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【おとな向け映画ガイド】人間としての尊厳を問うフィクション『PLAN 75』

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イラストレーション:高松啓二

今週(6/17〜18) の公開映画数は21本。うち全国100館以上で拡大公開される作品が『峠 最後のサムライ』『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』『妖怪シェアハウスー白馬の王子様じゃないん怪ー』『メタモルフォーゼの縁側』の4本。中規模公開、ミニシアター系が17本です。そのなかから、倍賞千恵子主演の近い将来を舞台にしたフィクション『PLAN 75』をご紹介します。

『PLAN 75』

おそろしい、もしもの世界。75歳以上、つまり後期高齢者になって、もう生きていたくない人、生きていけない人は国が死なせてあげますよ、という制度が世界に先がけて日本で成立したら……。この映画は、そんな社会変革に直面した平凡な普通の女性の姿を淡々と描くことで、わたしたちが置かれたあやうい現実を皆に突きつけてみせます。

制度の名称は、“国民総背番号制”が「マイナンバーカード」になったように、まさか“後期高齢者自死促進制度”とはいえないので、オブラートに包んで生命保険か何かのような「プラン75」。喧々ガクガク議論があったのでしょうが、ポンと、開始がテレビのニュースで報じられ、街頭で募集が始まります。

受付会場では、やさしそうなイケメンのお兄さんがていねいに説明をしてくれます。申込者には準備金として10万円支給され、うたい文句は“自由意志”ですから、「やっぱりやめます」はありです。

倍賞千恵子演じるミチさんは78歳。夫と死別し、ひとり暮らし。ホテルで客室清掃の仕事をしています。誰の世話にもならず、いたって元気なのですが、突然解雇され、住まいの団地も取り壊しが決まり居場所もみつかりません。途方にくれた彼女は、プラン75を訪ねます。

ドラマは、ミチさんだけでなく、このプラン75に関わってしまう若い世代の人間模様を描いていきます。

ヒロム(磯村勇斗)は申請窓口で働く職員。1人にかける説明時間は30分。説明をして、ご希望のかたは、はいこちらへ、簡単な手続きです。まるで街角のクレジットカード受付のような感じです。たまたま当たった申請者は、疎遠になっている叔父でした。

日本で働くフィリピン人女性マリア(ステファニー・アリアン)は、故国に残した幼い娘の手術費用を稼ぐため、介護士から高給なプラン75に転職します。利用者の遺品処理など、つまりあまり人が好んでしたくない職種です。

プラン75のサービスでは1回15分のサポート電話が受けられます。ミチさんは孫のような年の担当者(河合優美)に、いままで話す機会がなかった、でも誰かにきいてほしかったこと、自分の歴史を語りだします……。

脚本は早川千絵監督のオリジナル。「自己責任という言葉が幅をきかせ、社会的に弱い立場の人を叩く社会の空気が徐々に広がっている。人々の不寛容がこのまま加速化すれば、こういう制度が生まれ得るのでは」と制作意図を語っています。早川監督は2014年のPFFグランプリ受賞作家。是枝裕和監督が製作総指揮をしたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の1エピソードとして作った短編をもとに、今回、長編に初挑戦しています。

早川監督は、細部の描き方に本当らしさ、「あるある」感をもりこむのが上手です。例えば、ミチさんの日常、切った後の爪を鉢植えにまくシーン、食卓の煮物をいれるふた付き陶器とか。ヒロムの叔父が語る過去、日本中の工事現場を渡り歩いた話もリアルです。

ちいさなリアリティの積み重ねがあって、大きなフィクション=嘘を語ることができる、シナリオとか作劇の心得だと思います。

少子化対策を錦の御旗に、子どもを持たない、持てない人は生産性が低い、と決めつけたり、年齢や性別、人種で簡単に人間をより分ける無神経な政治家や識者、SNSの発言などがあとをたちません。映画が描いているのは、あってはならない世界ですが、ついうかうかしていると、ヒロムのような若い世代が直面する明日、かも知れません。

ミチさんを演じた倍賞千恵子さんのたたずまいに救われます。描きようによっては、みじめな老人像になったかもしれないし、女優さんが演じたきれいごとになったかもしれません。人間としての尊厳、“生命”の重みを感じずにはいられません。

この作品は、先月開催された第75回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品され、カメラドール特別表彰を受けています。今年作られた映画のなかでもベストに入る1本と思います。

【ぴあ水先案内から】

伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)
「……若者と高齢者との繋がりの重要さに気づかされる物語……」

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(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee