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ぴあ 総合TOP > 木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』特集②

新しい“歌舞伎”体験を!
東京芸術劇場 Presents
木ノ下歌舞伎 『三人吉三廓初買さんにんきちさくるわのはつがい』特集

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河竹黙阿弥の傑作を、現代に鮮やかに蘇らせる──。木ノ下裕一監修・補綴、杉原邦生演出による木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』(さんにんきちさくるわのはつがい)で、和尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三を演じる田中俊介、須賀健太、坂口涼太郎は、どんな思いで“キノカブ版”の舞台に向き合っているのか。はじめに話題にのぼったのは、最初の約2週間にわたって行われる「完コピ稽古」──歌舞伎俳優の演技を完全コピーするという、木ノ下歌舞伎ならではの稽古、その手応えについてだった。

役作りのベースとなった完コピ稽古

田中俊介(中央)、須賀健太(右)、坂口涼太郎(左)

── 田中さんと須賀さんはキノカブ初参加、初めての完コピ稽古の感触はいかがでしたか。

田中 本当に自分にとって有意義な時間だったと感じています。完コピ稽古の段階で、自分が取り組む役はどういったキャラクターなのか、どんな気持ちの流れなのかを深く掘り下げることができましたから。当初、完コピ稽古と上演台本の芝居は全くの別物と思っていたので、「ふたつもなんて時間がたりない!」と焦っていましたが、むしろ完コピをしたことで、よりスムーズに上演台本の稽古に入っていくことができました。

須賀 当初は、古語の台詞がなかなか頭に入ってきませんでした。通常の会話の台詞であれば、そこで何を言いたいのかということを覚えれば割とすんなり入ってくるものですが、それができなかった。文字面が、まるで記号のように見えてしまうんです。が、完コピ稽古を重ねることで少しずつ脳が慣れて、覚えやすくなっていったんです。また歌舞伎俳優さんの映像をよく見ると、実は人によって演じ方がだいぶ違うということもわかってきました。僕がコピーした役は、たっぷり時間をかけて、かなりゆっくりと喋るんです。まだ「俺のターンだ!」と(笑)。最初は困惑しましたが、次第に度胸がついてきました。上演台本でもそこは引き継いで、役作りのベースにしています。とても有益で、収穫のある稽古でした。

── 坂口さんは『勧進帳』(2014年初演)で完コピ稽古を経験されていますが、その意義をどのように捉えていいますか。

坂口 まず枠を作り、それから中身を埋めていく、という作業だと感じています。歌舞伎には、代々受け継がれてきた、研ぎ澄まされた型がある。まずはそれを身体に入れる。それはもう、マシンのように。それが身体に馴染んでくると、どんどん中身が埋まってきて、今度はその型が花火みたいにパーンとぶち壊れて、心が動いて、自分の感情とかオリジナリティのようなものがあふれ出てくる! 「私はこうやりたい!!」と。

田中 それはものすごく感じました。同時に、あれだけの時間をかけた完コピ稽古で得た基礎は、これからも守っていかなければいけない、と考えています。加えて、自分が演じる和尚──このふたりが惚れてくれる、ついていきたいと思えるような、兄貴分的なカッコよさを作らないといけない。さらに、今回は5時間の舞台になりますから、固い芝居をやり続けたのではどうしても疲れてしまう。崩せるところは崩しながら、芯のある、逞しくて頼りになる、それでいてコミカルでちょっと可愛げがある、そんな魅力的な一面も出していけたらなと思って、いま、取り組んでいます。

── 髪型も“和尚スタイル”にされて!

田中 稽古初日から、です。

須賀 今日も剃りたてですか?

田中 もちろん。風呂場で台詞を言いながら──。修行僧みたいですね(笑)。

身体ごとごっそりもっていかれる、“江戸のテーマパーク”

── 須賀さんは元武家の盗人、お坊吉三を演じられます。どのような人物と捉えていますか。

須賀 稽古が始まる前、(演出の)邦生さんといろいろ相談していく中で、どちらかというと元々家柄がいい、お坊ちゃんタイプだと言われたんです。最初は結構強そうなダークヒーローと考えていたので、180度くらい変わって、少年性のようなものを一番に置くようになりました。このおふたりとの三人吉三、バランスはすごくいいなと思います。あとはその少年性のレベルの調整。どんどんしっくりしてきた感があります。それから台詞──古語から現代語になって、そこからまた歌舞伎の見得が出てきて、というのは木ノ下歌舞伎ならではですが、3人の中では僕のお坊が最も“現代化”の度合いが大きい。とっつきやすい役柄ではあるかなと思います。

── 坂口さんが演じられるお嬢吉三は、「月も朧に白魚の──」という名台詞が有名です。この場面、どのような演出になるのでしょう。

坂口 それは──、ご期待ください(笑)! あの場面の美しさは私もしっかり表現しようとしています。お嬢吉三については、「あの池袋の劇場を出たら、そこにいるんだよ」という感じでやりたいんですね。この物語は江戸のストリートの話だと思いますが、ストリートにいる、盗みを働かないと生きていけない人たちはいまも世界中にたくさんいます。劇場を出たそのすぐ近くにいる、十代でサバイブしている人。そういう人を演じたい。

女装した少年で盗人で、というのはカッコいいし面白いけれど、お嬢吉三は恥じらい、後ろめたさを感じている。生き別れた親父さまが、倅のいまの姿を知ったら悲しむだろうと──何かそこに真実味のようなものを感じていただけたら。でも振袖姿で盗みを働くなんて、賢いですよね(笑)。その声色、身体、振る舞いがコロコロ変わっていくのも面白い。現代劇での女形を、しっかり模索していきたいです。

── 黙阿弥といえば七五調の美しい台詞が魅力ですが、木ノ下歌舞伎版の台詞についてはいかがですか。

田中 普通に喋っていたのが、急に古語の喋り方になり、と思ったらまた現代語に戻って──そのリズムは、これまで感じたことのない心地良さですね。キノカブ初体験の方はかなり驚かれると思いますが、それを面白がっていただけたら! 体験したことのない感覚ですから、多分、5時間があっという間に過ぎていくと思います。

坂口 黙阿弥のあの七五調のリズムが、現代語の気持ちのいいリズムに移されたという感覚です。歌舞伎でわかりにくいところがあったという人も、木ノ下歌舞伎を観たら、「あんなことを言っていたんだ」とわかってくると思います。

── 上演時間は5時間。木ノ下さんは「体感で1時間半くらいのつもりで作ります」とおっしゃっていましたが……。

坂口 2015年に木ノ下歌舞伎の『三人吉三』を観ているのですが、あっという間なんです! “江戸のテーマパーク”に1日いて、身体ごともっていかれたような感覚。5時間、ごっそりもっていかれて、劇場を出て現代の風景を目にすると、「あれ? タイムスリップしたかも?」といった感じになるのがとても面白い。

須賀 稽古を重ねていく中で、群像劇としての部分がどんどん立ってきたのですが、主軸となる3人のほかにもいろんな人の物語が動いていて、百両と失われた名刀・庚申丸の行方もからんでくる。そんな5時間──いまの僕はヒヤヒヤなのですが(笑)、「あっという間」を目指したいです。

この世界の生きづらさ、苦しさを抱えた3人

── 稽古場での木ノ下さん、杉原さんについても教えてください。

田中 邦生さんは役者ファーストで考えてくださる方。こんなことは経験したことがないのですが、我々のこの稽古場では、一段落つくと絶対に拍手が起こるんです。木ノ下さんも邦生さんも、他の演者の方々も、「よくやった!」と、まずは一旦、褒めてくださる。そこから「こうやってみよう」と提示してくださるので、必要以上のストレスを感じることがありません。

須賀 古典が好きで、歌舞伎が好きで、それにもかかわらず、僕らがそれを現代化していくのを楽しんで見てくださるなんて、本当にすごいこと。それだけ愛が深いんだなと感じます。居てくださるだけで安心します。

坂口 邦生さんは、とても理路整然に演出されるので、大好きなんです。そのサポートをされるのが木ノ下先生。『勧進帳』では、終盤に弁慶がたらいでお酒を飲むシーンがありましたが、ヒューってこちらにやってきて、「もしかしたら、これは首を切ったときに入れる桶なのかもしれないねー。そういう意味もあるかもしれないですねー」と言って、ふわーっと帰っていく。「そうだったんだ!」と思ってお芝居をすると、すごく泣けてくる。自分がやろうとしていたことからあふれ出て、自分でやろうとしていなかったことが起こる。木ノ下先生は、そうした嬉しいハプニングを起こしてくださるんです。

田中 歌舞伎の入り口として最適。この作品を観たあとに歌舞伎に行くという流れは、とてもいいルートだと感じます。現代の我々が生きているこの世界の生きづらさ、苦しさを、三人の吉三も抱えている。絶対、誰かに感情移入して、その気持ちを追うことができると思うんです。5時間の中には、ユーモアたっぷりのシーンや音楽、ラップや音響など、いまの我々が楽しめる要素がたくさん入っているので、飽きずに観ていただけるはずですし、それを目指していますので、ぜひ、観にいらしてください。

須賀 5時間て、──また言っちゃいましたね(笑)。そうですね、人間って、悩んでいることは昔から変わっていないんだなと感じます。思った以上に理解できる感情がたくさんありますし、あの時代を生きていた人たちを見ることで、逆によく伝わってくる感情がある。人間のピュアな部分が感じられる瞬間、それが詰まった作品だなと思います。ぜひ、楽しんでいただきたいですね。

坂口 コロナ禍で一度中止になった公演ですし、物語に出てくる人たちも、「いましかないんだ!」と生きている。160年前もいまも、変わらず生きている人たちの作品なので、ぜひ、劇場で浸っていただきたいです!

取材・文:加藤智子 撮影:興梠真帆