【おとなの映画ガイド】デビュー60年、藤竜也の魅力があふれ出る『高野豆腐店の春』。舞台は尾道。
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『高野豆腐店の春』 (C)2023「高野豆腐店の春」製作委員会
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すべて見る藤竜也の新作『高野豆腐店の春』が、8月18日(金)に公開される。デビュー60年、81歳を迎える藤。5月の『それいけ!ゲートボールさくら組』に続き、主演作がなんと今年2本目。本作は、映画の“聖地”尾道を舞台にした人情ドラマ。巨匠たちの名作を思い起こすシーンもある、懐かしい味わいの日本映画だ。
『高野豆腐店の春』
瀬戸内海に臨む尾道の俯瞰、海を背景にした大きな灯籠のショット、踏み切りを通りすぎる列車、通学中の子どもたち…。お、これは小津安二郎の『東京物語』や、大林宣彦の『転校生』へのオマージュではないか。
そして主人公の高野辰雄の職業が豆腐屋。小津監督の「私は豆腐屋のような映画監督」という名文句を連想させる。『お茶漬の味』は小津作品。素朴そのものの本作は、お醤油をたらりとさして冷や奴、が絶妙の、まさに「お豆腐の味」の趣きだ。
タイトルは、高野(こうや)豆腐、ではない。高野さんちのお豆腐。「春」はこの店の看板娘、父と豆腐店を切り盛りする娘の名前だ。その高野豆腐店の春、とは、この家に春が来る、何かいいことがありそうな予感も匂わせる。
三原光尋監督と藤竜也はコンビ3作目。『村の写真集』(2005)では写真館の主人、『しあわせのかおり』(2008)では中国料理店の料理人を藤が演じ、本作で”職人三部作”となる。そのロケ地として、一度は撮影してみたいと考えていた憧れの尾道を選んだ。
この町で、妻に先立たれてからは娘とふたりで営む豆腐店。その味は近所で評判だ。駅の近くのスーパーにも卸していて、是非東京でも販売させてくれないか、と声をかけられているが、辰雄にその気はない。少し心臓の調子が悪い彼の心配は、出戻りの娘・春のこと。同じ町に住む昔ながらの友人たちに、相談し、何とか春の再婚相手をみつけようとするのだが……。
藤竜也は1941年北京生まれ。幼児の頃ではあるが、戦争体験が少しあり、劇中で戦後の混乱期を話す主人公とほぼ同世代だ。
デビューは1962年。日活がニューアクシュン路線をとりだした60年代後半から主演級の役者になった。梶芽衣子と組んだ『野良猫ロック』シリーズでは、サングラスをかけた“とっぽい”フーテン役。TVドラマ『時間ですよ』のヤクザ・風間さん、大島渚監督の『愛のコリーダ』でみせた影のある情夫、男の色気を感じさせる、つまりいい男の役が多かった。最近は、NHKの朝ドラ『おかえりモネ』のおじいちゃん役でも、常にどこか、かっこいい。
今回の藤は、ちょっとお茶目で三枚目なところもある。悪友たちと春の再婚相手を探すための企みは、まるで悪ガキたちのいたずらみたいだし、ほのかに恋心をよせる女性への不器用な接し方も、微笑ましい。
しみじみとさせるところもあるが、時折みせる、昔はちょいワルだったんだろうなと思わせるやや暴力的なリアクションが、藤にぴったりはまっている。人間的魅力あふれた、いぶし銀の演技だ。
娘・春役は麻生久美子。藤とは『猫の息子』以来26年ぶりの共演だ。辰雄が思いをよせるふみえ役に中村久美。辰雄の仲間たちは、徳井優、菅原大吉、山田雅人といった顔ぶれ。
三原監督のていねいな映画作りは、辰雄と春の日々、豆腐屋さんの仕事ぶりの描き方にも表れている。朝早くから始まる豆腐作りはまるでドキュメンタリーのようだ。藤は、東京・麻布の老舗豆腐屋でトレーニングを受けたという。大豆と水とにがりだけで作る豆腐。ひと仕事終えた父と娘が、できたばかりの豆乳を飲み、その日の仕上がりを確認し、うん、いいできだと目を合わせる。このときのふたりの表情がいいんだな。
藤竜也いわく。「滋養があって、体によくてほっとする豆腐のような映画ができました」。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
【ぴあ水先案内から】
植草信和(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)
「……大豆と水とにがり以外化学調味料はいっさい加えない、口に含むと大豆の匂いが立ち昇ってくるような劇中のこんな豆腐を毎日食べられたら、どんなに幸せかとつくづく思う。」
(C)2023「高野豆腐店の春」製作委員会
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