草彅剛の自然体で生きる方法「大人も“毎日が夏休み”でいい」
映画
インタビュー
草彅剛 撮影:須田卓馬
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すべて見るこの人の声を聞くと、どうしてこんなに癒されるんだろう。
草彅剛。日本を代表するスーパースターのひとりでありながら、『ブラタモリ』をはじめ、ナレーションの仕事も数多く手がけてきた。その朴訥とした語りは、清らかな水のようにすっと沁み込み、心を落ち着かせる。
8月19日(金) 公開の映画『サバカン SABAKAN』でも草彅剛の声が物語に奥行きを与えている。演じるのは、成人後の主人公・久田孝明。作家として鬱屈とした日々を過ごす孝明は、ふと小学5年生の夏を共に過ごしたクラスメイトのことを思い出す。
草彅剛は自らの語りについて、どんな意識を持っているのだろうか。
「早く帰りたいな」と思っているぐらいの方が、いい芝居ができる
「若いときから『ナレーションいいね』ってよく言われていたんですよね」
そう、おかしそうに当時のことを思い出す。
「なんだったら、『ナレーションの“方が”いいですね』なんて言われて。『“方が”ってどういうこと?』と思いながら(笑)。若いときは顔が出ないから、ナレーションはつまらないなと思っていたんですけど、今となっては自分のいいところのひとつなのかなと思えるようになりました」
だが、ナレーションに関しては何か独自の修練や研究を積んできたわけではないという。
「ナレーションって磨きようがないですよね。どう磨くんだろう。昔、森本レオさんと共演したときに、レオさんが『剛くん、ナレーションとは』みたいなことを言ってたんですけど、そのときからレオさんが何を言ってるのかわからなくて、『そうですね』ってわかってるふりして聞いてた(笑)。今もレオさんが何を言っていたのかはさっぱり思い出せない。たぶんレオさんもカッコつけたくて言ってたんじゃないかな(笑)」
飄々と笑い飛ばす姿には、まるで力が入っていない。この『サバカン SABAKAN』でもそうだ。大人になった孝明の語りと共に物語は進んでいく。けれど、その語りには力みがまるでない。
「もう自然なかたちで、特に感情も入れず、さらっとできました」
草彅自身も、自らの声の表現についてさっぱりと答える。思えば、ナレーションに限らず、草彅剛という俳優のお芝居には不要な自意識がまるでない。ただそこにいる。ただ台詞を話す。なのに、受け手はその台詞の行間を、表情の余白を自然に読み取り、想像力を広げてしまう。
「確かにお芝居に関して自意識はひとつもないです。常に『早く撮影が終わればいいのに』と思ってる(笑)。こんなこと言うと怒られちゃいますけど」
そう冗談とも本音ともつかない答えで煙に巻きながら、草彅剛は大切なことを、まるでちっとも大切でないような口ぶりで続けた。
「逆にあんまりこだわっちゃうと、おかしいことになっちゃう。感情込めすぎても観ている方も疲れちゃうじゃないですか。それより、実際はそんなこと思っていないですけど、『早く帰って(愛犬の)クルミちゃんに会いたいな』ぐらいのマインドでいた方が、変に緊張もしなくていいんです」
もともと俳優・草彅剛は勤勉家であることで有名だ。代表作のひとつである『僕の生きる道』では役の病状の進行に合わせて9kgの減量を行い、逆に『ホテルビーナス』では鋼のように肉体を鍛え上げ話題をさらった。そんな努力の人でありながら、こともなげに言う、「こだわりすぎない方がいい」と。
「剣士とかもそうですよね。すごい剣の達人も最初は一生懸命型を練習するんだけど、最後は力を抜いて刀を振った方が早いという境地に行き着く。そういう感じで、1秒でも早く帰りたいなと思っているぐらいの方が僕はいい芝居ができる気がします」
大人でも毎日夏休みでいいんですよ
『サバカン SABAKAN』は草彅演じる成人後の孝明が語り部となって、あるひと夏の思い出を振り返っていく。時代設定は1986年。草彅自身も当時はわんぱくな少年そのものだった。
「僕もこの映画に出てきた少年のように、自転車で隣の町に行ったりしていました。地元が田舎だったもので、毎日虫捕まえたりして、泥だらけになって。あの頃は目の前の出来事が世界のすべてというか。1日の出来事が永遠に続くような、そんな日を毎日過ごしていましたね」
小学5年生の“久ちゃん”は、同じクラスの嫌われ者“竹ちゃん”からイルカを見に行こうと誘われる。自転車に乗って、2人きりの、1日限りの大冒険。その無邪気さが、郷愁を呼ぶ。
「春日部って海もないし大きな山もないし、結構中途半端な田舎なんですけど。それでも映画に出てくる長崎の風景を見ていると、畑と田んぼに囲まれた故郷を思い出しましたね。僕にも竹ちゃんみたいな友達がいて。ザリガニ捕ったりカエル捕ったり、はっちゃけていましたよ。自転車に乗ってカブトムシ捕まえに行ったら夕立にあって、ずぶ濡れになって帰ってきたこともあったなあ」
きっとこの映画を観たら、大人たちも思い出すだろう、子どもの頃の思い出を。そして、夏休みのあった小学生時代に帰りたくなる。
「僕は基本的に大人になれない大人なんで。今でも感覚は子どもだし、毎日が夏休みなんですよ(笑)。でもこの映画を観て、より感じましたね、いい意味で子どもでいたいというか、純粋な気持ちを忘れずに毎日を楽しもうって」
そう話すと、その朗らかな目元が一層にこやかに綻んだ。
「夏休みになると、宿題をするのがすごい嫌で、もう早く外に行きたくてしょうがなかった。そういう気持ちを取り戻しつつあるというか。だから大人でも毎日夏休みでいいんですよね。大人ってすぐ疲れちゃうじゃないですか。だるいとか言ってさ。そうじゃなくて、日光浴びてさ、元気に体を動かして。クワガタ捕りとか行きたいですね。…いや、さすがにクワガタはないな。大人になって虫はさわれなくなりました(笑)」
諦めなければ、絶対いいことがある
何をしても続かない。人当たりはいいけど、どこか意気地がなくて臆病だった久ちゃんに、竹ちゃんはあきらめないことを教える。根性論が嫌われる今の世の中で、「諦めない」なんて言葉は流行らないのかもしれない。けれど、草彅剛は「諦めないって言葉、好きですよ」と声を弾ませる。
「人生ってそれがすべてじゃないですか。諦めなければ、絶対いいことがある。諦めないことが楽しい人生を築き上げる一歩だと思うんだよね。人生って全部がうまくはいかないし、誰しもが失敗を重ねて生きていく。僕も今まで諦めちゃう瞬間はたくさんあった。だけど、仮にどこかで諦めても、また始めれば、最終的に諦めていないことになる。“Never give up”っていう言葉は好きですね」
諦めそうになったとき、支えてくれるものは何か。草彅剛は「人とのつながり」だと言う。
「周りの仲間、家族、友達。そして僕の場合だったら、遠くで応援してくれている人。その人たちのことを思い出すと、ここで諦めちゃダメだって思う。今ももうすぐギターの”はっぴょう会”があって。もう間に合わねえ、やべえな全然弾けないみたいな気持ちになって、超諦めそうになるけど(笑)、でもやっぱり諦めない。諦めたら、つまらないですもん」
そうくすくすと何度も笑いながら話す彼を見ていると、そうか、諦めないことってこんなに楽しいことなんだ、と思えてくる。
「あと、クルミちゃんの歯磨きも。毎晩クルミちゃんの歯磨きをやるのが僕の日課なんですけど、夜仕事が終わって、自分もいろいろやることがあると、つい明日でいっかって疎かにしちゃいそうになるんですよね。そこは諦めたくないかな。まあ、たまにサボっちゃうんだけど(笑)」
諦めそうになったら、1回立ち止まって休めばいい
人生にはいろんなことがある。決していいことばかりではない。それでも諦めなかったら、草彅剛は今日もエンターテインメントの世界にいる。「今、苦しいことがあって、諦めそうになっている人がいたら、草彅さんはなんて声をかけてあげたいですか」。そう尋ねると、「そうですね」と少しだけ考えて語りはじめた、いつものあの優しい声で。
「諦めないことは大事なことだと思うけど、でも時には立ち止まってみてもいいと思う。立ち止まって、今までの道を振り返って、ゆっくりと休んで。時間が解決してくれることってあると思うから。時間を置いて、また歩き出してみたらいいんじゃないかな」
そう。立ち止まることや、休むことは、決して諦めたことにはならない。諦めないためにも、時には立ち止まる時間も必要なのだ。
「私、48歳の草彅剛が申し上げるにはですね、山登りと一緒だと思うんですよ。山登りって、すっごい辛くて、なかなか前に進まないじゃないですか。途中で疲れちゃったら休むわけでさ。そこで水分を補給したりとかして。で、ちょっと時間が経って後ろを振り向いてみたら、あれ、こんなに登ってたんだってビックリする。人生もそんな感じだと思う。休んで止まって、振り返ってもいい。2歩進んで1歩下がってもいい。ゆっくりでも、歩みを止めなければ、気づいたときに大きな山を登ってる。そんなイメージで、みなさんも僕と共に登山をしましょう」
そんなあたたかいエールでインタビューを締めくくった。
ちなみに、「48歳の」と言おうとして、「48ちゃいの」と思わず噛んだ彼は、照れ隠しみたいにそのまま「48ちゃいのくさなぎつよちが」と続けて、場を和ませてくれた。そんなところが何でも楽しむ子どもみたいで、確かに本人の言う通り、草彅剛の中には今もまだわんぱくだった子どもの心が生き続けているのかもしれない。
だから、草彅剛に人は癒される。邪気がなくて、飾らない。大人になった草彅剛は、今もまだ自転車に乗ってカブトムシを捕まえに行った夏休みの途中だ。
取材・文:横川良明 撮影:須田卓馬
<作品情報>
『サバカンSABAKAN』
2022年8月19日(金) 全国公開
ストーリー
1986年の長崎。夫婦喧嘩は多いが愛情深い両親と弟と暮らす久田は、斉藤由貴とキン消しが大好きな小学5年生。そんな久田は、家が貧しくクラスメートから避けられている竹本と、ひょんなことから“イルカを見るため”にブーメラン島を目指すことに。海で溺れかけ、ヤンキーに絡まれ、散々な目に合うが、この冒険をきっかけに二人の友情が深まる中、別れを予感させる悲しい事件が起こってしまう…。
公式サイト:
https://sabakan-movie.com/
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