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ヴェンダース監督・役所広司主演『PERFECT DAYS』。こんな人生もある──【おとなの映画ガイド】

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『PERFECT DAYS』 (C)2023 MASTER MIND Ltd.

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年の瀬の12月22日(金) に、今年のベストワンと言いたい作品が公開される。役所広司がカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した『PERFECT DAYS』。監督・脚本はドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースだが、舞台は東京、全編セリフは日本語。役所が演じるのは、渋谷の公衆トイレ清掃を仕事とする初老の男性、平山さんだ。この名前にピンと来る人は映画ツウ。小津安二郎監督が『東京物語』『秋刀魚の味』などの名作で使った役名。小津を敬愛するヴェンダースの洒落たオマージュであり、作品も、日本的メンタリティあふれるしみじみとした内容。新しい1年を迎えるこの時期にふさわしい映画だ。

『PERFECT DAYS』

今、渋谷区には、世界的な建築家がデザインしたおしゃれでユニバーサルな公衆トイレが17個ある。日本の“おもてなし”文化を形にしようと、株式会社ファーストリテイリングの柳井康治取締役が発案し資金提供にも協力して始まったプロジェクト「THE TOKYO TOILET」(TTT)が手掛けたものだ。

このプロジェクトの一環として製作されたのが本作。依頼されたヴェンダースは、来日して実際のものをみて刺激され、発想が広がり、トイレはでてくるが、トイレの物語ではないフィクションで、東京の今を撮ろうと考えた。

ヴィム・ヴェンダース監督 (C)Peter Lindbergh2015

それから共同脚本・プロデュース担当の高崎卓馬とふたりで、平山と名付けられた主人公を実在の人物のように創造していった。

「フィクションの存在をドキュメントのように追う」というのが制作コンセプトだ。

映画は、そんな平山の、ある朝から始まる。

夜明け前。東京スカイツリーがみえる、押上あたりの古いアパート。道路を掃く竹ぼうきの音で、平山は目覚める。いつも同じ時間だ。少しの間天井を見つめ、ゆっくりと起き上がる。せんべい布団を畳み、顔と口を洗い、作業服に着替え、大事にしている植物に水をやり、玄関脇の定位置に置かれたガラケーなどをポケットに入れると、表にでる。自販機で買った缶コーヒーを手に、作業用の軽自動車に乗り込み、何本か用意しているカセットテープから、ジ・アニマルズの『朝日のあたる家』をこの日は選んでカーステレオにセット、聴きながら仕事場のある渋谷へ高速を走る……。

淡々と、ひとつひとつ丁寧に、平山の日常が描かれていく。どんな風にトイレ掃除をするのか、お昼はどこでとるのか。いつ帰り、夜床に着くまでどんな風に過ごすのか。休日はどうするのか。言葉数の少ない平山の行動と表情から、彼の生活スタイルを私たちは知ることになる。

それは、彼なりの豊かな暮らしぶりだ。仕事のあとは銭湯で一番風呂に入る。浅草のいつも行く地下の飲み屋には「おかえり」とチューハイで親父が迎えてくれるし、家へ帰ったら、じっくり厳選して買った1冊100円の文庫本が待っている。多くはないが、好きなミュージックだけを集めたカセットテープの棚もある。休日に素敵なママさん(演じているのは石川さゆり、サービスで歌も歌ってくれる)の小料理屋で飲むこともあるし、フィルムカメラで、神社の“木漏れ日”を撮ってプリントし、ブリキの缶にコレクションしていたりする。1日1日、平山にとっては同じ景色はない。

トイレ清掃の若い同僚(柄本時生)にたずねられても、彼は自分のことを語りたがらない。飲み屋でもにこやかに飲んでいるだけ。疎遠だった妹(麻生祐未)とその娘ニコ(中野有紗)の登場で、平山の過去が見え隠れするが、やはり実情はわからない。

平山の生き方を、さまざまに解釈できるところが面白い。なぜ、この仕事をするようになったのか? 人とのつきあいが苦手なのか? そもそもひとりでいることが好きなのか? 映画をみているあいだ、いくつもの ? が頭に浮かぶ。

毎日ある程度のルーティンワークをきちんとこなしている人なら、手を抜かず、自分に恥じるようなことはしない平山の仕事や生活ぶりに、共通点を多く見るかもしれない。

朝の光、木漏れ日、夕暮、川面をわたる風…好きなものだけに囲まれたミニマルな暮らし。こんな風に生きていくのも悪くないな、と思う人もいるだろう。

それにしても、TTTのトイレは斬新だ。槇文彦、隈研吾、安藤忠雄、伊東豊雄といった超有名建築家などの設計。なかでも坂茂のデザインは変わっている。それらの未来的な建造物(といってもトイレだが)、渋谷の喧騒、緑に囲まれた神社、通勤途上で見る交錯した高速道路、平山の住む下町、すべてが東京の現代の風景だ。

ヴィム・ヴェンダースはカンヌ国際映画祭の記者会見で「東京で撮影して小津を感じないことはない。小津の死の60年後に東京で撮影するのは特別な体験だった。細部に目を向けて日本社会の変化を描いた小津を引き継いだ」と語っている。

小さなエピソードにこめられたユーモア、音楽の選曲の妙、こだわった小道具、意外な役者の登場、平山の読んでいる文庫本の書名とか、ディテールに映画的愉しみをみいだすことができる。そんなあれこれへの気の配り方にも、小津の影響を感じる。

これは、ヴェンダースによる21世紀の『東京物語』だと思う。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)2023 MASTER MIND Ltd.

【ぴあ水先案内から】

笠井信輔さん(フリーアナウンサー)
「……微妙な佇まいを役所広司が見事に体現している……」

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「……この映画では、何も起きないことが、パーフェクトな一日なのだ……」

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真魚八重子さん(映画評論家)
「……わたしたちはこんなに日常を愛おしんで過ごしているだろうか……」

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