ミュージカル『翼の創世記』石丸さち子・上川一哉　インタビュー

想像の翼を広げ、ライト兄弟をミュージカルとして描く

――今回、ライト兄弟を取り上げたのはどうしてですか。

石丸　自分の中に、ずっと“ライト兄弟”っていう小さな種があったんです。きっかけは、だいぶ前に読んだライト兄弟のインタビュー記事。彼らは初めて動力有人飛行を行ったけれど、すぐに第一次世界大戦が起こり、飛行機は生まれて10年も経たないうちに戦争の道具、兵器にされてしまった。そして二つの大戦を見届けたオーヴィルはことあるごとに、まるで彼らが戦争責任者であるかのように「爆撃機を生み出したことをどう思いますか」と問われ続けました。それでもオーヴィルは晩年の最後のインタビューに至るまで「飛行機は平和利用できるものだ」と言い続けたんです。不断の努力で生み出した夢のような産物があっという間に自分の手を離れて軍部のものになってしまったことを、どう思っていたんだろう。「死の商人」と呼ばれ続けて、その後は飛行機にも乗らず、どんな人生を過ごしたんだろう。そういう興味でアメリカに行って、まだ日本語に翻訳されてない資料を探し、翻訳し、想像の翼を広げて出来上がりました。

――上川さんは、この作品の出演が決まってどう感じましたか？

上川　僕が劇団四季を退団して、最初にご一緒させてもらった演出家が石丸さんだったんですよ。

石丸　『フィスト・オブ・ノーススター～北斗の拳～』（2022年）でしたね。

上川　いろいろ勉強させていただいたけど、ちょっと悔しさが残った自分がいたんです。もちろんその時は精いっぱいやったけど、何かもやもやしていた。それ以来共演することの多かった伊礼彼方さんにも、ずっと「なんか悔しいんですよね」って言い続けていたくらいです（笑）。だから石丸さんとはまたご一緒したかったし、もう一回今の自分で石丸さんにぶつかってみたい。それが一番の理由です。

――ライト兄弟3人の中で、やはり中心となるのはウィルバー、そしてオーヴィルですね。

石丸　彼らは父親にも「双子じゃないか」って言われたくらい、すべて補い合い、強い愛情で結ばれていました。生涯結婚することもなく、飛行機と兄弟と共に生きたんです。そしてミュージカルにしようと思ったのは、私がすごく愛している小説『われらが歌う時』（リチャード・パワーズ、新潮社）でアメリカに移住してきたユダヤ人家庭の、のちに音楽家となる兄弟が迫害を受けた時、路地に逃げ込み、ハモるんです。声を出して、3度なり5度なりでハモるだけで心が落ち着く。その場面が心に残っていたので、ライト兄弟を描こうと思った時に「ハーモニーで兄弟の絆を描こう！」と。

上川　台本を読んだ時、「石丸さんはなんでこれをストレートプレイにしなかったんだろう」と思ったんです。でも今の話を聞いて「なるほどな」って。

石丸　2時間くらいの1幕ものの予定ですが、歌唱曲は39曲あるし、アンダースコアもずっと入っているので、音楽で紡いでいく非常にミュージカル的なつくりになると思います。

このメンバーでしか生まれない表現を求めて

――ウィルバーに上川さんをキャスティングされたねらいを伺えますか？

石丸　ウィルバーは、小さい時から弟にとっては大スターでした。その一番の美点・特質は、真面目であること。ぴったりでしょ？

上川　（笑）！

石丸　現地で彼らの足跡をたどってわかったのは、牧師の息子であることが彼らの人生に大きく影響している。父親が伝道のためにずっと家を空けていた一家の長として、ウィルバーがどういうふうに存在していたかを考えると、自分の初志を曲げず、守りたい夢のために一途に頑張る姿が上川さんと一致しました。

上川　･･･…有難うございます!?　ポーカーフェイスだけどすごく熱意があって、「そこでテンション上がるんだ」って見えるところがウィルバーの良さ、面白さだと思いました。

石丸　上川さんと私が長く一緒に仕事している鈴木勝吾くんは全然違うタイプなので、ふたりが出会ったらどうなるんだろうっていう期待もあります。初めて上川さんとお会いしたのは鈴木くんが出演してくれていた『ひりひりとひとり』（2022年）を見に来てくださった時だし、そういう縁って重なるんですよね。

上川　鈴木さんは素敵な俳優さんだし、歌の技術もすごくパワフルでパッションを感じました。一緒にハモるとどんな形になるのか楽しみですね。

――上川さんはこの作品、そしてウィルバーにどういう印象をもったのでしょう。

上川　台本を読んで、シンプルに面白かったですね。ウィルバーは亡くなり飛行機は戦争の道具として利用されてしまいますけど、もし彼が生きていたらふたりの中で何かが変わったのか。いろいろなことを考えたし、読み終った時には彼らに直接会って「あなたたちのど真ん中には何があるのか」聞きたいと思いました。

――飛行機についての知識も必要ですよね。

上川　台本を読みながら、飛行機のことを勉強しようと思ってメモをとりました。自分がちゃんと理解してなかったら彼らの人生を歩めないし、お客様にも伝わらない。気になったワードを調べて、飛行機のことをたくさん知って、ウィルバーたちの脳みその中を一緒に見ていけたら。

石丸　結構、大変な作品を書いてしまいました（苦笑）。

上川　石丸さんを交えてキャスト皆でいろいろな話をして、少しずつ形にしていきたいですね。なぜ彼らがここまで飛行機に夢中になったのか、稽古しながら皆で共有して、深めて、彼らを理解したい。きっと千穐楽を迎えた後も、彼らはどんな思いだったのか、離れていた時でも彼らが心を通わせながら歩んできた道を考え続けると思います。

――ウィルバーとオーヴィルの妹である、キャサリンの存在も大きいですね。

石丸　キャサリンは多方面に才能を持っていて、大学に進学して教師になったけれど、彼らをサポートすることを選ぶんです。ウィルバーが亡くなりオーヴィルが会社を辞めた後に教職に戻り、女性参政権運動で大きな役割を果たして、出身大学で初の女性理事にもなる。この兄弟にこの妹がいたからこそ、夢が成し遂げられたんです。彼らを取り巻く人々もとても面白くて、群像劇としてグランドミュージカルでやった方が良い題材なんですけど（笑）。でも自分で立ち上げたオリジナルの企画なので、まず小さな所から、「知っているようで知らなかったライト兄弟の物語が、こんな風にミュージカルになる」っていうトライアルのような形です。もちろん、観劇料をいただくからには小劇場だから出来る演出で美しく完成させますけど、ここから育っていくと思ってもらえればいいですね。

――そして、上川さんも含めてウィルバーが4人、オーヴィルとキャサリンが各3人キャスティングされています。ウィルバー4人もそれぞれの色が出てくると思いますが、あえて言うなら“上川色” はどんな感じになりそうですか？

石丸　上川色は、もっともオーソドックスに見えて実は炎の強いものになるんじゃないかと。

上川　ふふふ（笑）。

石丸　ミュージカルを初演する時には、キャストも一緒になって作品を創るクリエイター。稽古もチーム分けせず、全員で進めます。今の時点でメインの歌唱曲がほぼできあがっていますが、リプライズとして場面によってどう生まれ変わるのか、どんなアンダースコアが流れていくのか、アンダースコアとソロ曲を結ぶと、調性はどんな色を出すのか、全部稽古場で森大輔さんがアレンジしていくんです。

上川　稽古場でお芝居と歌と音楽が出合った時の躍動感や、そこで生まれるものがあるので、早く曲を聴きたい。たくさんディスカッションをしていくなかで、このメンバーでしかできない表現ができるでしょうし、受け身にならずに本気でぶつかっていこうと思います。

――それでは、対談の締めくくりとして読者へのお誘いのメッセージをお願いします。

上川　ライト兄弟は自分たちのやってきたこと、やっていることに対して一人称ではなく、必ず「僕たち」って表現するんですよね。

石丸　そう、必ず「We」。

上川　すごく素敵な言葉だと思いました。「僕たち」カンパニー全員で創るなかで生まれた愛、そしていろいろな思いが声になる。お客様と空間を共有しながら彼らの人生を旅して、何らかのギフトをお渡ししたいと思います。ぜひ、僕たちと一緒に旅をしてください。

石丸　夢を見る天才が、学問ではなく鳥を見て学ぶというあまりにも原初的なところから、不断の努力によって飛行機の原型を生み出しました。しかしその夢の産物が戦争に利用され、どんな絶望を味わったのか。その絶望を引き受けたうえで、その上に希望を描きたい。ミュージカルとしては、お客様が一緒にクラップハンズで参加できる曲も、ハーモニーの素晴らしい曲もいっぱいあります。美術も色々な企みがあって、劇場に足を踏み入れたとたんに彼らの記憶の世界に取り込まれるようなものにしています。それに演じる人が変わると演出も変わって、いろいろなウィルバーとオーヴィルとキャサリンを見ることができます。演劇はチケットも高価ですし、オリジナル作品の初演となるとなかなか足を運びにくいかもしれません。でも絶対面白くしますし、とても素敵な演劇体験をしていただけると思いますので、ぜひ劇場にお越しください。

彼らの翼の羽ばたきを目撃する公演は11月29日(金)～12月25日(水)、ブルースクエア四谷にて。

取材・文：金井まゆみ
撮影：源賀津己

＜公演情報＞
ミュージカル『翼の創世記』

公演期間：2024年11月29日(金)〜12月25日(水)
劇場：ブルースクエア四谷

チケット情報：
https://w.pia.jp/t/wings/