『生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界』特集①
【REVIEW】新発見の作品が浮き彫りにする本当の竹久夢二
「夢二は夢二」他の誰とも異なる無二のアーティスト
竹久夢二(1884-1934)のことはよく知られている。「大正浪漫」を象徴する画家、詩人。絵の人としてはいわゆる「夢二式」という抒情的な女性を描き人気を博した。手法としては、日本画から始まり、水彩画、油彩画、スケッチ、版画など多様だ。書も残した。楽譜や本の装幀を手がけるグラフィック・デザイナーでもあり、舞台美術や自身のアトリエ兼住居の設計までも手がけた。
さらに生活の中の美を信条として半襟や日傘、ポチ袋などの日用品をデザインし販売する夢二オリジナルのブランドショップともいえる「港屋絵草紙店」を日本橋で開いていたのも有名。文章の人としては詩人、作詞家、俳人、小説家の顔ももつ。
彼は正規の美術教育を受けたわけではなく、画家、藤島武二を敬愛してはいたものの画壇に属するというわけでもなかった。夢二が活躍していた当時もそして今も、あまりに多才な活動ぶりから、彼をどう捉えていいかが難しく、美術史上の立ち位置も曖昧だ。なにしろ本人も旅館の宿帳の職業欄には、考えあぐねた末、「ゑをかくこと」と記したらしい。
夢二は夢二なのだ。没後90年、生誕140年を経た現在でも多くのファンを魅了し続ける彼の大規模な個展が開催される。その展示では新発見された油彩画や外遊のスケッチブックが見る者を驚かせ、楽しませてくれるに違いない。
新発見の作品から読み解く、油彩画家・夢二が描きたかったもの
油彩画《アマリリス》は、1919年9月、福島で開催された「竹久夢二抒情画展覧会」に出品されたことを地元紙『福島民報』が図版とともに紹介している。その後、夢二が長期逗留した東京・本郷の菊富士ホテルのオーナーに贈った。菊富士ホテルは大正の文化人たちの高等下宿として愛用されていた宿である。《アマリリス》は閉館するまでこのホテルの応接間に掛けられていたというがその後の所在は不明だった。
魅力的な、そして不思議な絵である。着物を着て、本を手にした女性が中心に描かれている。彼女はのちに夢二の恋人となった職業モデルのお葉であると考えられているが、その横というか手前には人物と同じくらいの大きさで堂々の存在感を示す大輪のアマリリスが描かれている。女性の顔と真っ赤な花。消失点を2つ置くという大胆な試みをこの絵に込めているのだ。その間に置かれたカップ&ソーサーが画面をきれいに整理している。
この絵を所蔵する夢二郷土美術館(岡山)館長代理・学芸員の小嶋ひろみさんはこう話す。
「本展監修者の岡部昌幸先生から長らく所在不明だった《アマリリス》発見の報せを受け、この絵と対面したとき、夢二がどれほど油彩画に真摯に取り組んでいたのかと、あらためて実感することができた作品でした。これを描いた段階ではまだ洋行していない夢二がどう油彩画と取り組んでいたか今後、研究を進めたいと思います。夢二は描くにあたって技巧の追求などよりも、自分しか描けないものは何かとか、見たままではないものをどうやって描いていくか、絵から匂い立つものや、たとえば風が感じられるかとか、目に見えないものをどうやって描くかを極めようとしていたのだと思います」
夢二の油彩画は現在確認されているもので、およそ30点と言われている。その半数以上を夢二郷土美術館が所蔵している。
夢二は晩年、アメリカに滞在したとき、油彩画を意欲的に制作した。夢二作品で唯一の外国人の裸婦を描いた油彩画《西海岸の裸婦》も同館所蔵で岡山と京都以外では今回初公開の作品である。ジョルジョーネやティツィアーノの例を出すまでもなく、西洋絵画の伝統的モチーフである、裸で横たわる女性を夢二流に描いている。胸を強調したポーズ、背景の柄と相まって醸し出される清々しさやスピード感。この辺りはデザイナーとしても一流の夢二の本領が発揮された表現と言っていい。この作品は10年ほど前、夢二生誕130年記念の際、夢二郷土美術館のSNSに届いたメッセージがきっかけで発見された。今回の《アマリリス》と同様、縁があって同館所蔵になった。
「夢二が生誕の周年ごとにプレゼントをくれているような気がします」(小嶋さん)
外遊スケッチから明かされるアメリカ、ヨーロッパでの足跡
その外遊のスケッチブックも今回新たに見つかり、展示される。夢二の外遊は一度きりで、1931年5月から1933年9月までだった。横浜を出航し、ホノルル、サンフランシスコ、ロサンゼルスに行き、その後、パナマ運河を通って、ハンブルグに上陸。ベルリン、プラハ、ウィーン、パリ、ミュンヘン、ローマ、ナポリなどを訪れ、神戸に帰国。特にベルリンには2度滞在し、ヨハネス・イッテンの画学校で日本画について講義をしたり、当時、台頭してきたナチスに対し怒り、迫害されるユダヤ人に同情している。
これまでも夢二の外遊のスケッチブックは存在していたが、今回見つかったものは夢二の帰国後、結核を患った彼を自身の病院で引きとって最期まで面倒を見た、友人で医師、歌人の正木不如丘に託されていた2冊である。滞米中のスケッチ146点、滞欧中のスケッチが26点と思われ、彩色されているものもある。裸婦のスケッチがあるなど油彩画の下絵だったであろうものや、サンフランシスコの日本語新聞『日米』に連載した挿絵入りエッセイの下書きや1932年のロサンゼルスオリンピック取材時に描いたものも含まれている。
欧米外遊中に体調を崩した夢二は帰国後、再び療養も兼ね台湾に向かうがそこから帰ってからは療養生活に入るものの翌1934年、50歳を目前にして亡くなった。
晩年、夢二は山の絵を多く描いた。時代は戦争の足音が着実に近づきつつあった。「国破れて山河あり」を予感していたのか。あるいはせっかくの外遊の成果を存分に発揮しきれずに世を去る無念を思ったか。人生を振り返り「時に感じては 花にも涙を濺(そそ)」いだのだろうか。
取材・文:鈴木芳雄
<開催概要>
『生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界』
会期:2024年6月1日(土)~8月25日(日)
会場:東京都庭園美術館
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜(7月15日、8月12日は開館)、7月16日(火)、8月13日(火)
料金:一般1,400円、大学1,120円、中高・65歳以上700円
※第3水曜日は65歳以上の方は無料
公式サイト:
https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/240601-0825_yumeji/
〈イベント〉
『生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界』ぴあプレミアムナイト
美術館の閉館後、「ぴあアプリ」ユーザー限定でゆっくりと鑑賞していただく貸切鑑賞会。夢二のデザインをあしらった箱入りで、付録の「レターブック」がついた豪華図録セットのお土産、ギャラリートークも聴講できるプレミアムな鑑賞会。
■日時:6月29日(土) 18:30~20:30(入館は20:00まで)
■料金:【ぴあニスト】 ¥5000 【よくばりぴあニスト】 ¥4,000
※チケットの購入には「ぴあアプリ」のダウンロードが必要です。
■内容:
・展覧会鑑賞(通常:1,400円)
・図録セット (箱入り・レターブック付き/通常:4,500円)
・ギャラリートーク
講師:岡部昌幸(本展監修者:帝京大学名誉教授・群馬県立近代美術館特別館長)
■応募ページ:
https://lp.p.pia.jp/article/news/370022/index.html
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