“こつこつ”と、3つのギリシア悲劇を再構成!
新国立劇場『テーバイ』特集
船岩祐太が構成・上演台本・演出を手がける『テーバイ』は、新国立劇場の「こつこつプロジェクト」で、船岩と俳優たちが1st、2nd、3rdと試演を重ね、「こつこつ」作り上げてきた作品だ。本作の核となる人物、クレオンを担う植本純米、アンティゴネ役の加藤理恵、ハイモン他を演じる木戸邑弥も、それぞれ3rd、1st、3rdから参加し、作品に向き合ってきた。遥かいにしえのギリシア悲劇のドラマを、彼らはどのようにして現代に蘇らせるのか。その刺激的な取り組みを語る3人の関係は想像以上に和気藹々、作品づくりの悦びを噛み締めている様子だ。
「こつこつプロジェクト」とは?
画期的ギリシア悲劇『テーバイ』とは?
植本純米 ×加藤理恵×木戸邑弥インタビュー
現代につながるギリシア悲劇の魅力を語る!
植本純米×加藤理恵×木戸邑弥が語る!
アンティゴネは現代のケアワーカー?!
── ソポクレスの『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』という3つのギリシア悲劇をひとつにまとめ上げて上演するという今回の取り組みについて、演じ手としてどのように感じられていますか。
植本 それぞれにかなりボリュームのある作品ですが、この上演台本、それほど分厚くないでしょう? それだけ凝縮されているのですが、何より、真ん中の『コロノスのオイディプス』が滅多に上演されない作品であること。それを『オイディプス王』と『アンティゴネ』の間に入れて上演するのは、すごく面白い試みだと思います。『オイディプス』はとてもシンプルで骨太な悲劇、『アンティゴネ』はより複雑で濃密。『コロノスのオイディプス』という話が、その間をうまくグラデーションにしてくれている感じもしますね。
加藤 とくに純ちゃん(植本)が演じるクレオンという人物は、3作が並ぶことによって駆け上がってくる存在。私が演じるアンティゴネも、『コロノス〜』があることで、彼女が後にどうしてそんな行動に出るのかということがよくわかります。
木戸 前後があるからこそより面白く見えてきたり、キャラクターももっと深い部分が見えてきたりして、この時代にこうやって上演することの重要性も実感できますね。
加藤 そう! 実はこの前、木戸くんと一人っ子同盟を組んで……。
植本 へー。じゃ、僕も入れてよ。
加藤 えっ! 一人っ子!?(同席したスタッフからあがった「私も」「私も」の声に)えっ、えっ!? なら、わかっていただけると思うのですが、(『コロノス~』をやっていると)親の介護をどうするとか、お墓をどうするとか──。
植本 もう、いままさにそうだよ。
加藤 オイディプスもクレオンも、テーバイという国を受け継ぐけれど、国力は少しずつ弱くなっていって王家の血筋も少しずついなくなり、受け継いだものは絶やすわけにいかないし、という状況なんですよね。
植本 これはもう、商売をやっている人に観ていただきたいね。とくに老舗の人に。
── そんな中でテーバイの王となるクレオンという人物。植本さんはどのようにアプローチされていかれたのですか。
植本 僕は「こつこつ」の3rdから参加しているのですが、長い期間稽古してきたこともあって、何か自然と身につくというか、ストンと落ちてくる部分があり、余計なことを考えなくても舞台上に存在していればクレオンとしていられるようになってきたなと、自分では思っていて。どうでしょうか──。
木戸 純米さんはまさにクレオン、ですよね。
── “一介の脇役”といわれていますが……。
植本 真ん中に立つ資質がないんですね。それは、役者としての俺自身にも重なる部分があって。
木戸 えっ!? そんな(笑)!? 今回メインじゃないですか!
植本 いや、メインだけれど真ん中に立つ人じゃない。クレオンは俺がやるのがちょうどいい──実感をもってできる(笑)。
加藤 私が演じるアンティゴネは、単体で切り取ると、気が強くて頑固、正義感が強くて家族思い、と強い部分が強調されるけれど、1stが終わったとき、「アンティゴネのこと、何か好きになれないよね」という話が出て、船岩さんが「考え方をちょっと変えてみよう」と。それで出てきたのが、一生懸命親の介護をする人──。それから私、ケアワーカーとかヤングケアラーのドキュメンタリーを観まくったんです。自分の親を守る人は私しかいない!と人生のすべてを介護に捧げている少女ですが、大人になってその介護が終わったら、どうしていいかわからない──。
植本 思ったほど親にも感謝されないしね。
加藤 妹のイスメネと対等に扱われるのもちょっと不満。私すごく介護したのに!! それは、1stで3作品を繋げるというトライをしたことで、初めて気づいたことです。
ギリシア悲劇は、こんなにもいまと地続きなのか
── 木戸さんはいくつかの役柄を掛け持ちで演じられますが。
木戸 一番主なのはクレオンの息子のハイモンという役です。稽古をしていて思うのは、新しいことを作り出そうとか、新しい決まり事を打ち出そうとすると、やっぱり全員が納得できることって少ないな、ということ。皆、間違っていない。それぞれに背負っているもの、やりたいことに対して向かっているだけなんです。実は、今回のキャストの中では僕が唯一の平成生まれ。でも、どちらかというと平成の最初のほうなので、平成の人の考え方も、先輩や親世代の方たちが大事にされていることもわかるなと感じていて──。
植本 おじさんはさ、若者と意見とか感じ方は一緒だと思っているけど、そんなに違うの(笑)?
木戸 一緒のところもあるし、捉え方が違うところもありますよね。それに対して僕は、「昭和もわかる! 平成もわかる! なんとかうまくやりませんか!」と言う──それが、唯一平成生まれの僕に課せられた「担当」じゃないか、と思うんです。いま、そんなふうにハイモンという役に取り組んでいます。
── 家族内の争い。現代のどこにでもある話、ですね。
植本 その中に、ほんのりと神の存在があったり、スフィンクスという恐ろしい怪物の存在があったりする。けれど、この作品を観ていただいたら、ギリシア悲劇ってこんなにもいまと地続きなのかって思っていただけるのではないかと。
加藤 “パンデミックの中のとある国のお話”でもあるので、コロナ禍にあったいまとちょっと繋がる部分もあります。
── 稽古場は船岩さんとどのようなやりとりをされているのですか。
木戸 僕は「こつこつ」をあわせるとご一緒するのは今回で3回目。船岩さんは、僕の経験を掘り下げて掘り下げて、それをうまく使っていこうとされているのかなと感じます。
加藤 先日木戸くんに(クレオンを説得するシーンについて)「SNSリテラシーを父親に説くと思ってやってみて」なんて言っていましたよね。古いもの、昔のものをとても大切にされていますが、感覚はすごく現代的。うまくミックスして同世代や次の世代の人たちに観てもらえるようにトライされているので、現代に生きる人間に理解できる感覚に落とし込みながら、作品としてはちゃんとギリシア悲劇になっていると思うんです。
人生は選択の繰り返し──「あの人、もっとうまくやっていたら・・・」
── この作品ならではの印象的な場面、注目のシーンを教えていただけますか。
植本 俺が好きなのは、やっぱり國松(卓)のシーン。『コロノスの〜』で彼が演じるコロノスの男が、「俺は罪を犯したことがない──」と告白する場面があるんですが、目の見えないオイディプスに向かって、あなたはどんな罪を犯したのか、どんな気持ちかって、一般市民代表みたいな感じで割とズケズケと聞く。「お母さんと交わったの?」って普通に聞いてしまうシーンが、あまりにも異質で。な、何が始まったんだ!?ってなる(笑)。
加藤 木戸くんはそのコロノスの男の一番の下っ端の役も演じているのですが、下っ端だから、(劇中のセリフに出てくる)「禊の儀式」も講習でしかやったことないし、初めて見る不審者、オイディプスとアンティゴネにすごくびっくりする。
木戸 そういう裏設定で(笑)。
加藤 噂で聞いたり親から聞かされたりしたことのある超怖い妖怪みたいなのを、わー、見ちゃったーっ!!って(笑)。しっかりした設定を作ったからこそ、オイディプスやアンティゴネに対する嫌悪感、そのリアクションがはっきりし、お芝居がより浮き立ってくるのだと思います。
木戸 僕は、純米さんが語るラストシーンが好きです。この場面をお客さまがどういうふうに捉え、どういうことを考えるんだろうって、すごく楽しみで。純米さんが演じるクレオンに感情移入をするときもあれば、単純に木戸邑弥として、いまの現実に重ねて見たりする部分もあって、「あの人、もっとうまくやっていたらな」とか、「生きるのって大変だな」とか──感じることは毎回違うんですよね。
植本 人生って選択の繰り返し。俺も「あーあ、そこ選んじゃったんだー」って思ってもらえるように演じます(笑)。
加藤 終盤の、木戸くんのハイモンが父親を説得しようとするシーンも好き。現実的で冷静で、視野の広い人物であるハイモンが、いろいろな思いを抱えて父親に物申す、というところに私はいつも心を打たれ、そこでアンティゴネは「生きたい!」と思うようになるんです。
植本 理恵ちゃんのシーンは『アンティゴネ』に集約されるけれど、実は『コロノス〜』の理恵ちゃんもいい。親を介護しながら放浪して、オイディプスへの接し方もちょっと邪険なんじゃない?ってところも面白い。妹との会話も噛み合わないし。
木戸 20年ぶりに実家に帰ってきた姉、ですよね。「あんた、ずっと家にいなかったじゃん」って言われてしまう。
加藤 でも「親の介護は私がやった!」。そういう揉め方(笑)。
植本 リアルだよね──。世の中にはいろんなお芝居があって、皆さん推しがいたりすると思うけど、今回はとにかくこの「作品」を観ていただきたいですね。チケット料金も割と安価、なのにおもしろい! 損はさせません!
木戸 しかも3本一気に観られます(笑)!
加藤 「こつこつ」のスタートから数えれば3年間。3年かけてものづくりをするって、今の演劇界ではすごく珍しいこと。時間のかけ方、関わった人数もとても贅沢だし、かけた分だけ、厚みや深みは増しているはずです。
木戸 時間をかけて作ってきた、その結果をお客さまに届けることができるのは、すごく嬉しいですね。若い方はとくに、ギリシア悲劇って難しいという先入観があるかもしれませんが、全く心配なく、純粋に楽しめることは間違いないです。
取材・文:加藤智子 撮影:You Ishii
〈公演情報〉
『テーバイ』
原作:ソポクレス『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』
翻訳:高津春繁(『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』)、呉 茂一(『アンティゴネ』)による
構成・上演台本・演出:船岩祐太
出演:植本純米 / 加藤理恵 / 今井朋彦
久保酎吉 / 池田有希子 / 木戸邑弥
高川裕也 / 藤波瞬平 / 國松卓 / 小山あずさ
2024年11月7日(木)~11月24日(日)
会場:東京・新国立劇場 小劇場
公式サイト
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