思いましたし、僕はこの商売、役者という生き方が心底好きだなぁって」
役を演じるのではなく、役を生きる
舞台上で演じるのではない、生きることが好きなのだと市村は断言する。
「『ミス・サイゴン』の《アメリカンドリーム》、あれだって歌というより、エンジニアの想いを吐露する感じだから。「インチキはうんざりだ♪」「無駄にゃしないこの才能♪」って、自分が今まで生きて来た人生、役の魂そのものの叫びなんです。どの役にもそれぞれの魂、生き方があって、それを自分の中で掘り下げて生きる。だから、演じることが好きなんじゃない。その役を生きることが好きなのね。役を生きるのは、お客様にも残るということ」
市村が30年間取り組んできた『ミス・サイゴン』。まさに彼の代表作のひとつだが、年齢を重ね、今回はまたひと味違うエンジニアを見せてくれそうだ。
「《アメリカンドリーム》だって、以前は自分がリードしてガッツリ踊っている俺を見て!という感じでしたが、今回は踊らされているエンジニアも面白いかもしれないなぁ。今の僕の年齢ならあり得るんじゃないかな。今、思いついたことだから、もちろん稽古次第なんだけど」
年齢相応の変遷を重ねながらも、市村のベースにあるエンジニア像は、オリジナルキャストであるジョナサン・プライスだ。
「ロンドンやブロードウェイで観て、彼の目の使い方や心の在り方は、今も常に鳴り響いています。と言っても、それぞれの年齢での役との出会い方がありますから、今この歳になって演出家と作り、稽古場で相手とやり取りすることで、新しいエンジニアが生まれると思います。どうなるかはやってみないと分からない。今回エンジニアとして新たに参加する伊礼(彼方)君や東山(義久)君は僕からどんどん盗めばいいし、盗んでいくうちにイマジネーションが膨らんで彼らの色のエンジニアになるでしょう。僕はそれを本番で観るのを、楽しみにしています」
人生全てが、役者の糧になる。日課であるペットの世話も、市村にとっては発想の源だ。
「インコ、モルモット、猫、犬の世話をしていると、姿形はもちろん、考えてることもみんな違うんですよ。ピーピーピーピーとにぎやかなインコ、無口なモルモット、甘えてきて抱こうとするとプイッといなくなる猫。キャンキャンキャンキャン懐いてくる子犬。毎朝、トイレをきれいにしながら、そうか、この臭さをゴミ溜めのような場所で力強く生きているエンジニアに活かせばいいのか!って(笑)。いつか僕もインコやモルモット、犬猫の役をやるかもしれないし(笑)、何事も前向きに捉えて、どんどん糧にしていけばいいんじゃないかな」
30年前とは違う、今のエンジニアを
世界が混沌としている今、特に市村が『ミス・サイゴン』にぶつけたい想いとは何か。
「戦争、コロナ禍、災害など人間にとって辛く苦しい状況は誰にでも起こり得ること。そうなった時、人はどうやって生きていくのか。そこで大切なのは、その人の持つ根源的なパワーなんだと思う。エンジニアを見ているとね。そんなパワーを、見せつけたいです。
もちろん、僕だって本当に苦しいと思うことはあります。そんな時は我慢します。とにかく耐える。耐え切る力もパワーだと思う。舞台の良さは、花に水をあげるのと一緒なんですよ。
花って毎日ちゃんと水をあげれば、ちゃんと咲いてくれるんです。舞台も毎日一生懸命稽古をすれば、絶対に何とかなる。中途半端ではダメ。逆にどんなに素敵な花だって、水をあげなかったら枯れちゃうでしょ? 地道に積み重ねて、エンジニアとして大きな花を咲かせたい。僕自身、30年前とは違う、今のエンジニアをどういうふうに生きられるかが楽しみです。こういう混沌とした時期だからこそ『ミス・サイゴン』をご覧いただき、観客の皆さんに元気になっていただきたいです」
取材・文=三浦真紀
撮影=近藤誠司
<公演情報>
ミュージカル『ミス・サイゴン』
2022年7月29日(金) ~8月31日(水) 東京・帝国劇場
※プレビュー公演:7月24日(日) ~7月28日(木)
9月以降全国ツアー公演あり
※8月公演分チケットは5月21日(土) 10:00より一般発売開始!
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