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播磨屋の芸を偲び、面影をそこかしこに見つけながら。 歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」第二部観劇レポート

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「秀山祭九月大歌舞伎」より、第二部『松浦の太鼓』松浦鎮信=松本白鸚 提供:松竹(株)

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二世中村吉右衛門一周忌追善として、今月歌舞伎座では秀山祭九月大歌舞伎が上演されている。その第二部の一幕目は秀山十種の内『松浦の太鼓』。吉右衛門の当り役のひとつが松浦の殿様、松浦鎮信だった。今回は兄の松本白鸚が弟(二世中村吉右衛門)を偲んで八十歳にして初役で勤めると知り、その心意気に胸打たれる思いだ。

赤穂浪士のひとりが登場する忠臣蔵スピンオフだ。浅野内匠頭が江戸城内で吉良上野介に斬りかかったその翌年、元禄15年の暮れ。しんしんと雪の降る中、俳人の宝井其角が下駄の歯の雪を落としつつ歩いていると、両国橋のたもとで思いがけない人物に出会う。煤払いの笹売りに身をやつしているが赤穂浪士のひとり、大高源吾にほかならない。子葉という俳名も持つ其角の弟子のひとりだ。その身過ぎ世過ぎを語り、主の敵討ちについてはすっぱり思いきったという源吾。其角がその煤けた姿に同情し松浦侯から拝領した黒紋付の羽織を貸すと、源吾が綴れの着物の上にありがたく羽織る。その瞬間、浅野家家臣のころの姿が立ち上るようでハッとする。別れ際、其角が「年の瀬や水の流れと人の身は」と句を詠むと、源吾は「明日待たるるその宝船」と付けて花道を引っ込んでいく。何やら意味ありげな、という気持ちを残したまま、舞台は翌日の松浦侯の屋敷へ。この一面雪の舞台を眺めていると、「雪の日や雪のせりふを口づさむ」という、何とも役者らしい初世中村吉右衛門が遺した一句も思い出す。

『松浦の太鼓』より、左から)お縫=中村米吉、早瀬近吾=松本錦吾、宝井其角=中村歌六、里見幾之亟=市川染五郎、渕部市右衛門=大谷廣太郎、江川文太夫=市川高麗蔵、鵜飼左司馬=大谷友右衛門、松浦鎮信=松本白鸚

松浦侯は今日も和やかに其角を招き連歌の会を開いている。近習たちも声をそろえて殿様の句を称え、微笑ましい雰囲気だ。本所にあるこの松浦邸、実は吉良上野介の屋敷のお隣なのだ。若々しく美しい腰元のお縫が入って来て茶を点て始めるが、なぜか松浦侯のご機嫌がみるみる悪くなる。お縫は源吾の妹。お縫を見るたびに源吾を、そしていつまでたっても敵討ちをしようとしない大石内蔵助らを思い出してイライラしている松浦侯。赤穂浪士に同情し、隣の屋敷への討入を今か今かと楽しみにしているのだ。ところが其角が源吾の残した句のことを口にすると、松浦侯の態度が次第に変わっていく。そして「宝船」とは討入のことだとさとり、一転上機嫌に。うふふ、ははは、と朗らかな笑い声が舞台いっぱいに響き渡る。

折しも響く陣太鼓。ドンドンドンドンドンドン・・・松浦侯がその太鼓の拍子を数えるとなじみのある山鹿流。これは大石たちが隣家にたった今討入ったのだと気づく。舞台換わって松浦侯屋敷の玄関先。松浦侯は「助太刀いたす!」と火事装束を身に着け馬に乗っている。ほんとにうれしくて仕方ないのだろう。殿様なのに、もはや駄々をこねているかわいい童にすら見えてくる。

『松浦の太鼓』より、前方左から)お縫=中村米吉、大高源吾=中村梅玉、宝井其角=中村歌六、松浦鎮信=松本白鸚 / 後方左より)早瀬近吾=松本錦吾、渕部市右衛門=大谷廣太郎、江川文太夫=市川高麗蔵、鵜飼左司馬=大谷友右衛門

そこへ討入姿の源吾が、無事討入を果たしたとの報告にやってくる。先日の尾羽打ち枯らした姿とは打って変わり晴れやかな姿だ。源吾はことの次第を朗々と語って聞かせるが、天下の御定法を破ったことは確かなので討入った者たちは大石一同切腹するという。辞世の句を述べる源吾に、「風流はここじゃのう」と感激を隠さない松浦侯。白鸚の松浦侯は品格高くちょっとお茶目で、誰もが愛さずにはいられない殿様だ。その拵えのまま口上となり、白鸚、中村歌六、中村梅玉の順に、吉右衛門の思い出、播磨屋の芸への思い、秀山祭のゆかりについて述べた。白鸚の、「兄として弟を誇りに思っている」との言葉に満場の拍手が送られた。

『松浦の太鼓』追善口上より、左から)中村米吉、松本錦吾、中村梅玉、市川染五郎、中村歌六、大谷廣太郎、松本白鸚、市川高麗蔵、大谷友右衛門

二幕目は『揚羽蝶繍姿』。播磨屋の得意とした役の数々、狂言の数々を、「吹き寄せ」形式でスピーディに綴る一幕だ。

チョンパで一気に目のくらむほど華やかな吉原仲の町が現れる。『籠釣瓶花街酔醒』の佐野次郎左衛門は、花魁道中に初めて出くわし、兵庫屋八ツ橋の美しさに魂を持っていかれる。この場に別の狂言『沼津』の呉服屋十兵衛が、恋人の吾妻を尋ねてきたと通りかかるなんて、歌舞伎ファンにはうれしい場面だ。

『揚羽蝶刺繡』より、左から)下男治六=中村吉之丞、佐野次郎左衛門=松本幸四郎、兵庫屋八ツ橋=中村福助、番頭新造八重咲=中村梅花

場面換わって所は品川、『鈴ヶ森』。雲助たちをなぎ倒す妖しい美少年白井権八に、駕籠で通りかかった幡随院長兵衛。「お若えのお待ちなさいやし」と声をかけ、五代目松本幸四郎から始まる長兵衛ゆかりの役者たちを偲ぶ台詞となる。そこに二代目の播磨屋の名が加わっていることにハッとさせられる。そして幕切れの長兵衛の「ゆるりと江戸であいやしょう」の台詞には思わずドキリ。頭に浮かんだのは、満足に深呼吸することもままならない今の東京の雑踏。しかしそんな雑念も、浅葱幕が振り落とされた途端に消えていってくれた。

『揚羽蝶繍姿』より、左から)相模=大谷廣松、熊谷次郎直実=松本幸四郎、藤の方=中村莟玉

ここで舞台は世話から時代に替わり、『熊谷陣屋』の場。熊谷直実は藤の方と妻の相模に平敦盛の最期を物語る。その屋台ごと奥へ引っ込んだかと思うと今度は播磨潟の松原が現れる。佐々木盛綱が手にした平家の旗を、平知盛、奴智恵内、一條大蔵卿、典侍の局が奪い合おうとだんまり模様に。源平合戦を彩る歌舞伎の人気者たちが一堂に会するなんて! テンションは上がりっぱなしだ。また典侍の局を常磐御前に見立てて、大蔵卿が十二単の袖をひらりと仰ぐのも洒落ている。盛綱が旗を投げ拡げ、大蔵卿はぶっかえって五人揃って大団円に。ここで晴れやかに幕…かと思いきや、さらに心揺さぶられる場面が待っていた。ここはぜひ劇場で確認してほしい。

松本幸四郎をはじめ、播磨屋の芸に挑む役者一人ひとりの息遣いに、しこなし(立ち居振る舞い)に、吉右衛門の面影を幾度も見つけた。そのたびに涙腺崩壊、マスクの中が大変なことになってしまった。

彼らがそれらの役々を本役として勤める日はそう遠くはないはず。その日を楽しみに待ちたい。

取材・文:五十川晶子
写真提供:松竹(株)

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