Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
ぴあ 総合TOP > ぴあ映画 > 【おとなの映画ガイド】ブレンダン・フレイザーが巨体で復活! 米アカデミー主演男優賞受賞、体重272キロ、鯨のような主人公──『ザ・ホエール』

【おとなの映画ガイド】ブレンダン・フレイザーが巨体で復活! 米アカデミー主演男優賞受賞、体重272キロ、鯨のような主人公──『ザ・ホエール』

映画

ニュース

ぴあ

『ザ・ホエール』 (C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

続きを読む

心身のバランスを崩してしばらくハリウッドから遠ざかっていたブレンダン・フレイザーが、『ザ・ホエール』で本年度米アカデミー主演男優賞を受賞し、見事に復活した。本作は「メイクアップ&ヘアスタイリング」部門も受賞。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が最多7部門を独占という“エブエブ旋風”が吹き荒れた今年のオスカーレースの、もうひとつの話題作だ。映画は4月7日から日本公開される。

『ザ・ホエール』

この映画の主人公チャーリーは、オンラインで授業をする40代の大学教員。現実逃避のように引きこもりの生活を送っている。体重272キロ、重度の肥満症だ。暴食の果てにこの姿になった。血圧は238/134、うっ血性心不全で、いつ命をおとしてもおかしくない状況。その彼が、いよいよ死を予感し、過ごした最期の5日間を描く。

『ハムナプトラ』シリーズなどで颯爽としたアクション俳優のイメージがあるブレンダン・フレイザーが、まるで“ジャバ・ザ・ハット”のような存在に扮してどんな演技をみせてくれるか、そこが大きな見どころ。彼の姿を作り上げた特殊メイク・チームの努力と技もすさまじい。

原作はオフ・ブロードウェイのお芝居。彼が住む家の中だけでドラマが展開される、いわゆるワン・シチュエーションの室内劇だ。

チャーリーはほとんどソファに座りっぱなし。いつも来てくれる看護師のリズ(ホン・チャウ)がいわば命の綱。体のケアだけでなく食料の補給もやってくれる。彼女からは聴診器をあてるたびに、病院に行くべきと懇願されるのだが、かたくなにそれを拒んでいる。すでに彼は死を意識している。体だけでなく、心が病んでいるのだ。

彼には、8年前、妻と娘がいたにもかかわらず、同性の教え子、アランとの関係を優先し、家を出た過去がある。その恋人アランの死に悲嘆した結果、自暴自棄になったといえる生活ぶりなのだが、唯一の心残りは娘のこと。死ぬ前にもう一度だけ会いたい……と考えている。

『透明人間の告白』という映画にもなった小説があったが、いまの世の中は、あの主人公みたいに誰からも姿を見られず生活ができてしまう。チャーリーは、Zoomの講義中「機械が壊れた」と言って、自分の映像をオフにしている。ピザのデリバリーマンとも「お金は郵便ポストにいれてある」と顔をあわせない。そんな透明人間のような彼が、人生のエンディングを迎え、宗教の勧誘で訪れた若者トーマス(タイ・シンプキンス)、そして娘エリー(セイディー・シンク)、さらには別れた妻メアリー(サマンサ・モートン)の登場により、自身を現し、心を開いて、過去をしっかり見つめることになる……。

監督はダーレン・アロノフスキー。『レスラー』では落魄のプロレスラーを演じたミッキー・ロークが再注目を浴び、『ブラック・スワン』ではナタリー・ポートマンが魔性のバレエリーナ役で新たな女優魂をみせ、アカデミー賞主演女優賞を獲得している。いわゆる役者を演技開眼させる名監督だ。今回の作品は、たまたまお芝居を観て感動し、即映画化を決めたという。脚本は舞台と同じサミュエル・D・ハンター、映画をてがけるのは初めてだ。

本作では、ブレンダン・フレイザーのオスカー受賞にスポットがあたっているが、看護師リズ役のホン・チャウもこの作品でアカデミー助演女優賞にノミネートされている。両親がベトナム人。タイの難民キャンプに生まれ、アメリカで育ったというアジア系の俳優。昨年公開の『ザ・メニュー』ではレストランの不気味なマネジャー役が印象的だった。

実は、リズはチャーリーの恋人アランの妹。彼女が、映画の流れを動かしていく重要な役どころだ。

ネットに上がっているステージ映像をみると、舞台のチャーリーもそれなりに太っているが、映画の方がリアルで巨体。しかも、アップもあり、表情も豊か、シャワーを浴びるシーンだってある。これが特殊メイクであることに驚く。   

顔をマスクで覆っても、感情表現を可能にするプロセティック(特殊)メイキャップといわれる最新技術だそうだ。40日近い撮影期間中、45キロの冷房機能付きファットシートを5人掛かりで装着、なんと毎日4時間を費やしたという。その様子を記録した1分ほどの早回し映像がこれだ。

ケチャップをビシャビシャかけながらピザを口いっぱいにほうばり、バーレルを抱えてKFCを食べ、冷蔵庫のものをつぎつぎ平らげていくチャーリー。哀愁を帯びたそのまなざし。ぶよぶよの肉体……。強迫観念と罪悪感につかれたかのようなこの姿を、なんとなく他人事に思えないのは、なぜだろう。

映画をご覧になれば、そのなりきりぶり、それを可能にしたスタッフたちの力に感動されるはず。さまざまなことを先延ばしにしてきた自分自身に向き合い、のたうち回るような壮絶なラストにも心うたれ、アカデミー賞受賞は当然、と納得されると思う。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)
「……ひとりの人間のエンディングノートの物語が、こんなに美しく心穏やかになれるとは。セリフには愛が溢れ、後半につれ主人公の純度が増していく聖なる映画」

伊藤さとりさんの水先案内をもっと見る

(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.