Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
ぴあ 総合TOP > ぴあ映画 > 「俳優が演じることで“本音”に迫ることができる」監督が語る『遠いところ』

「俳優が演じることで“本音”に迫ることができる」監督が語る『遠いところ』

映画

インタビュー

ぴあ

工藤将亮監督

続きを読む

フォトギャラリー(7件)

すべて見る

工藤将亮監督の最新作『遠いところ』が公開されている。本作は沖縄で若くして母になったひとりの女性を主人公に、そこにある貧困や暴力、社会の問題を描いた作品だが、単に社会の問題を伝えたり、告発するような作品ではない。

工藤監督はなぜ、この題材に向き合おうと思ったのか? 本作はどのような意図と想いで撮影されたのか? 監督に話を聞いた。

工藤監督は1983年、京都府の出身。これまで数々の作品にスタッフ、助監督として参加し、2019年に音楽を愛する青年を主人公にした『アイムクレイジー』で長編監督デビュー。海外の映画祭などでも高い評価を集めている。そんな工藤監督は知人の手がけたドキュメンタリー映画や、社会調査/フィールドワークの書籍や研究に触れ、沖縄で暮らす若者たちに関心をもったという。

「その本に出てくる女の子たちが僕に近い感覚というか……自分と重なる部分があったんです。でも、彼女たちの今後を考えると、その先がまだ見えない。それはとても映画的だと思いましたし、自分で撮ってみたいと思いました」

沖縄は労働環境が厳しく、ひとり当たりの県民所得は全国で最下位。非正規労働者の割合や、ひとり親世帯の比率も全国1位で、多くの若者、中でも若い女性は過酷な環境に置かれ、時には苛烈な暴力にさらされている。

「自分の母親もシングルマザーでしたし、自分の父は母のことも僕のことも殴ったりしていたので、ここにある話はすごく身近にあることだと思ったんです。今回の舞台は沖縄ですけど、そこにある問題は一緒なんですよね。でも、なぜ沖縄という場所でこのような状況が可視化されているのか……なぜかはわからないですけど『自分がやらなければならない』という使命感のようなものが途中から芽生えていました。

僕はおばあちゃんが子供の頃から週1で映画に連れて行ってくれて、思い返すとあの経験があったから自分はいま映画を撮っていると思うんですけど、そんな経験すらない彼女たちはこの先、どうやって自立するんだろう? いまはスマホ一台で実家を出られる時代ですから、“自立とはいったい何なのか?”について考えますし、核家族化が進む中で、困った時に誰に頼るのか? という問題もある。だから、沖縄の問題ではあるんですけど、現代の日本そのものにコネクトできる題材だと思いました」

そこで監督は映画の基本的なあらすじ(プロット)を用意して、沖縄で長い時間をかけて調査と準備を行なった。その過程で作品は当初の想定とは異なる形で姿を見せ始める。

「最初はジャーナリストを主人公にしたプロットを用意して沖縄に行ったんです。本州にいる主人公が沖縄で現地のジャーナリストと一緒に取材している中で、沖縄の抱える問題に出会い、その大きさに打ちひしがれる。そんな物語を準備していました。

でも、実際に取材していくうちに、沖縄の女の子たちと自分がシンクロしてきて、ある日、頭の中に急にアオイという主人公が出てきたんです。アオイの出現によって、自分や自分の母親、自分のおばあちゃん、それまでに取材で話を聞いてきた沖縄の女の子たちの話や顔がパッと浮かんで、現在の物語になりました」

沖縄県のコザで暮らす17歳のアオイは、夫のマサヤと幼い息子と3人で暮らしている。アオイは生活のため、夜になると息子をぁに預けて水商売で働いているが、夫のマサヤは不満ばかりで仕事を辞めてしまい、生活は苦しくなっていく。さらにマサヤはアオイに対して暴力をふるうようになり、やがてアオイの貯金を持って家を出てしまう。どんどん追い詰められていくアオイ。苦しい生活や暴力の中でアオイは明日を生きるためにもがく。

本作は、先にも紹介した通り、監督の調査や聞き取りをベースに沖縄の現実を描いているが、ドキュメンタリー作品でも、ルポルタージュでもない。本作は俳優が演じる“劇映画でしか描けないこと”に挑んだ作品だ。

「ノンフィクションやドキュメンタリーでは実際に女の子だったり当事者に話を聞くことで、事実関係の部分を突き詰めて語ることができると思いますが、彼女たちは本心や本音までは話してくれないんです。だからこの映画では、脚本をもとに役づくりするのではなく、俳優さんにも実際に現場に入ってもらって、僕らと一緒にフィールドワークすることで、俳優とそこにいる女の子たちをコネクトさせて、彼女たちの本音が見えてきたところで映画づくりを始めました。

俳優さんが演じることで、彼女たちの奥底にある本音に迫ることができる。これこそが映画にしかできない、ドキュメンタリーや学術的な研究ではできないことだと思います」

「人間を描くことが自分の映画の根幹にある」

監督が語る通り、本作は調査した事実の再現ではない。作り手の訴えたいことを役者に代弁させることもしない。俳優が過酷な環境で暮らす人々と並走し、そこで生まれた感情を漏らすことなくレンズで掬い取ろうとしたのだ。

そのため、本作ではカメラは俳優と距離をとり、劇的な盛り上げや観客の感情を誘導するようなことはしていない。時に残酷にも思えるほどフラットなポジションにカメラを置くことで、彼女たちの生々しい感情が容赦なく描き出されるのだ。

「撮影の杉村(高之)さんとは昔からの付き合いで、とにかく巧みで的確で、鋭い視点でカメラをまわせる人です。こういう題材の作品だと手持ちカメラで、被写体に寄って感情を切らさずに撮影していくことが多いと思うのですが、そうしてしまうと、時に撮影者や監督の感情が映像に乗っかってしまう。悲しい場面ではカメラが過剰に被写体に寄ったり、見せたくないものがあるとフッとカメラが動いてしまったりする。この映画ではそれは良くないと思いました。だからこの映画では被写体としっかりと距離をとって、ちゃんと計算した美しい構図で主人公のアオイと彼女をとりまく環境を撮っていく。可能な限り俳優の表情を“面”では描かないことも最初に杉村さんと話し合いましたね」

カメラは俳優のちょっとした変化や動きを漏らすことなく捉えていく。さらに本作では彼らの置かれている環境、沖縄の街や、アオイの暮らすアパート、彼女が歩く路地……までが丁寧に描き込まれている。何気なく見える住居や路地も映画ではすべて“作り手が飾り込む/見つけ出した”ものだ。

「今回、美術をお願いしたのは小林蘭さんというお互い助手だった時代からの知り合いなんですけど、本当に優秀な人です。

そもそも、沖縄というロケ地自体が最高の題材なわけですよね。だからこそ、そこに胡坐をかかずにやりたいと思いました。たとえばアオイの暮らすアパートであれば、撮影の3か月前に部屋を借りて美術スタッフが住み込みで部屋を飾り込んで、撮影の1か月半前ぐらいから俳優に実際にそこに住んでもらいました。そこで本当に生活すると、部屋の中のモノの置き場にもグラデーションができて、暮らす上で必要なものが必要な場所に置かれるようになるんです。その上でそこにどうやって光を取り入れて、どこで演技し、どこにカメラを置くのかを考えていく。

これってすごくシンプルな考え方なんですけど、実際にはなかなかできることではない。でも、昔の監督たちの話を本で読むと、そうやって撮っていたんですよね」

本作は、沖縄の過酷な状況や、そこで生きざるを得ない人々の苦しみ、出口のない現在を容赦なく描いている。しかし、この映画はそのことを訴える“ツール”ではない。本作は、そんな苦しい状況にも常に“美”があることを描いている。

「フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』、溝口健二の『赤線地帯』、川島雄三の『洲崎パラダイス赤信号』、今村昌平の『豚と軍艦』、ダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』もそうですけど……世界は美しいんですよね。その中で人間の行いはすごく残酷で、汚くて、それでも自分も人間で、それは終わらないことで……。それこそがすごく映画的だという気がしています。世界は調律がとれているのだけど、人間は歪んでいて、自分もそこにいる。自分が生涯追いかけるテーマはそこかなと思っています。」

繰り返す。この映画は厳しい社会の現実を扱っている。しかし、世界はいつだって美しく、そのことが時に社会の歪みや異様さを際立たせる。本作はその美しさと歪みを分け隔てなく描き出していく。そこに映画でしか描けない、劇映画だから描ける奥深さや豊かさがある。

だからこそ工藤監督は、本作の結末で観客にわかりやすいメッセージや解決を提示していない。

「もし自分がアオイだとしたら、“これが幸せな結末だよ”とか“これこそが幸福な未来だよ”と提示されるのはイヤだと思うんです。それを提示するのは映画の仕事ではない。だから、僕はいつも何が幸せなのか、何が良い結末なのか自分で考えながら映画を観てきました。人間を描くことが自分の映画の根幹にあると思っていますから、この映画でもその点については意地を張らせていただきました」

『遠いところ』を観て何を思うのか、何を感じるのかは観客ひとりひとりに委ねられている。他人事だと思うかもしれない。ここには自分と重なる部分があると思うかもしれない。現実を切り取るよりもズシリと胸に響く映画だ。

『遠いところ』
公開中
(C) 2022 「遠いところ」フィルムパートナーズ
https://afarshore.jp

フォトギャラリー(7件)

すべて見る