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「悲愴」「月光」「第九」― 井上芳雄、花總まりがお馴染みのフレーズにのせて愛を紡ぐ大人のミュージカル『ベートーヴェン』

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ミュージカル『ベートーヴェン』より (写真提供/東宝演劇部)

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井上芳雄、花總まりらが出演するミュージカル『ベートーヴェン』が12月9日(土)、東京・日生劇場で開幕した。『エリザベート』『モーツァルト!』など数々のヒット作を生み出したウィーンミュージカル界のゴールデンコンビ、ミヒャエル・クンツェ(脚本/歌詞)とシルヴェスター・リーヴァイ(音楽/編曲)が構想10年の歳月を費やしたという最新作。今年1月、韓国で初演された作品が、早くも日本上陸だ。

ミュージカル『ベートーヴェン』より 写真提供/東宝演劇部

偉大な音楽家を主人公にしたクンツェ&リーヴァイ作品といえば名作『モーツァルト!』が思い浮かぶが、モーツァルトの楽曲は効果程度に、リーヴァイ氏のオリジナルの音楽で全編綴った『モーツァルト!』に対し、本作『ベートーヴェン』は実際にベートーヴェンが残した名曲の数々をリーヴァイ氏が再構築、歌詞をつけミュージカルにしている、というのが眼目。楽聖の人生が楽聖自身の音楽で綴られていく面白さと同時に、「悲愴」「月光」「英雄」「運命」「田園」「皇帝」「エリーゼのために」「第九」といった楽曲の、多くの人が聞き覚えあるであろうフレーズがミュージカル曲になっている面白さは、想像以上だ。クラシック音楽で綴られた新感覚ジュークボックス・ミュージカルと言おうか、1曲の中に複数のベートーヴェンの楽曲モチーフが登場していることを鑑みるとマッシュアップ・ミュージカルと言うべきか。しかし独特の和音の音色や、「運命」にエレキギターが絡みヒートアップしていく展開など、そこかしこに“リーヴァイ節”も顔を覗かせる。そして物語は基本的に歌に乗って綴られ、28人編成のオーケストラが重厚感たっぷりに演奏する。冒頭で拍手の中マエストロが迎えられて始まるさまも、コンサートさながら。楽聖の生涯を描くにふさわしい、音楽がど真ん中に据えられたミュージカルである。

ミュージカル『ベートーヴェン』より 写真提供/東宝演劇部

物語はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの実話――中でも彼が残した“不滅の恋人”に宛てた手紙をモチーフに彼の人生を綴っていくもの。ルートヴィヒは、かつて『モーツァルト!』で主人公ヴォルフガングを演じた井上芳雄。愛を知らず自分すら愛せなかった音楽家が、愛を知り、絶望し、すべてを糧に音楽へと昇華していくまでの変化を、力強くも繊細に演じている。ルートヴィヒの思い人トニ(アントニー・ブレンターノ)は、花總まり。恵まれた環境におかれながら自分の幸せに疑問を感じているような女性の揺れる心を、しかし感情的にではなく落ち着いたトーンで演じる。歌唱力はもとより、その演技力に定評のあるふたりが、非常に細やかにお互いを思いやる愛を紡ぎ、大人のミュージカルとして作品を届けている。

ミュージカル『ベートーヴェン』より 写真提供/東宝演劇部
ミュージカル『ベートーヴェン』より 写真提供/東宝演劇部

脇を固める俳優陣も贅沢で、ルートヴィヒの弟カスパール役の海宝直人は若々しい歌声で、時に対立しながらも兄に愛の形を示し、木下晴香は溌溂とトニの義妹ベッティーナを演じ、トニの夫フランツの佐藤隆紀は妻を押さえつける悪役ポジションながら、重厚な歌声で作品を締める。フェルディナント・キンスキー公役の吉野圭吾は安定の華やかさで、やはりクンツェ&リーヴァイ作品にこの人は欠かせない、と思う存在感を見せつけた。

ミュージカル『ベートーヴェン』より 写真提供/東宝演劇部
ミュージカル『ベートーヴェン』より 写真提供/東宝演劇部

苦悩を乗り越えた先にある、穏やかなものを描く物語

失われていく聴覚、弟との確執、孤独、禁断の恋……一般的に知られている“苦悩する音楽家”の一面はもちろんあるが、本作のルートヴィヒは、頭を掻きむしって苦悩するような人物ではなく、不器用に人と衝突し内に籠ってしまう孤独な天才、というタイプ。彼の苦悩をドラマチックに前面に押し出していないところに最初こそ戸惑うが、物語を通して味わうと、クンツェ&リーヴァイ両氏が描こうとしているのは、苦悩を乗り越えた先にある赦しや和解といった穏やかなものであるのだ、と腑に落ちた。実際、『モーツァルト!』で主人公は「運命から逃れたい」と嘆いていたが、ルートヴィヒは「運命はこの手で掴み取れ」と力強く歌う。本作は挫けてもなお生きることを肯定する高らかな人生讃歌であり、円熟期のクンツェ&リーヴァイが到達した境地なのだろう。それは最晩年に苦難を乗り越え歓喜に満ちた「第九」という境地にたどり着いたベートーヴェンの実人生ともオーバーラップする。祝福に満ちた、まばゆい光のようなミュージカルだ。

初日前日には会見も行われ、井上は「ベートーヴェンの不屈の生涯と、ふたり(ルートヴィヒとトニ)の愛から、感じ取っていただけるものがたくさんあるのではと思います。あと、やたらと豪華(笑)。『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』や『チャーリーとチョコレート工場』にも負けないんじゃないかなというくらい美術費がかかってます。また日本では年末に「第九」を聞くというのが習慣になっているので、12月にふさわしい作品になっているのでは。ぜひこの新しいミュージカルを体験しにいらしてください」とアピールした。

会見にはミヒャエル・クンツェ氏(写真左端)とシルヴェスター・リーヴァイ氏(右端)も駆け付けた

公演は12月29日(金)まで同劇場にて。1月には福岡、愛知、兵庫公演もあり。

取材・文:平野祥恵 写真提供:東宝演劇部

<公演情報>
ミュージカル『ベートーヴェン』

脚本/歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽/編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出:ギル・メーメルト

出演:
井上芳雄
花總まり
海宝直人/小野田龍之介(Wキャスト)
木下晴香
渡辺大輔 実咲凜音 吉野圭吾
佐藤隆紀(LE VELVETS)/坂元健児(Wキャスト)
ほか

【東京公演】
2023年12月9日(土)~12月29日(金)
会場:日生劇場

【福岡公演】
2024年1月4日(木)~1月7日(日)
会場:福岡サンパレス

【愛知公演】
2024年1月12日(金)~1月14日(日)
会場:御園座

【兵庫公演】
2024年1月19日(金)~1月21日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

公式サイト:
https://www.tohostage.com/beethoven/

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