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完成の向こう側を見せる。岩井秀人最後の『て』に対する大倉孝二の疑問

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左から)岩井秀人、大倉孝二 (撮影:塚田史香)

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ハイバイの代表作であり、作・演出の岩井秀人の実体験を元にした家族劇『て』。祖母の葬式に集った家族の「わかりあえなさ」を描いた今作は、2008年の初演から繰り返し再演されてきた。ハイバイ20周年を記念した公演が12月から2月にかけて、東京・本多劇場ほか富山、高知、兵庫で上演される。自ら演出・出演するのはこれが最後と語る岩井と、今回はじめて岩井作品に出演する大倉孝二のふたりに、「決定版」となる今作に取り組む思いを聞いた。

こんなにも生々しいのに「楽しそう」

──再演を重ねている「て」に大倉さんは今回初めて参加されますが、脚本を読んでの感想から聞かせてください。

大倉 字面だけで読むとけっこう生々しくて「これは大変だな」と思いましたね。よくここまで自分のことをダイレクトに書けるな、と。僕はそういうことをなるべく避けてきた人間なので。正直、「お客さんはこういう作品を観て、何を楽しむんだろう?」と思う部分があるんです。共感なのかな? ただ、こんな話なのに、岩井くんが演出している顔を見るとすごく楽しそうなんです。それを観て「これ、楽しそうにやるものなのね」と思ったので、内容はリアリティがあるのに見せ方は抽象的というこの演出方法を楽しみたいなとは思っています。

岩井 体験している側としては、生々しいとは思えないんですよ。誰かが「文字にするということは、本当のことをウソにすることであるし、ウソを本当にすることである」と言っていたんですけど、この作品も、文字にした時点でもう絶対にウソだから。でも読んでそう感じてくれたのは嬉しいことです。

大倉 あと、僕30年近くも演劇やってたのに、あんまり演劇の人を知らないなと思ったんです。今回の座組に初めての人がいっぱいいて、皆さん同士はけっこう知り合いだったりする。俺が今までやってきた演劇ってどこだったんだろう、と思って。いろんなお芝居をする人がいるから、その人たちと芝居をやること自体を楽しみたいなと思いますね。

岩井 それは僕も思います。後藤剛範と大倉さんがふたり並んでいるだけでもう面白いし、川上友里さん、小松和重さんと大倉さんの3人の組み合わせも一生見ていられる。

ハイバイ20周年『て』おもな出演者(上段左から、大倉孝二、伊勢佳世、田村健太郎/下段左から、後藤剛範、川上友里、岩井秀人、小松和重)

──岩井さんの大倉さんに対する印象は?

岩井 同じ歳なんですよ。でも、遠い存在としてずっと観てきた人で。

大倉 そう。同じ歳なんですけど、すごく遠慮されているというか気を遣われている感じがあって。僕は「岩井くん」と呼んじゃうんですけど、岩井くんからは「大倉さん」呼びで、ずっと敬語。

岩井 だって野田秀樹さんとかKERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんとかの作品に次々出て、どの作品でも高い精度と強さと、大倉さんの美しさで役を演じられていて。「何考えて役をやっているんだろう」とずっと思っていたんですよ。『いきなり本読み!』(※岩井が開催している、役者たちが初見の台本を読むイベント)に出てもらったらやっぱりむちゃくちゃ面白くて。僕は大倉さんのことを、「本人が俳優やりたいかどうかは定かじゃないけど、俳優の役割を与えられちゃった人」と捉えているんですよ。だから、『いきなり本読み!』のような場所でたまに休ませてあげたい、と勝手に思ったりもしていて。

大倉 いや、あれも大変だったよ、めっちゃ緊張したよ。何読むかわかんないんだもん(笑)。

『て』が繰り返し再演される理由

──稽古のようすはどうですか?

岩井 みんなに「こういうことやってみたいんだけど」とお願いすると、みんな一発でできてしまうんですよ。だから稽古がすごいスピードで進んで、昨日休みになりました(笑)。

大倉 やっている方としては、進んでいる実感はないです。

岩井 大倉さんには「稽古1か月って、1か月も何するの?」と昔言われたことがあって。それは大倉さんがちょっと特殊な現場にいることが多いからだと思うんですけど。

大倉 KERA作品……。

岩井 言っちゃった(笑)。

──これまでの公演と、演出面ではどう変化しそうでしょうか?

岩井 喜劇部分をもっと喜劇に振ろうということはありつつ、まだ明確に言語化できていない面もあるんですけど。初演はもう、自分の体験だから内蔵を触られているような感覚で演劇にしていたんですけど、いざ上演してお客さんからいろんな感想をもらったり、年数を重ねていったりすると、自分の話ということがどうでもよくなっていく。自分が感情と体験をガッチガチにくっつけて抱え込んでいたんだなということが、何年もかけてわかる。それは、『て』だけではなく、『ヒッキーカンクーントルネード』とか『夫婦』とかの上演、再演を通じて自分の父と母をいろんな人にやってもらったからでもあるんですけど。だから今は純粋に作品として作れる。そういう意味で今回は完全版という感じがしています。

──先ほど「楽しそうに演出している」というお話がありましたが、大倉さんは岩井さんからどのような演出を受けていますか?

大倉 まだあまりお芝居のことは言われてなくて。ただ、けっこう感情とは関係なく「ここはダイナミックにこんなふうに動いてくれ」とか、「ここはこっちの目線だからこうなっていてほしい」とか言うんですよ。野田さんくらい飛び越えた世界観の作品の場合はそういうことはよくありますけど、こういう作風のなかでも「生理とか感情切ってもここはこう見せたい」と役者を演出する人は初めてで。このルールを楽しまなきゃと思っています。あと、ずっと疑問に思っているのは5回も6回も再演するのはなぜなの、ということ。いつか聞こうと思っていたんですけど。

岩井 そうだったんですか? 僕、旗揚げ作品が『ヒッキーカンクーントルネード』という自分が引きこもったときの話を書いたものなんですけど、それを初めて上演したとき、「じゃあ次の作品を作ろう」よりも「これをまだ1億人以上の人が観てないんだ」と思ったんですよ。新しいものを作りたいよりそっちが優先だなと。最初からひとりの作家の代表作なんて3本あれば十分とも思っていて。だからそれくらい作品を作ったらもうそれを回していこうという思いがすごくありました。

大倉 初日の挨拶で「もう完成は観た」と言っていたじゃないですか。完成を観たものをまだやろうとしているのか、今回はどうしようと思ってるんだろうと。

岩井 でも、今回やる甲斐はあるともう思ってますよ。大倉さんが演じているのを見て「えーそうなるのか!」と思ったりするし。

大倉 岩井くんと、過去に出演したことのある人はこの作品について理解していて、初参加の人間がちょっとおろおろして(笑)。今の時点でできてないのは芝居だけ。不思議な感じです。

──完成の先の「完全版」を楽しみにしています。

岩井 『て』は僕にとって名刺代わりの作品だけれど、僕自身の演出と出演はこれで最後にしようと思っていますし、すごく自信を持ってやりますので、ぜひ観に来ていただければと思います。

大倉 僕としては、今自信を持って何も言えることは全くないんですよね。ずっと迷子のままなんですけど。見どころはきっとお客さんのほうがわかってくれると思うので、そういうことも考えずに役に向き合いたいと思います。

取材・文:釣木文恵 撮影:塚田史香

<公演情報>
ハイバイ20周年『て』

作・演出:岩井秀人

出演:大倉孝二 伊勢佳世 田村健太郎 後藤剛範 川上友里 藤谷理子 板垣雄亮 岡本昌也 梅里アーツ 乙木瓜広 / 岩井秀人 小松和重

【東京公演】
2024年12月19日(木)〜29日(日)
会場:本多劇場

【富山公演】
2025年1月8日(水)・9日(木)
会場:富山オーバード・ホール 中ホール

【高知公演】
2025年1月18日(土)
会場:高知県立県民文化ホール グリーンホール

【兵庫公演】
2025年2月1日(土)・2日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

チケット情報
https://w.pia.jp/t/te2024/

公式サイト
https://hi-bye.net/play/te2024

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