いま、ドキュメンタリーがアツい! TBS DOCS特集②
今、世界で起きている危機に肉薄!
記者・須賀川拓が伝える戦場の真実
『戦場記者』
開局以来ドキュメンタリーの制作に注力してきたTBSテレビ。その独自の視点や取材体制、幅広いテーマなどで高い評価を得ている彼らが新たに立ち上げたドキュメンタリーブランド“TBS DOCS”の作品が、この秋~冬に3作品連続で劇場公開される。11月に公開され話題を呼んでいる『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』に続く第2弾となるのが、本作『戦場記者』。TBSテレビ特派員として世界中を駆け巡り、“今起きている危機”をひたすらに伝え続ける男の姿を追った衝撃のドキュメンタリーだ。
世界の紛争地を駆け巡る“戦場記者”須賀川拓
彼の瞳に映るものとは?
パレスチナ、ウクライナ、アフガニスタン──。銃弾が飛び交う戦地に飛び込み、暴力に支配された紛争地を歩いて、そこに暮らす人々のリアルな姿を伝え続ける日本人記者がいる。JNN中東支局長、須賀川拓。
彼は、生活を根こそぎにされた庶民のもとを訪れ、怒りと絶望に満ちた表情を切り取る。瓦礫の山に登り、あるときは地面を這いずって、鋭利な爆弾の破片を拾い集める。そして自分が目にしたファクトを、カメラの前で政府高官に突きつけ、公式見解の奥にある何かを引き出そうとする。
地上波の国際ニュースだけでなく、最近はYouTubeやSNSでも積極的に発信。2022年には、国際報道で優れた業績を上げたジャーナリストに贈られる「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞した。本作『戦場記者』は彼の視線を通し、今この瞬間にも起きている戦争の理不尽、不条理を突きつけてくるドキュメンタリーだ。
差し出される現実は、どれもあまりに重い。ある日突然、肉親を奪われることの耐えがたい痛み。破壊された日常のディテール。国際社会から見放された地域の中で、さらなる格差が生まれる構造。須賀川はクルーと共にその現場に趣き、時に憤ったり口ごもったりしながらも、自分の目に映った光景を言葉にしようとする。
そこには事情通ぶった“地政学的解説”もなければ、誰より早く前線に到達したいというジャーナリスト的“ヒロイズム”もない。自分と家族が何より大事だし、危険に身をさらしたいわけではないが、それでも現実に起きていることを知らせずにはいられない。そんな“普通の男のやむにやまれぬ気持ち”が、観る者の感情を強く揺さぶる。
ジャーナリスト・須賀川拓を突き動かすものは一体何なのか。その一端を、ドキュメンタリーの内容に沿って見ていこう。
マイクを片手にとにかく現場へ
須賀川が直撃する世界の“戦場”の数々
①ガザとイスラエル
70年以上にわたり続く、イスラエルとパレスチナの対立関係。2021年5月、イスラエルが占領地エルサレムで、パレスチナ人を強制退去させる動きが加速する。ガザ地区を拠点とするイスラム組織「ハマス」は猛反発し、イスラエルの大都市・テルアビブをロケット弾で攻撃。イスラエル側も空爆で激しく応戦し、11日間の戦争が始まった。
須賀川は衝突が激化してすぐ、テルアビブで取材を開始。イスラエルの防空システム“アイアンドーム”が、上空でロケット弾を迎撃するのを目の当たりにする。犬の散歩中に、シェルターに逃げ込んできた女性。我々とアラブ人は平和に共生している、影で扇動する者がいると憤る青年。緊迫と日常が入り混じった、奇妙な時間が続く。
そして5月21日。停戦発効と共にガザに入った須賀川が目にしたのは、人口密集地に深く刻まれた爪痕だった──。ミサイルを撃ち込まれ倒壊したアパート。雨水が溜まって池状になったクレーターと、その周りで遊ぶ子どもたち。妻と4人の息子を失った男性は、瓦礫の上に茫然とたたずみ、「ここに着いたとき、バラバラになった長男の遺体が横たわっていました」と言葉を絞りだす。絶望をたたえた眼差しに、須賀川は言葉を失う。
11日間の戦争を通じて、パレスチナ側の死者は256人。その半数はハマスとは関係のない民間人だった。イスラエル側の死者は13人。うち兵士は1人だけだ。
テルアビブとガザ。2つの場所を歩き、証言を拾い集めた須賀川は、自ら目にした現実を両方の政府高官に提示し、真っ直ぐ問いかける。非軍事施設を攻撃したイスラエル軍の国際広報部長には、「事前警告がなかった可能性は、本当にないのか?」。また、民間人を盾にしていると批判されるハマスの国際広報部長には、「テルアビブへの無差別攻撃を正当化できるのか?」と。
②ロシアの攻撃を受けるウクライナ
2022年2月24日。ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ東部における特別軍事作戦の開始を宣言。事実上の侵略戦争が始まった。
同年3月末。人道支援団体と共にウクライナ南部のミコライウに入った須賀川は、都市を包囲したロシア軍の凄まじい攻撃の跡を目撃する。上の階がロケットに直撃され、めちゃめちゃに破壊されたホテル。病院の真ん中に落とされたミサイルの跡。アスファルトの道路をえぐる無数の穴は明らかに、人道上の理由からオスロ条約で禁止されたクラスター爆弾によるものだ。
「攻撃は毎日あるよ。4日間、1分ごとに聞こえていたこともある」。住民の1人は、疲れ果てた表情でそう呟いた。取材中にも大きな爆発音。表情を一変させた現地の案内人が、須賀川を屋内に引っ張り込む。最近は、空中で爆発したロケット弾が鋭い破片を四方八方に撒き散らす。安全な場所はどこにもない。
5月初旬。再びウクライナ入りした須賀川は、ロシア軍が撤退したチョルノービリ原発へと向かう。かつて未曾有の事故を引き起こした原子炉は、現在は“石棺”と呼ばれる構造物にまるごと覆われている。開戦後この地を占拠したロシア軍は、こともあろうに発電所周辺に塹壕を掘り、汚染土の土嚢を積み上げた。
「頼むから、キャタピラで放射性物質を撒き散らさないでほしい」と、吐き捨てるように話す地域住民。線量計を手にした須賀川が、“石棺”の間近で見たものとは。
③世界から見捨てられたアフガニスタン
2021年8月。アフガニスタンに駐留していたアメリカ軍が撤退。イスラム原理主義組織「タリバン」が再び、国の実権を奪取した。テロとの戦いという大義名分の下、約20年に及んだ戦争は、アメリカの完全撤退という形で幕を下ろした。
それから1年後の2022年8月。須賀川は首都カブールの路上で、権利を求める女性たちを取材する。突然、鳴り響く銃声。乾いた空気を切る、ブシュンという鈍い音。デモの列に近づいてきたタリバンの戦闘員が、いきなり銃で威嚇してきたのだ。
この1年間で、女性が働ける場所は大きく狭まった。「私たちはこの現状を世界に、そしてタリバンに伝える責任がある」。国内ニュースチャンネルの女性記者は、須賀川の目を真っ直ぐ見てこう語る。だが実際の放送では、彼女たちはヒジャブを被るだけではなく、黒いマスクで顔を覆わなくてはいけない。タリバン政権の通達に従って。
カブール市内を流れる河。そこに架かった橋の下には、さらに信じがたい光景があった。汚れた水。呼吸ができないほどの腐敗臭と、何かを燃やす煙。地元の人が「地獄」と形容したこのエリアでは、膨大な薬物中毒者たちが吹き溜まり、湿った河川敷に穴を掘って暮らしていた──。
国際社会から見捨てられたと言われるアフガンで、さらに最底辺へと追いやられ、不可視化された存在がいた。濁りきった水で注射器を洗う人を見て、須賀川は愕然とする。そして、ジャーナリストとしての根本を揺るがされたような衝撃を受ける。
Check!
須賀川記者のレポートが日々アップされるYouTubeで世界の今を知る
戦場記者・須賀川拓の仕事を語るうえで、決して外せないのがYouTubeの存在だ。未だ巨大な影響力を持つ地上波テレビだが、時間の制約はどうしようもない。どんなに貴重なレポートもある程度の“尺”に収める技術が求められる。編成の都合で、ニュース自体が電波に乗らないケースもあるだろう。
「実は僕、かっちりした原稿を書くのが苦手なんですよ」。以前、インタビューで記者としての資質について質問した際、須賀川は照れ笑いを浮かべ、こう話してくれた。「5年前なら、まるでニュースが出せないポンコツ記者で終わっていたかもしれません(笑)。でも自分が見てきたものについては、何時間でも話せる。プラットフォームが広がり発信手段が増えたのは、僕のような人間にとっては本当にありがたいですね」
実際、「タリバン統治下のアフガンで広がるドラッグ禍」や「パレスチナとイスラエルの衝突激化」を伝えるロングレポートは、YouTube上で250万回以上も再生されている。また戦争に破壊された市民生活のディテールや、編集なしでアップされるキーパーソンの談話などは、バイアスのかからない生情報として、多くの人から支持されている。
その場で起きていることを、ありのまま伝えること。苛酷な現実の前に、たしかに記者は無力かもしれない。だが多くの人に知ってもらうことで、無関心という壁に小さな穴を穿ち、世界を動かすきっかけを作ることはできる。それは須賀川自身のジャーナリスト観とそのまま重なるものだ。
Review
「たぶん偽善なんだよ」
“映画版”で加わった須賀川自身の想いの吐露
本作の終盤、戦争ドキュメンタリーの本筋とはちょっと違うところで、深く胸を揺さぶられた箇所がある。タリバン暫定政権のキーパーソンと会見後。カブールの橋の上に立ち、世界最悪レベルの人道危機にさらされたアフガニスタンの現状をレポートした後、思わず口から漏れた「はあ」という溜息。マイクが拾ったこの音が、須賀川拓というジャーナリストを象徴しているように思えたのだ。
タリバンの復権後、女性の権利は著しく後退した。この映画自体、抑圧と闘うアフガンの女性への限りない共感に満ちている。だが国際社会がそれを理由に支援を凍結した結果、目の前に地獄のような状況が生まれているのも、また事実だ。それをカメラで切り取ったからといって、誰か1人でも救うことができるのか? 途方に暮れた戦場記者の表情が、見る者の目に焼きつく。
現実は、そう簡単には割り切れない。須賀川自身、簡単に白黒を分けたりはしない。イスラエルのミサイル攻撃に憤り、家族を失ったパレスチナ男性に心から同情しながらも、同胞の命より闘争を優先するハマスの矛盾を突く視点も忘れない。ありがちな“どっちもどっち論”とはまるで違う。紛争地を歩く須賀川の根底にあるのは、日常を奪われた庶民への限りない共感。加えて、“客観的事実の発信”と“人の心”の間で揺れ続ける葛藤だ。
実は今回の『戦場記者』は、「TBSドキュメンタリー映画祭2022」で公開された『戦争の狂気 中東特派員が見たガザ紛争の現実』という83分の中編をベースにしている。イスラエルとパレスチナの11日戦争に、その後のウクライナとアフガニスタンでの取材を合わせ、さらに須賀川本人が自らを語るパートが加わった。
TBS中東支局のあるロンドンで行われたこのインタビュー映像が、とてもいい。日常の業務を通じて、戦場ジャーナリストの素顔がストレートに伝わってくる。「たぶん偽善なんだよ」。公園のベンチに腰かけ、中東の名物料理ファラフェルを頬張りながら、須賀川は率直にこう語る。自分を犠牲にして人を救う聖人君子にはなれない。でも、銃弾やロケット砲で日常を壊されている人がいる以上、足を運ばないわけにはいかない、と。
途方に暮れ、迷いながらも戦場を歩く人、須賀川拓。その日常を織り込むことで、迫真の戦場リポートでもある本作には、普通の視点から“戦争を伝えること”の意味を問い直す厚みが加わった。(ライター:大谷隆之)
Check!
テレビでは伝えきれない真実をドキュメンタリー映画として発信する“TBS DOCS”
TBSは1955年の開局以来ドキュメンタリーを制作、放送し続けてきたが、2021年11月、歴史的な事件やいま起きている出来事、市井の人々の日常を追い続け、テレビでは伝えきれない真実や声なき心の声をドキュメンタリー映画として世の中に発進する新ブランド“TBS DOCS”(海外ではドキュメンタリーのことを“ドックス”と呼ぶ)を設立した。
既に劇場公開中の『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』も元々は深夜のドキュメンタリー番組の放送から。今春開催の『TBSドキュメンタリー映画祭2022』で上映された映画版が好評を受け、この度《完全版》として、“TBS DOCS”作品の1本となった。
本ページで取り上げた『戦場記者』の後にも観る者の心を震わす衝撃のドキュメンタリー映画が続々待機中。また、2023年3月には、今春に続き『TBSドキュメンタリー映画祭2023』が開催されることも決定。“TBS DOCS”から目が離せない!
■『TBSドキュメンタリー映画祭2023』
2023年3月17日(金)~30日(木)
東京:ヒューマントラストシネマ渋谷
2023年3月24日(金)~4月6日(木)
大阪:シネ・リーブル梅田
2023年3月24日(金)~4月6日(木)
名古屋:伏見ミリオン座
2023年4月15日(土)~21日(金)
札幌:札幌シアターキノ
『戦場記者』
12月16日(金)より公開
https://senjokisha.jp/
Text:大谷隆之