村上春樹の世界を表す、新しい演劇表現を目指して 那須凜が挑む日英合作『品川猿の告白』
ステージ
インタビュー
那須凜 (撮影:興梠真帆)
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すべて見るKAAT神奈川芸術劇場とスコットランドの劇団ヴァニシング・ポイントの日英国際共同制作による舞台『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』が11月29日(金)、KAAT大スタジオにて日本初演の幕を開ける(プレビュー公演は11月28日)。村上春樹の短編小説『品川猿』『品川猿の告白』を原作に、ヴァニシング・ポイントの創設者兼芸術監督であるマシュー・レントンが原案・構成・演出を手掛け、那須凜ら日本人俳優4名と、人形遣いを含めた英国人俳優5名が出演。日英二カ国語の飛び交う、村上文学の新たな世界が立ち上がる。心惹かれる人間の女性の名前を盗む“品川猿”、その奇妙な恋物語に潜むのは、アイデンティティや傷の記憶、罪と救済といったさまざまなテーマだ。近年舞台で目覚ましい活躍を見せる那須凜が、長い時間をかけて積み上げ、いよいよお披露目となる本作への思いを語った。
2年間、関わってきた方たちの思いも引き継いで
――今回のKAATと劇団ヴァニシング・ポイントによる共同制作企画は、2年前からスタートしているそうですね。那須さんが参加することになった経緯をお話しいただけますか。
もともとはKAATの芸術監督である長塚圭史さんに、「ヴァニシング・ポイントの演出家が東京でワークショップをやるので参加しませんか」と声をかけていただいたんです。その時は、今回のキャストではないメンバーも何人かいました。そこで参加させていただいてからワークショップを3、4回くらい重ねていく中で、今回の公演にキャスティングされたという感じですね。
――そのワークショップの中には、ヴァニシング・ポイントの拠点であるスコットランドのグラスゴーで行われたものもあったと。
そうです。昨年の6月に2週間ほど、私もグラスゴーに行かせていただきまして、トラムウェイという劇場で稽古しました。その時も、今回出演しているキャストとは違う日本とスコットランドの俳優さんも参加されていました。私もその時点でもまだ、自分がこの『品川猿の告白』に参加するのかどうか、わからない状態でしたね。最初はKAATとヴァニシング・ポイントで何かを作ろうという話から始まったんですが、一番最初のワークショップの時点では、この『品川猿の告白』ともうひとつの日本の作品、そのふたつをヴァニシング・ポイント側が提案していて。まずどちらに公演の可能性があるか、それを話し合ったのが1回目のワークショップで、2回目からは『品川猿の告白』を上演する方向で動き出しました。作品を使って何か可能性を探っていくワークを2年もかけてやるなんて、日本ではなかなか経験出来ないことで、贅沢でしたね。ヴァニシング・ポイントの皆さんがやっているワークはとても革新的で、毎回毎回が刺激的でした。
――この2年のあいだに那須さんご自身も、いくつもの話題の舞台を踏んで来られましたよね。同時進行していたこの企画が、いよいよこの11月末に形になるということですね。
はい、とても感慨深いです。これまで何人もの方が関わって来て、皆何とかこれを上演したいという思いで進めて来たので。結果的にいろいろな都合でキャスティングされなかった俳優さんが日本でもスコットランドでもいらっしゃいますし、そういう方たちの思いも引き継いで、ようやくまずは日本初演を迎えられることが本当に嬉しいです。今回の稽古は2年間の積み重ねがあるので、最初から友達みたいな感じで始められました。
「村上春樹の世界ではすべての言語が平等に通じ合う」
――少し見学させていただきましたが、皆さんが言葉の壁を感じることなく相手の思いをスムーズにキャッチして、動いているのが印象的でした。
見ていただいておわかりかと思いますが、進め方もすごく実験的なんですよね。「こうやってみて」「何か違うな、じゃあこれを持ってきて」……とか、何度もトライ&エラーを繰り返してやっているんです。ワークショップの段階では演出のマシュー・レントンさんのそうしたやり方に戸惑いましたけど、今は“マシューはきっとこういうものを見たいのだろうな”ということがこの2年間で分かってきました。もちろん通訳の方がいないと通じないことはいっぱいありますが、なんとなく相手の動きを見ていると、こちらも理解して動けると言いますか。それはやっぱり“俳優にとっての共通言語は舞台上にある”という感覚が大きいからだと思います。不思議な感覚ですね。
――日本語の台詞と英語の台詞が混ざり合って物語が展開していて、表現する俳優さんも大変だと思いますが、観客のほうも適応して観ていかなければいけませんね。
はい、そこは大きな課題で、スコットランドの俳優さんたちは日本語を理解していないし、私たちも英語を聞いていてわかる部分とわからない部分があるので、稽古を重ねていくしかないなと思っています。もちろん字幕は出ますけれど、お客さんがどのように字幕とともに舞台を観ていくのかも気になります。日本語と英語が“通じ合っている”として進んでいくことに、お客さんも最初は「あれ?」と感じると思いますけど、観ていくうちに違和感がなくなってくるのではないかなと。マシューさんは“ヒューマンランゲージ”と呼んでいるんですけど、村上春樹の世界ではすべての言語が平等に通じ合う、そういった感覚にお客さんがなってくれたらいいなと思うんですよね。
――国内でも海外でも熱く支持されている村上春樹さんの作品世界については、どのような印象をお持ちでしたか?
私もこれまでに何作品も読んでいて、とても面白い世界だなと感じています。ただ、村上文学を舞台化したものをいくつか拝見してきて思うのは、村上さんの描く世界を舞台で伝えるのは、やっぱりものすごくハードルが高いんだなと。なので私は最初、村上作品の舞台化に対して、あまり前向きな気持ちではなかったんですね。でもマシューさんはとても村上春樹の世界を愛していて、ほとんどの本を読んでいらっしゃるそうなんです。そしてこの『品川猿の告白』を、単に小説を舞台にしたいだけではなく、村上春樹さん独特の抽象的でありファンタジックな世界観、でもそれは潜在意識に根差したものであるということを絶対にこぼすことのないように、ヴァニシング・ポイントの解釈で作り上げたいと。マシューさんの村上作品に対する理解が深いので、稽古をしながら、これまでにない、新しい村上作品の舞台化が見られるのではないかなという気がしています。なので今は、舞台化に対する不安はまったくなくなりました。
――人間の女性に恋し、その名前を盗む“品川猿”が登場するふたつの短編小説、『品川猿』と『品川猿の告白』を巧妙に掛け合わせた台本になっていますね。
台本の構成についてはグラスゴーでのワークショップで、マシューさんがホワイトボードにそれぞれの物語の出来事を時系列で書き出して、一週間くらいかけて練っていましたね。私が演じる“みずき”という役の、小説には書かれていない彼女の日常生活の部分を、マシューさんが上手く抽出して構成しています。そうして人物の内面にフォーカスを当てることで、なぜアイデンティティの喪失といったテーマにつながるのかが感じ取れるし、ちゃんと村上さんの作品とリンクしていると思います。みずきは品川猿に名前を取られたから自分の名前を忘れてしまい、それでアイデンティティを喪失した……といった簡単なことではなく、現代に生きる人々の孤独感、生活の中で自分を見失ってしまう瞬間というものにマシューさんは着目しているんですね。
日本初演の後はグラスゴーへ
――村上文学のファンの方々も、期待を込めてこの舞台を注視しているのではないでしょうか。
きっとそうですよね。「村上春樹作品の大ファンの人たちのことを“ハルキスト”と呼ぶんですよ」とマシューさんたちに教えたら、それは知らなかったと言っていました(笑)。実はグラスゴーでのワークショップで、マシューさんが「上演出来ないかもしれない」と言うくらい、行き詰まった時があったんですよ。原作をリスペクトしながらも、舞台を面白くするためにこんなふうに改訂していいのだろうかと、すごく葛藤していたんですね。でも最後にはマシュー自身が「原作に最大限のリスペクトを持つ、それは当然のこととして、ここから原作に立ち戻ることはやめよう。僕たちの『品川猿の告白』を作ることにシフトしましょう」と心を決めたので、私たちも覚悟を決めて動き出しました。批判や不満は出て来るだろうと思いますけど、それよりも「村上春樹の世界を表す、こんな新しい演劇表現があるんだ!」と感じていただける割合の方が絶対に多いと思うので、それを信じて突き進みたいと思います。
――日本初演の後は、グラスゴーでも上演が予定されていますね。
はい。そのトラムウェイという劇場は名前の通り、かつて電車の修理などをする倉庫だったらしく、とても素敵な劇場です。皆が羨ましがるだろうなと思いますね(笑)。
――俳優の先輩でもあるお母様(那須佐代子)も、羨ましく思っていらっしゃるのでは?
メチャメチャ羨ましがっていて、「ちょっと待って! 来年の2月末から3月でしょ。行けるかな〜、行ったらアパートメントに泊めてくれる?」って言うので「もちろん!」と(笑)。この日本初演からスタートして、評判が広まっていって、いろんな国に持っていけたら最高だなと思っていますね。頑張ります!
取材・文:上野紀子 撮影:興梠真帆
<公演内容>
日英国際共同制作 KAAT × Vanishing Point
『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』
原作:村上春樹(短編「品川猿」「品川猿の告白」より)
原案・構成・演出:マシュー・レントン
演出協力:サンディ・グライアソン
脚色:サンディ・グライアソン、マシュー・レントン
翻訳・ドラマトゥルク:阿部のぞみ
出演:
那須凜 サンディ・グライアソン 伊達暁 エリシア・ダリ
田中佑弥 サム・ストップフォード 家納ジュンコ アイシャ・グッドマン
エイリー・コーエン(人形遣い)
【アンダースタディー】北川雅
2024年11月29日(金)~2024年12月8日(日)
※11月28日(木) プレビュー公演
会場:神奈川・KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2421948
<ツアー情報>
【スコットランド グラスゴー公演】
2025年2月22日(土)~3月1日(土) Tramway
【スコットランド ダンディー公演】
2025年3月6日(木)~3月8日(土) Dundee Rep
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