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ぴあ 総合TOP > キース・へリングがNYの地下鉄駅に描いた理由とは? 密着取材で見た「サブウェイ・ドローイング」の現場(文:村田真)

キース・へリングがNYの地下鉄駅に描いた理由とは? 密着取材で見た「サブウェイ・ドローイング」の現場(文:村田真)

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Photo by (C)Makoto Murata

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1982年の暮れも押し迫ったある日、ぴあの矢内社長に呼び出された。またなにかヘマでもしでかしたかと思ったら、ニューヨークに行ってキース・ヘリングに会ってこいとの話だった。その年ぴあは本誌以外に第2の雑誌『カレンダー』誌を創刊したのだが、売れ行きが芳しくないため翌春リニューアルすることになっていた。その表紙をキースに描いてもらい、リニューアル版第1号で「キース・ヘリング特集」をすることになったのだ。

入社6年目を迎えていたぼくは、美術担当としてそれなりに充実した日々を送っていたが、一抹の不安も抱えていた。その年の秋、初めてヨーロッパを訪れ、ヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタなどの現代美術の洗礼を受ける一方、行く先々で目にした古典美術の厚みに圧倒され、急に日本のアートシーンが色褪せて見えてしまったのだ。それから2カ月後の初のニューヨーク行きのオファーである。ヨーロッパとはまた違ったアートシーンが見られるはず、快諾したのはいうまでもない(てか社長命令だから断れるはずもない)。

『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』展示風景より キース・へリングが描き下ろした雑誌『カレンダー』(月刊『ぴあ』別冊)表紙

キース・ヘリングのことは雑誌で知っていたし、ドクメンタ7で作品も見ていたが、正直なところ絵がマンガチックで子供っぽく、やや軽薄に思えた。ちなみに当時日本では「ハリング」とか「ヘーリング」とか呼ばれ、『カレンダー』が「ヘリング」と表記するまで統一もされていなかった。

ニューヨークに着いてさっそく会ったキースは「細長い」人だった。スラッと背が高いのだが、楊枝のように細長い身体の上に小さな童顔が載っているので、いかにもアンバランスな印象だった。スタジオでいろいろ話を聞く。あまり外国人にインタビューしたことがなかったので、「Cause I」で話をつなげていくのがおもしろかった。「なぜなら」と自分がやっていることにすべて理屈をつけて延々と述べ立てていくのだ。絵が単純なのは記号論やカリグラフィを学んだからでもあるが、素早く描いてすぐ逃げるためでもあり、地下鉄に描くのは美術館やギャラリーで発表するよりはるかに多くの人に見てもらえるからだ、といったように、理路整然と自分の行動を社会化していく姿勢は、当時日本で台頭していたニューウェイブの連中の感覚的・極私的な言葉とは雲泥の差だった。キース・ヘリング、おもしろいじゃん! 初めてそう思えた。

密着取材時に村田が撮影した地下鉄の掲示板に描くキース・へリング Photo by (C)Makoto Murata

地下鉄でのグラフィティも密着取材できた。当時のニューヨークの地下鉄はホームレスがたむろし、車内は落書きだらけで、暗い、臭い、危険の3Kだった。キースは自分の乗った電車がホームに入るとじっと目を凝らし、広告の黒い空きスペースを探す。広告提示版にポスターが貼っていないときは黒い紙に覆われているのだ。見つけたら一目散に駆け寄り、周囲を見回しながらポケットからチョークを取り出してササッとためらいなく描いていく。ものの1、2分で描き上げ、振り返ることなくサッと立ち去っていく。それをカメラに収め、あわてて追いかけるぼく。当時ニューヨークの地下鉄は危険だ、夜は絶対に乗っちゃダメといわれていたのに、毎晩乗って追いかけっこしていた。おもしろかったなあ。

その後何度か来日し、瞬く間に世界的な人気アーティストに上り詰め、そのままの勢いで1990年、わずか31歳の若さで天国にまで行ってしまった。その人気の秘密は、単純な線描と明快なメッセージ性にあるだろう。しかし、最初は子供っぽいと思っていた絵柄も、よく見るとUFOから電波が飛んでいたり、人間の胴体がバネのように螺旋を描いていたり、男性器もしばしば登場したりしてかなりグロテスクであることがわかる。彼自身ゲイであり、またHIVに感染していることを隠さなかったし、エイズ救済のための活動にも力を注いだ。彼にとって生きることと絵を描くことは一致していたのだ。ただの落書き小僧でないことは明らかだった。

『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』展示風景より 「サブウェイ・ドローイング」シリーズ

森アーツセンターギャラリーで開催中の『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』には、地下鉄の黒い紙に描いた「サブウェイ・ドローイング」も7点ほど出ている。ほかのカラフルな作品に比べれば地味だが、キースにとってはもちろん、ニューヨークのグラフィティシーンにとっても、また現在のバンクシーをはじめとするストリートアートカルチャーにとっても大変に貴重なもの。というのも、これら「サブウェイ・ドローイング」は1980年代前半に描かれたおそらく数百、数千点のうちのごく一部にすぎないが、その大半は描いた直後から消されたり破棄されたりして残っていないからだ。キース本人もその場で描いて、その場にいた人に楽しんでもらえれば十分で、「作品」として残そうなんて思っていなかったに違いない。その潔さ、散り際の見事さはキース・ヘリングの生き方そのままである。

文:村田真(美術ジャーナリスト)

<プロフィール>
村田真(むらた まこと)

1954年東京生まれ。1977-84年『ぴあ』編集部にておもに美術を担当。以後フリーランスの美術ジャーナリスト。また、BankARTスクールの校長を務めるほか、画家としても活動。主な著書に『美術家になるには』(ぺりかん社)、『artscape1999-2009 アートのみかた』(BankART1929)、共著・編著に『社会とアートのえんむすび1996-2000 つなぎ手たちの実践』『いかに戦争は描かれたか』などがある。

<開催情報>
『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』

会期:2023年12月9日(土)〜2024年2月25日(日) ※会期中無休
会場:森アーツセンターギャラリー
時間:10:00〜19:00、金土は20:00まで、12月31日(日)~1月3日(水) は11:00~18:00(入場は閉館30分前まで)
料金:一般・大学 2,200円、高中 1,700円、小学 700円

※事前予約制(日時指定券)

展覧会公式サイト:
https://kh2023-25.exhibit.jp

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/events/keithharing/

Keith Haring Artwork (C)Keith Haring Foundation

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