磯村勇斗を突き動かした“外の世界への憧れ”「大学を辞めることはまったく怖くなかった」
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2度目の内田作品で感じた「ちゃんと階段を上ってきた」手応え
「実は内田(英治)監督とは数年前にドラマでご一緒しているんです。監督覚えてくれているかな?という感覚で撮影に入って、聞こう聞こうと思っていたんですけど、タイミングがなくて。結局その話は直接できないままでしたが、スタッフさんに聞いたらどうやら覚えてくださっていたみたいで。それもあってか、お互いどこか通じるところがあり、すごくやりやすかったです」
そう磯村勇斗は振り返った。そのドラマとは2014年に放送された『なぜ東堂院聖也16歳は彼女が出来ないのか?』。まだ『仮面ライダーゴースト』に出演する前。世間に“見つかる”以前の話だ。
「当時は僕もまだデビューしたてで、役も小さくて、役名もあるかないかくらいの感じだったので。今回こうしてまたご一緒できて、今度はちゃんと名前のある役で。そう考えると、少しずつ階段を上ってきたのかなという気持ちになりましたね」
内田英治監督と2度目のタッグとなったのが、8月26日(金) 公開の映画『異動辞令は音楽隊!』。阿部寛演じる現場一筋の鬼刑事・成瀬司が、警察音楽隊に異動になったことから始まる、人と人のハーモニーを描いたハートフルドラマだ。
「俳優と監督の関係性は“夫婦”だと思っていて。どれだけ信頼できるか、どれだけ本音を言い合えるかが大事。内田さんは役者の芝居に対して、気持ち悪い部分や成立してない部分をちゃんとストレートに演出してくださる。だから、僕としては心を読まれている感じというか、嘘をつけない感じで。ちゃんと心から出てくる芝居じゃなきゃ内田さんとは戦えないなと思った。監督のことを信頼し、安心して一緒に歩めた時間でしたね」
磯村が演じるのは、成瀬の刑事課時代の後輩・坂本祥太。現代的な常識の持ち主である坂本は、コンプライアンス無視の成瀬の捜査方針に振り回されていた。
「昭和気質の成瀬と、今時の坂本。2人が対照的な存在に見えたらいいなと思っていたので、そのコントラストは意識しながら演じていました。成瀬の昔ながらのやり方に坂本はストレスを抱えている。そこから成瀬が変わっていくことによって、坂本の心も変化していく。台本でも『……』が多かったので、そこで坂本は何を感じていたのか。成瀬を見ながら、どんなことを考えていたのか。その微妙な変化を表現することが、坂本を演じる上ではすごく大切でした」
成瀬の粗暴さに辟易とする一方、成瀬を見つめる視線にはどこか憧憬の念が入り混じっているようにも見える。
「殴られるのは嫌ですけど、成瀬の刑事としての嗅覚だったり行動力については憧れの気持ちがあったと思う。だからこそ、葛藤していくんだろうなというのはありましたね」
見せ場は、クライマックスの成瀬とのシーン。あることを打ち明ける坂本の表情には、体の奥底から噴き出す感情がそのまま溢れ出ていた。
「あのシーンは、阿部さんの目に救われました。僕が話している間、ずっと阿部さんが見てくださっていたんです。坂本が何かを言おうとしてためらっているときも、絶対に外さず、優しい眼差しで見てくれていた。あの目を見たとき、きっと成瀬は全部わかっていたんじゃないかなって気がしたんですよね。阿部さんの優しい目に助けられた場面でした」
常に態度は高圧的。何かあるとすぐに手が出る。そんな成瀬が、音楽隊でのふれ合いを通じて変わっていく。50歳を過ぎて、自分の過ちを認め、価値観をアップデートしていく成瀬を見ていると、心に新しい風が吹き込んでくる。
「本当にそうだと思います。僕ももうすぐ30歳。やっぱり年を重ねるにつれ、守りがちになるところはどこかにあって。成瀬なんて僕よりずっと長く生きていて、しかも刑事という職を人生にしてきた人だから、それがある日突然まったく違う世界に飛び込むことになるなんて、本当に怖いと思うんですよ。でも成瀬は勇気を出して変わっていった。成瀬を見ていると、もう一度頑張ってみようという気持ちになるし、人は何度だってやり直せるんだという勇気をもらえる。いろんな企業の偉い人たちに、ぜひこの映画を見てもらいたいと思いました(笑)」
外の世界を見たくて、大学を辞めようと決めた
と言っても、成瀬も最初から新しい環境に馴染めたわけではない。突然音楽隊に配属された成瀬は、ここは自分の居場所じゃないと心荒むときもあった。磯村自身もそんな葛藤を経験した時期はあっただろうか。
「大学を辞めたときは、ここは自分の居場所じゃないという気持ちはありましたね」
そう切り出して、磯村は当時の心境に想いを馳せた。
「演技の勉強をするために大学に入って。でも、大学にいると芝居の相手は学内の人たちだけ。あのときの自分はそこにとどまるより、もっと外の世界を見てみたかった。もっといろんな経験がしたくて中退することを決めました」
今の日本の教育・就職システムにおいて、大学に行くことはある種の“保険”でもある。その保険を捨てるには、相当な勇気が必要だ。
「大学を辞めることはまったく怖くなかったです。高校までは義務的なところがあると思うんですけど、大学に行くのは完全に自分の意思。だから辞めるのも自分の意思だろうと。自己責任だと思えば、気持ちは楽でしたね」
そう言えるのは、自分は俳優になるという強い意志があったから。磯村勇斗はやっぱり根っからの俳優なのだ。
「大学を辞めたことで、もっといろんなことに挑戦できるようになった。結果論になりますけど、僕にとってはプラスの選択でした」
俳優をやっているからこそ、いろんな職業に興味がある
10代の頃に芽生えた俳優になりたいという夢を原動力に、ここまで突き進んできた。そんな磯村勇斗がもし「異動辞令」を下されるとしたら、どんな職業を選ぶだろうか。
「興味のある職業は結構いろいろありますよ。自分にできる/できないを関係なしに挙げるなら、医者になってみたいし、弁護士とか政治家もやってみたい。この業界以外の仕事に全部興味があります」
その理由が、いかにも磯村勇斗らしい。
「たぶん俳優をやっているからだと思います。俳優をやっているといろんな職業に興味があるんですよ。それは今後演じる可能性があるからというのもありますし、1回演じてみて興味が湧くということも。特殊清掃員とかラブホの清掃員とか、普段なかなかスポットが当たらないお仕事の現場で何が起きているのかとか知りたいじゃないですか。だから、チャンスがあるならやってみたいですね」
そんな好奇心のすべてが、磯村の演技につながっている。
「演じるにあたって、そのお仕事に就いている方のお話を聞くこともあるんですけど、それがまた面白いんですよ。一度、火葬場の作業員の方のお話を聞きましたが、絶対見ることのない世界ですし、直接お会いすることもなかなかないので興味深かったですね。本職の刑事さんにお話を聞いたこともあります。その方は、新人の頃は遺体を見るのが嫌だったけど、慣れると何も思わなくなるという話をされていて、その境地は想像できないものだし、実際に聞いてみないとわからないことなので、すごく参考になりました」
ちなみに刑事を演じるときに気を付けていることと言えば。
「私生活に気をつける。なるべく撮られないようにしないと(笑)」
そう冗談を言って場を和ませる横顔に、29歳の青年らしい茶目っ気が覗く。
「刑事って真面目でお堅いイメージがあると思うんですけど、実際には家庭があって友達がいて、普通に飲みに行くし恋愛もする。刑事というイメージの裏側にある人間味みたいなものはどこかに持ちたいなといつも意識しながら演じています。今回の坂本もそうですね。まっすぐな坂本の裏側にある人っぽさがどこかで伝わったら」
うわべだけではない、人肌感を大切にするから、磯村勇斗が演じる人物は生っぽさが残る。きっとどんな職業に「異動辞令」が下されても、戻ってくる場所はここだろう。やっぱり磯村勇斗は根っからの俳優なのだ。
取材・文:横川良明 撮影:奥田耕平
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