松本白鸚「兄として誠に誇りと思う」 中村吉右衛門の一周忌追善公演『秀山祭九月大歌舞伎』初日レポート
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『秀山祭九月大歌舞伎』ポスター 提供:松竹(株)
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すべて見る『秀山祭九月大歌舞伎』が9月4日に東京・歌舞伎座で開幕。ここではそのレポートをお届けする。
初世中村吉右衛門の俳名を冠し、その功績を讃える「秀山祭」の開催は3年ぶりで、今年で13回目を迎える。本年は二世中村吉右衛門一周忌追善公演として、松本白鸚、片岡仁左衛門、中村梅玉をはじめとした豪華な顔ぶれで、故人を偲ぶ所縁の演目が上演される。
第一部は、平成11(1999)年に二世吉右衛門が構成・演出を手がけ、姫路城特設舞台で初演された『白鷺城異聞(はくろじょうものがたり)』。剣豪・宮本武蔵にまつわる史実や伝説を取り入れながら、平和への思いを込めて創作された舞踊劇となっている。
幕が開くと、舞台はその白く美しい姿から“白鷺城”の別名を誇る播磨国の姫路城。本多平八郎忠刻(中村又五郎)や妻の千姫(中村時蔵)らが賑々しく宴を催している。そこに招かれたのは、天下一の剣豪・宮本武蔵(中村歌六)。宴の最中、にわかに千姫が苦しみ出し怪しい影が出現すると、これを物の怪の祟りと推量した宮本武蔵と宮本三木之助(中村萬太郎)は城の天守閣へ。すると、目の前に刑部姫(中村七之助)と秀頼の霊(中村勘九郎)が現れ、勘九郎演じる秀頼の霊と七之助演じる刑部姫は、城の人々を脅かす華やかな妖しさで観客を魅了。勇壮な宮本武蔵が神刀を抜き打ち立ち向かうと、一同はダイナミックな立廻りを繰り広げ、場内の熱気は最高潮となり、大きな拍手に包まれる中幕を閉じた。
続いては、歌舞伎三大名作のひとつ『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』より、「寺子屋(てらこや)」。初世吉右衛門が松王丸、武部源蔵を共に得意とし、二世も当り役として多くの観客の胸を打った。その芸を受け継ぐ松本幸四郎と尾上松緑が、松王丸と源蔵を日替りで勤める。本来松緑としては、音羽屋系の銀鼠の雪持ちの衣裳を着用しているが、今回は播磨屋の追善として尾上菊五郎の理解を得て、黒の衣裳を着用。偶数日の初日は、松王丸を幸四郎、源蔵を松緑の配役。幕が開き、何かを思い悩む源蔵が花道に登場すると、場内は一気に物語の世界に引き込まれていく。
そして、寺子屋に匿う菅丞相の息子菅秀才の首を討つように命じられた源蔵が、今日寺入りしてきた小太郎を若君の身代わりにすることを決意し、物語が展開。緊張感溢れる「首実検」の場面や、恩義に報いるために我が子を犠牲にした松王丸の「泣き笑い」など、数々の名場面が観客の涙を誘う。
幸四郎は公演に先立って行われた取材会に出席し、「真正面からどれだけ叔父のことを思い出せるか。そういう思いで舞台に立とうと思っています。叔父に似せようとするのではなく、教えていただいたことをしっかり勉強し直して勤めたいです」と語り、松緑は筋書のインタビューページで「立役のセオリーというものを教えてくださったおじ(二世吉右衛門)には感謝しかありません。そのおじの追善でどう成長できるかは課題です」と真摯にコメント。また、今月は中村歌昇の長男中村種太郎と次男中村秀乃介が初舞台を踏み、種太郎は菅丞相の息子菅秀才を、秀乃介は松王丸の息子小太郎を堂々と勤め、客席から大きな拍手が送られた。
松本白鸚が明かした弟・二世吉右衛門への想い
第二部は、秀山十種の内『松浦の太鼓(まつうらのたいこ)』で幕を開けた。初世中村吉右衛門は主人公松浦鎮信を当り役とし、後に撰定した家の芸「秀山十種」のひとつに加え、その芸は二世吉右衛門へと受け継がれた。今回は、松本白鸚が初役で松浦侯を勤めることでも話題となっている。
元禄十五年、師走の両国橋。俳人の宝井其角(中村歌六)が偶然出会ったのは、笹売りに身をやつしている赤穂浪士の大高源吾(中村梅玉)。其角の俳諧の弟子でもある源吾は、「明日待たるゝその宝船」と付句を残し去っていく。そして舞台は翌日、句会が催されている大名・松浦鎮信の屋敷に。隣の館から陣太鼓の音が聞こえると、松浦侯がひとつ、ふたつと指折り数えていく姿に、観客も心高鳴る様子で熱い視線を注ぐ。松浦侯は大名の風格に加えて、愛嬌や高揚さを併せ持つ役柄。白鸚は、松浦侯の裏表のない様子や忠義を重んじる武士の精神をにじませる。
そして劇中にて、白鸚、梅玉、歌六ら出演者による追善口上が披露された。白鸚は、祖父・初世吉右衛門のもとで芸道の修行をし、その芸を後世に伝えるために「秀山祭」を開催し続けてきた弟・二世吉右衛門について、「兄として誠に誇りと思うことと同時に、たった一人の弟でございますゆえ、別れはいつも悲しい、侘しいものでございます。今回、弟の追善の意味を込めまして、兄として初役にて『松浦の太鼓』を上演させていただきます」と述べると、会場は割れんばかりの大きな拍手に包まれた。
続いては、二世吉右衛門の当り役の名場面をつづる一幕『揚羽蝶繍姿(あげはちょうつづれのおもかげ)』。「籠釣瓶花街酔醒」では舞台一面に広がる花の吉原を背景に、田舎から出てきた朴訥な男佐野次郎左衛門を松本幸四郎、佐野次郎があまりの美しさに見染める吉原一の花魁八ツ橋を中村福助、「鈴ヶ森」では江戸の侠客幡随院長兵衛を中村錦之助、前髪の美しい若衆を中村歌昇、「熊谷陣屋」では熊谷次郎直実を幸四郎が勤め、続く「播磨潟だんまり」は、市川染五郎演じる佐々木盛綱らがだんまり模様で見せる。
幕切れでは熊谷次郎の花道での述懐、幕外の引っ込みを見せ、故人の舞台での姿が偲ばれる舞台に、客席は割れんばかりの拍手に包まれた。
命の尊さへの想いが込められた舞踊劇『藤戸』
第三部は、『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』より、「祇園一力茶屋の場」。歌舞伎三大名作のひとつである『仮名手本忠臣蔵』の中でも、もっとも華やかな通称「七段目」。二世吉右衛門は、主人公大星由良之助を実父・初世松本白鸚から受け継ぎ、当り役としていた。
今月は、忠義を貫く本心を隠して遊興にふける由良之助を片岡仁左衛門、忠義心を持ちながらも身分の低さゆえに仇討ちに加わることができない平右衛門を市川海老蔵、女方の大役である遊女おかるを中村雀右衛門が勤める。仁左衛門は、由良之助の持つ剛柔さを色気たっぷりに魅せ、海老蔵の平右衛門、雀右衛門のおかる兄妹の情愛と哀感が観客の心を惹きつける。登場人物それぞれの本心が明らかになり、人間模様をドラマティックに描き出す密度の高い芝居が展開され、客席から送られる力強い拍手の音がいつまでも止まない初日となった。
仁左衛門は筋書のインタビューページにて、「播磨屋さんとは同じ年齢で仲が良く、若い頃はよく皆で一緒に遊びました。後進の指導という意味でも歌舞伎界にとって非常に大事な方で、亡くなられたことはとてもショックでした」と淋しさをにじませている。また今月が「市川海老蔵」の名で最後の歌舞伎座出演となる海老蔵は、自身が演じる平右衛門について「人間味があって魅力的な人物」と表現。さらに、これまでいくつもの役を教わった二世吉右衛門については「歌舞伎の魅力をご自身の中で吟味して熟成して、爽やかにお勤めになっておられました」と語っている。
幕切れは、重厚な舞踊劇『藤戸(ふじと)』。平成10(1998)年、広島の厳島神社の奉納歌舞伎で二世吉右衛門が松貫四の名で構成して初演し、歌舞伎座や比叡山薪歌舞伎でも上演された。能の『藤戸』を素材に、戦によって子を失った母の悲しみに焦点を当て、命の尊さへの想いが込められている。
麗らかな瀬戸内の春。源平合戦の後、領主として備前国藤戸に着任した佐々木盛綱(中村又五郎)の前に、藤波(尾上菊之助)という女性が登場。一年前の藤戸の合戦で、敵陣へ馬で渡る浅瀬を教えてくれた漁夫を、無情にもその場で殺した盛綱。その女性は、実は漁夫の母で……。
今回、菊之助が母藤波と藤戸の悪龍を演じ、二世吉右衛門の孫・尾上丑之助も浜の童和吉として出演。菊之助は「いつも孫に対してニコニコされていた笑み、芸に対して全力を出し切る姿は忘れることができません。丁寧なご指導も沢山いただき、温かさと笑みと優しさで包んでいただきました。それを丑之助に伝えていきたいと思います」と語った。
『秀山祭九月大歌舞伎』は9月27日まで上演中。
『秀山祭九月大歌舞伎』の詳細はこちら:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/776
チケット購入リンク:
https://w.pia.jp/t/kabukiza/
写真提供:松竹(株)
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