古典歌舞伎の名作から期待高まる新作歌舞伎まで。熱気あふれる「八月納涼歌舞伎」華やかに開幕
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2024年歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」
月公演「八月納涼歌舞伎」が、8月4日に初日の幕を開けた。納涼歌舞伎は、平成2(1990)年より十八世中村勘三郎(当時 勘九郎)と十世坂東三津五郎(当時 八十助)らを中心に、花形俳優が活躍する公演として人気を博してきた。納涼歌舞伎恒例の三部制で、古典歌舞伎の名作から期待高まる新作歌舞伎、熱の訪れを感じさせる舞踊まで、熱気あふれる舞台が目白押し。その初日オフィシャルレポートをお届けする。
第一部の開場前には、松本幸四郎、中村勘九郎、中村七之助、坂東巳之助、坂東新悟、大谷廣太郎、中村米吉、中村児太郎、中村橋之助、中村福之助、中村虎之介、中村歌之助、市川染五郎、中村勘太郎、中村長三郎が、それぞれ直筆の言葉をしたためたうちわを手に、そろいの浴衣で劇場前に登場。幸四郎、勘九郎、七之助、巳之助、新悟、児太郎、橋之助が挨拶し、皆で「歌舞伎座でお待ちしております!」と掛け声をかけると、集まった人々から大きな拍手と声援を受けた。うちわは、公演期間中、出演者31名分を劇場2階ロビーに展示するという。
第一部は、『ゆうれい貸屋(ゆうれいかしや)』から。山本周五郎原作の人情喜劇で、今回坂東巳之助の弥六、中村児太郎の染次、中村勘九郎の又造と、それぞれの父たちが勤めた役々を初役で勤めることで話題の舞台だ。
幕が開くと、江戸は京橋の桶屋。お兼(坂東新悟)と家主平作(坂東彌十郎)が、仕事もせずに出かけてしまった弥六(巳之助)を嘆いている。しかし酒に酔って帰ってきた弥六が聞く耳を持たないため、お兼は実家へと帰ってしまう始末。やがて日が暮れ、弥六のもとに現れたのは美しい芸者の幽霊、染次(児太郎)。女房にしてほしいと申し出る染次と戸惑いつつもまんざらでもない弥六のコミカルなやりとりに、観客からは自然と笑みがこぼれる。やがて染次と夫婦同然の仲となり昼夜逆転の生活を送る弥六は、平作から店賃の滞りがあれば追い出すと言われてしまう。ふたりが店賃を稼ぐ算段として考え付いたのは、恨みを晴らしたい人に幽霊を貸し出す「ゆうれい貸家」。染次は、屑屋の幽霊又蔵(勘九郎)をはじめ、爺の幽霊友八(市川寿猿)、娘の幽霊お千代(中村鶴松)を呼び寄せ、大いに商いは繁盛するが……。
個性豊かな幽霊たちと弥六の軽快なやりとりに笑いながらも、人間の本性をも感じさせる哀愁溢れる人情喜劇に、客席からは大きな拍手が送られた。
続いては、『鵜の殿様(うのとのさま)』。歌舞伎舞踊としては本年2月に博多座「二月花形歌舞伎」にて初演され、好評を博しての再演となる。夏の盛り、大名(市川染五郎)が腰元たち(市川高麗蔵、澤村宗之助、市川笑也)を相手に舞を舞っている。大名は暑さしのぎに太郎冠者(松本幸四郎)を呼び寄せると、故郷の鵜飼の様子を語らせる。
自らも鵜飼ができるかと尋ねる大名に、容易いことだと答える太郎冠者。しかし、太郎冠者は日頃の憂さ晴らしにと、鵜飼をよく知らない大名に鵜の役をさせて……。鵜匠と鵜が縄でつながれている様子を、幸四郎、染五郎親子がまるで本物の縄でつながれているように全身いっぱいでダイナミックに表現。鵜匠と鵜の関係に見立てた可笑しみ溢れる舞踊劇に、客席からは笑いが沸き起こり、快活な雰囲気に包まれた。
「エッチで悪い男」と語った勘九郎が、初役の新三で観客を魅了
第二部は、河竹黙阿弥による生世話物の傑作『梅雨小袖昔八丈 髪結新三(つゆこそでむかしはちじょう かみゆいしんざ)』で幕開け。祖父十七世中村勘三郎、そして父の十八世勘三郎が当たり役とした新三に、満を持して勘九郎が初役で挑む。
幕が開くと、そこは材木問屋の白子屋。身代が傾きつつある白子屋では、一人娘のお熊(中村鶴松)に婿を迎えようとしている。仲人の加賀屋藤兵衛(市川中車)と奉公人の車力善八(片岡亀蔵)が結納品を持参し、後家お常(中村扇雀)が迎える。しかし店の手代忠七(中村七之助)と恋仲のお熊は、縁談を受け入れることができない。白子屋に出入りする髪結の新三(中村勘九郎)はその事情を盗み聞き、慣れた手つきで髪を撫でつけながら、忠七に駆け落ちを唆す。その晩、お熊を連れ出した忠七は永代橋のたもとで豹変した新三に蹴飛ばされ、額に傷をつけられてしまう。
手練れた髪結姿から一変し、忠七を罵る新三の「傘づくし」の名セリフ。悪党の本性をあらわにしながらもどこか色気のある新三の姿に、客席は一気に引き込まれた。
新三が颯爽と立ち去ったあと、身投げしようとする忠七を引き留めたのは侠客の弥太五郎源七(松本幸四郎)。お熊を取り返すため新三との交渉を引き受ける。悠然とやってきた親分の源七を新三と下剃勝奴(坂東巳之助)はうやうやしく迎える。源七は新三に啖呵を切ったものの追い返されしまい、ふたりの間には遺恨が残る。代わって交渉を引き受けたのは長屋の家主・長兵衛(坂東彌十郎)で……。老獪で言葉巧みな長兵衛に新三が次第にやり込められる、打って変わったおかしみある展開に、客席の雰囲気もがらりと変化。さらに、小気味良いやり取りの中では、「それはうちの親父だよ」と今年が十三回忌となった十八世勘三郎を思わせるセリフも飛び出すなど、客席からは大きな笑いが起こった。
初鰹を売る魚売りの声や、湯上りの浴衣姿の新三など、季節感に溢れ、江戸市井の生活を活き活きと描き出す本作。筋書に向けたアンケートで新三を「エッチで悪い男」と語った勘九郎が、初役の新三を粋でいなせに勤めあげ観客を魅了した。
続いては、夏の江戸風俗を軽妙洒脱に描いた舞踊『艶紅曙接拙 紅翫(いろもみじつぎきのふつつか べにかん)』。
幕が開くとそこは富士山の山開きで賑わう、浅草・富士浅間神社。庄屋の銀兵衛(坂東巳之助)、団扇売りのお静(中村児太郎)、朝顔売りの阿曽吉(中村福之助)、蝶々売留吉(中村虎之介)、大工の駒三(中村歌之助)、町娘のお高(市川染五郎)、角兵衛獅子の神吉(中村勘太郎)らが揃ってそれぞれ踊る。何か面白いことはないかと口々に言う皆に呼び出されてやってきたのは、江戸で評判の遊芸を見せる紅翫(中村橋之助)。虫売りのおすず(坂東新悟)に続いて面を使った踊りや多彩な芸を披露すると、客席からは大きな拍手が送られた。最後には賑やかに勢ぞろいの踊りとなり、花形俳優が揃った清新な舞台の華やかな雰囲気で第二部を締めくくった。
「京極夏彦×歌舞伎」というファン待望の組み合わせがついに実現
第三部は、ミステリー界の鬼才・京極夏彦脚本による新作歌舞伎『狐花 葉不見冥府路行(きつねばな はもみずにあのよのみちゆき)』が遂に開幕。
小説家デビュー30周年を迎える京極夏彦が、初めて歌舞伎の舞台のために書き下ろした本作は、累計発行部数1000万部を超える「百鬼夜行」シリーズ、そして文学賞三冠を果たした「巷説百物語」シリーズにも連なる物語。「百鬼夜行」シリーズの主人公・中禅寺秋彦の曽祖父である中禪寺洲齋(ちゅうぜんじじゅうさい)を主人公に、美しい青年の幽霊騒動と作事奉行らの悪事の真相に中禪寺が迫る。歌舞伎の上演に先駆け7月26日には小説も発売され注目が集まる中迎えた初日、「京極夏彦×歌舞伎」というファン待望の組み合わせがついに実現するとあって客席からも興奮が伝わる。
物語は呪詛を生業とした信田家当主の妻・美冬に横恋慕した上月監物(中村勘九郎)らが信田家の一族郎党を皆殺しにした残虐な事件から始まる。事件から25年後、監物の娘雪乃(中村米吉)、近江屋の娘登紀(坂東新悟)、辰巳屋の娘実祢(中村虎之介)、そして上月家女中お葉(中村七之助)の周囲に現れたのは彼岸花を染め抜いた小袖を着た謎の男・萩之介(中村七之助)。いくつもの謎をはらむ幽霊事件を解き明かすべく、“憑き物落とし”を行う武蔵晴明神社の宮守・中禪寺洲齋(松本幸四郎)が監物の屋敷に招かれる。やがて明らかとなる真実とは――。
作中では鮮やかな赤の曼珠沙華の花が物語の重要なモチーフとして登場し、「死人花」「墓花」「彼岸花」「蛇花」「幽霊花」「火事花」「地獄花」「捨子花」「狐花」と、曼珠沙華の別称で章立てされ、歌舞伎座の舞台を印象的に彩る。そして、暗闇の中に赤く浮かび上がる曼珠沙華と共に人々を妖しくも、美しく哀しい物語の世界に誘う舞台音楽。公演に先立ち行われた取材会で「京極さんの作品は、小説でありながら、優しく、怪しく、艶っぽい音楽が聞こえてくるような感覚があります。」と語った幸四郎の言葉にもつながる、小説から聞こえてくるかのような音色が、歌舞伎座を包み込む。
初日を観劇した京極夏彦氏は「小説は書かれていないところこそが大事。読者が小説の行間や紙背をいかに生み出すか。一方で、歌舞伎を含めた演劇というのはそこをどう作るか。舞台づくりは役者さんと舞台を作られるみなさんに全幅の信頼をおいて一任していましたので、本日拝見して、見事に小説の行間を埋めて紙背を描いてくださっていたと思います。」とコメントしている。まさに“京極歌舞伎”が誕生した瞬間を目撃した観客からは、割れんばかりの拍手が贈られた。
「八月納涼歌舞伎」は8月25日(日)まで、東京・歌舞伎座で上演中。
〈公演情報〉
「八月納涼歌舞伎」
【第一部】11:00~
一、ゆうれい貸屋
二、鵜の殿様
【第二部】14:30~
一、梅雨小袖昔八丈 髪結新三
二、艶紅曙接拙 紅翫
【第三部】18:15~
狐花 葉不見冥府路行
2024年8月4日(日)~25日(日)
※13日(火)、19日(月)休演
※第三部は21日(水)貸切。幕見席は営業
会場:東京・歌舞伎座
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2423990&rlsCd=001&lotRlsCd=
公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/878
※公演期間が終了したため、舞台写真は取り下げました。