【おとな向け映画ガイド】金大中元大統領の影にいた、とんでもない存在！『キングメーカー 大統領を作った男』

今週(8/11〜13) の公開映画数は16本。全国100館以上で拡大公開される作品が『TANG タング』『野球部に花束を』の2本、中規模公開・ミニシアター系が14本です。その中から、韓国大統領選に絡む驚愕の政治サスペンス『キングメーカー 大統領を作った男』をご紹介します。

『キングメーカー 大統領を作った男』

衝撃的なポリティカルサスペンスだ。韓国の第15代大統領 金大中と、その選挙参謀 厳昌録の実話が基になっているという。金大中氏といえば、民主活動家として来日した際、KCIAに拉致・誘拐されたことが生々しい記憶として残っている。信じられない事件だったが、この映画を観ると、その背景に合点がいく。役名こそ変えているが、リベラルな金大統領の、いわば裏歴史ともいえる驚きの内容だ。

この作品の魅力は、選挙参謀 ソ・チャンデという人物がとんでもない“ワル”で、選挙に勝つためなら手段を選ばないマキャベリストだ、という設定にある。いわばピカレスク（悪党）ものの面白さがたっぷりつまっている。

北出身という負い目を持つチャンデの武器は、頭が切れて口がたつこと。彼は薬剤師だったのだが、独裁政治に反対する新民党の指導者 キム・ウンボムの政治信条に共鳴し、この人に賭けようと決めた。そして、いつか自分も政治家として世を変えようと思った。まず、ウンボムに自分を売り込むため「1票を得るよりも相手の10票を減らす戦略をとるべき」という奇をてらった発言をするところから彼の作戦は始まる。このネガティブキャンペーンも辞さない戦略は、劇薬のように効果的で、理想主義を掲げる正義の指導者キム・ウンボム陣営の“闇”の存在として、彼はのし上がっていく。60年代、韓国で横行した買収合戦の選挙戦など、いくつものえげつない戦術とその手腕は、きっと多くの人がスクリーンの前で驚きかつ恐ろしくなることと思う。

そんなアクの強い彼の強引なやり方は、味方の陣営でもよく思わない人間がほとんどだ。しかし、ボスであるウンボムは、彼の力を認めている。そしてもうひとり、実は、対抗する政権側である共和党の選挙参謀が彼の実力を高く評価していたのだ。蛇の道は蛇。その敵が札束を手に彼をスカウトしようするエピソードは実にリアルですごみがある。この敵方の参謀は、後に重要な役割を担うことになる。政府側、野党の他勢力、味方陣営……政界の騙し合いの中で、さまざまな人間関係が交差するが、そこに、政治の“理想”と“現実”の乖離がはっきりと見えてくる。

監督・脚本は『名もなき野良犬の輪舞（ロンド）』というハードボイルド・アクションで注目されたビョン・ソンヒョン。撮影、照明、美術、音楽、衣装など同作に参加した制作スタッフを再集結させて臨んだ。ヴィンテージレンズや時代にあわせたフィルターを使った撮影、影の存在らしさを強調した照明、時代を再現する小道具作りなど、監督の意志に応えたスタッフワークが光っている。

キャストには韓国の名優たちが並ぶ。キム・ウンボム役は『名もなき…』に続きソル・ギョングが、ソ・チャンデ役は『パラサイト 半地下の家族』でIT企業の社長役のイ・ソンギュン。韓国の主要映画賞のひとつ、百想芸術大賞において、ソンヒョンが監督賞を受賞、最優秀男性演技賞にギョングとソンギュンがダブルノミネートされ、ギョングが受賞した。さらに、政権側で暗躍する二ヒルな選挙参謀を演じたチョ・ウジンが男性助演賞を受賞している。

最近の韓国製政治サスペンスにハズレなし、というが、政界の隠された裏側を、臆することなく忖度なしで告発する痛快さもその要因。さらに監督、俳優の層の厚さ、レベルの高さがそれを可能にしている。まさにそんなことを実感させられる作品だ。

【ぴあ水先案内から】

夏目深雪さん（映画パーソナリティ）
「……韓国現代史の勉強にもなる。史実とは少し変えたラストもせつない。」

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植草信和さん（フリー編集者、元キネマ旬報編集長）
「……俳優といい監督といい、韓国は有能な映画人の宝庫のようで羨ましくもある……」

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