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ぴあ 総合TOP > ぴあ映画 > 全話鑑賞した押井守監督が『GCHQ:英国サイバー諜報局』を語る!

英国VS.ロシアの今そこにある、でも誰も知らない戦争とは!?
『GCHQ:英国サイバー諜報局』特集

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英国の諜報機関、と聞いたら、映画ファンなら最初に思い浮かぶのはきっと『007』シリーズのジェームズ・ボンドが所属する「MI6」では? MI6は実際に英国に存在する秘密情報部=海外で活動するスパイ組織で、一方国内で活動する敵国スパイを取り締まる機関が「MI5」だ。英国にはさらに偵察衛星や電子機器を使って国内外の情報収集や暗号解読を担う諜報機関があり、それが「GCHQ」。このGCHQを舞台にした緊迫のサスペンスドラマがいよいよ日本に上陸! あらゆる手を使ってサイバー攻撃を仕掛けてくるロシアに対し、英国のサイバー諜報員たちはどう立ち向かうのか!? この特集では、本作の魅力を解説するとともに、あの押井守監督に本作について語っていただきます!

押井守監督が語る『GCHQ:英国サイバー諜報局』
「結局全エピソード観ちゃったよね」

── 今回は押井守監督に『GCHQ:英国サイバー諜報局』を観ていただきました。押井さんはこういう英国のスパイものはお好きですよね。

押井 だからこれも、そういうつもりで観てしまった。途中で止められるどころか結局、全エピソード、観ちゃったよね(笑)。作り自体が、最近のドラマシリーズらしく“途中下車”できないようになっている。

── 本作ではイギリスとロシアによるサイバーウォーが描かれていますが、実体がない戦争を描くという難しさがありますよね。

押井 マルウェア(※不正かつ有害な動作を行う意図で作成された悪意のあるソフトウェア等の総称)を解析するプロセスをどう見せるのか? モニタをじっと見ているだけという表現にはしないはずなので、その表現が私としてはとても興味深かったんですよ。

モニタとにらめっこ、になりがちなところをどう表現するかがサイバーもののポイント

── 押井さんは『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』でいち早くその表現に挑戦しましたからね。

押井 その表現については私に限らずどの演出家も苦労するんです。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の神山(健治)は士郎正宗さんの原作どおり、サイバー空間を裸の素子が泳いでいるという表現にした。泳ぎつつゲートを押し開けたりする。

私はそれとは違う表現にした。『攻殻』のときは時間もなければ予算もないという状況だったので、素子が夜の海をダイブする映像をそのメタファーにしたんですよ。

── 船で迎えにきたバトーが「その重い身体でよくダイブするな」と言うシーンですよね。そういう意味があったんですか!

押井 「ダイブ」という言葉からあのシーンを作ったんだよ。「夜の海でダイブするなんて危険だ」とバトーが言うんだけど、その言葉はサイバー空間を泳ぐ意味も含めたダブルイメージ。「戻ってこられるか分からない」とも言うでしょ?

── そうでした!

押井 画面上でははっきり描かないけど、皆さんには何となくイメージしてもらいたかったんだよね。

『イノセンス』のときは製作費もあったので盛大な光のタワーを創った。ちくちく編み物みたいな感じでやっているのは、プログラムを修復しているイメージ。

── 後半の経済特区に登場する光のタワーですね。すみません! まったくイメージしてませんでした。

押井 だから、どこを見ているんだと言いたいんだけどさ(笑)。でも、責めたりはしませんよ。観客はそういうもので、監督が仕かけたネタの10%でも気づいてもらえればいいと思っている。それに、実際には気づかなくても、無意識のうちに刷り込まれていくものだと信じているから。

私は1本の作品にそれこそ100や200のネタを仕かける。無駄なシーンがあってはダメで、すべてのシーン、すべてのセリフ、すべてのシチュエーション、そしてすべてのキャラクターに、最低2つ3つの意味が必要だと考えている。それがあって初めて映画は構造物になるんです。

── だから押井さんの映画は上映時間、短いんですね。

押井 そう、余計なことはやらないから。

それはさておき、近未来もの、とりわけAIなどをテーマにした作品だとその視覚化が大変難しいんだよ。たくさんのメタファーが必要になり、メタファーを駆使することでしかリアリティや面白さは表現できないと私は考えている。

このドラマシリーズでもその点に着目していたら、サイバー空間を探っている人間が大工道具を腰に下げ、金づちなどでコンコン壁を叩いてみたり、水中に飛び込んでみたり、ボルダリングしてみたり、いきなり金庫のようなものを開けてみたり。この表現を、さまざまなところに潜り込み、捜索しているということのメタファーとして使っていた。

本作でサーラの腰に大工道具があったら、それはサイバー空間のメタファーシーン。写真のように倉庫のようなところで何かを探すシーンも

こういうアプローチは正解なんだけど、現実の世界との差別化が薄いのですぐには分からない。もっとバーチャルなイメージを出すため私だったら、金づちを叩くと数列が飛び散るみたいな表現にするとかひと手間かけると思ったんだけど、おそらく製作者サイドはそれだとアニメっぽくなるから嫌だったんだろうね。この作品はとてもリアルでアクチュアルな世界観を目指しているから、そういう表現を使うと浮いてしまう危険性がある。だから、ギリギリの表現を使ったんじゃないのかな。

── そうですね。地味になることを恐れていないのが、さすがイギリスのドラマという感じがしました。

ヨーロッパに入りたいロシアと
ヨーロッパから離れたいイギリス

押井 舞台となっているGCHQという組織も、あちこちが敵だらけな上に、誰がその敵なのかも分からない。かばってくれるはずの女性の外務大臣もあっさりと罠にかかってしまう。そういう展開とストーリーなので、サイバーウォーを扱っていながら頭に浮かべたのは昔からイギリス人が大好きなエスピオナージもの(※スパイもの)ですよ。

そういう作品、イギリスは散々作ってきたじゃない。ジョン・ル・カレとか大好きでしょ? 『寒い国から帰ってきたスパイ』とか、最近では『裏切りのサーカス』(『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化)とか、彼の原作の多くが映画化もされている。

── そうですね。

押井 そのときの敵は、今回と同じロシアなんですよ。“寒い国”と言っているのはロシアのことだからね。イギリスはロシアと延々とエスピオナージのゲームをやってきた。その延長線上にこのドラマもあるというのが、私の見解です。

── なるほど!

押井 そういう意味でイギリスとロシアには親和性がある。馴染んでいると言ってもいい。KGB、今はFSBになっているけど、その時代からある種、お互いの手の内を読み合っていて、暗黙のルールもある。同じテーブルに着く仲と言ってもいい。

私が思うに、イギリスはCIAよりもKGBやFSBに親近感をもっているはずなんです。ケンカ相手はそういうもんでしょ? CIAは野暮ったくて金ばかりまき散らしているイメージ。本作でもアメリカのNSA(国家安全保障局)から出向中のおねえさん(キャシー)は結構、酷い扱いを受けているじゃない? それは基本にそういう関係性があるからなんですよ。

NSAからの出向の身で有色人種、公表はしていないが同性愛者、とGCHQでは肩身の狭い思いをしているキャシー

プレグジットでEUから切り離され、アメリカとも険悪になるとイギリスは孤立する。プーチンの狙いはそれだと言っているのは大変面白い。まあ、NATOのことは無視されてるけどさ(笑)。

イギリスはフランスやドイツと違って大陸に属してない。彼らは、ヨーロッパではあるけど、別の世界という感覚を持っているんじゃないかな。昔、フランスに送り出す兵のことを“大陸派遣軍”と呼んでいたくらいで、自分たちとは違うと考えていた。イギリスはずっと自分たちのステイタスを追求している国だから、EUからの離脱はある意味、当然なんです。

では、その一方ロシアはどうかというと、自分たちはヨーロッパだと言い張っている。イギリスと逆なんだよね。モスクワの位置を考えるとギリギリ、ヨーロッパとして成立するけど。

本作ではロシア側からの視点も描かれる。裕福な武器商人の一人っ子でロンドンに留学していた青年ヴァディームは、英国へのサイバー工作の最前線に巻き込まれていくことに

── ヨーロッパに入りたいロシアと、ヨーロッパから離れたいイギリスなんですね。

押井 そう、面白いでしょ? イギリスはロシアに対して「何がよくてヨーロッパの一員になりたいんだ?」と言い、ロシアはイギリスに「ヨーロッパの一員のくせに、自分たちだけ特別な顔をするな」と言っているわけです。

── それは面白い関係性ですね。そういうことを含めて観ると、より面白くなる。しかも、サイバーウォーだけど、イギリスらしいスパイドラマになっているということですね?

押井 そうです。サイバーウォーを前面に謳ってはいるけれど、その内実は懐かしいエスピオナージもの。さすがイギリスのドラマですよ。途中からそれに気づいて嬉しくなったよね。サイバー空間を舞台にしたエスピオナージものを製作者たちは作りたかったんだと、私は思っている。

── キャラクターはいかがでしたか?

押井 主人公の女性(サーラ)がバングラデシュ出身のイスラム系になっている理由が気になった。何かしら今のイギリス社会を反映しているのだろうけど、私はイギリスとイスラム系の関係性に明るくないので、その辺の理由がよく分からない。

それに、今の英国の実際の首相は初のインド系で、本作では黒人初という設定になっている。ロシアのプーチンの名前はそのまま持ち出し、彼の野望と言っているんだから、他の設定がもっとアクチュアルにしてもよかったのかなあとも思ったけど。

英国初の黒人首相として登場するアンドリュー・マキンデ首相。ロシアのサイバー攻撃にやられっぱなしでイイところのないGCHQには冷ややかな態度を取る

── でも押井さん、この作品の舞台は来年の2024年なんですよ。ほんのちょっと先の未来にしたことが、そういう今の時代との微妙なずれを生んでいるのかもしれないし、あえてそうしたのかもしれない。

押井 その辺の意図はこのシーズン1だけじゃちょっと分かりづらい。まだ解決していない事件やエピソードもいくつか残っているので、その辺はシーズン2を期待しろということなのかな。主人公(サーラ)は、家族、仕事、恋人とあらゆる側面で葛藤を抱えていて、その辺の解決もないから。

── だから押井さん、セカンドシーズンを期待しましょうよ!

『GCHQ:英国サイバー諜報局』(全6話)

【配信】Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」
<字幕版・吹替版>独占日本初配信中
【放送】BS10 スターチャンネル
<STAR1 字幕版>8月15日(火)より 毎週火曜23時ほか
<STAR3 吹替版>8月18日(金)より 毎週金曜22時ほか

作品公式サイト

Text:渡辺麻紀
Photo:源賀津己