深作組(ドイツ・ヒロイン三部作)第二弾『ルル‐地霊・パンドラの箱‐』稽古場レポート&深作健太×大浦千佳×市川蒼インタビュー
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インタビュー
『ルル‐地霊・パンドラの箱‐』稽古場より (撮影:黒豆直樹)
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深作健太演出による舞台「ルル‐地霊・パンドラの箱‐」が12月18日よりシアター・アルファ東京にて幕を開ける。
『春のめざめ』で知られるフランク・ヴェデキントによる本作。浮浪児の身から新聞社に勤めるシェーンに拾われ、やがて出会う男たちを次々と破滅へと導いていくヒロイン・ルルの姿を描き出す。
開幕まで2週間を切った12月上旬、活気あふれる稽古場に足を運び、演出の深作、タイトルロールのルルを演じる大浦千佳、ルルを拾うシェーンの息子で、ルルと兄妹のように育ったアルヴァを演じる市川蒼に話を聞いた。
ナチス台頭の時代、生と愛の渇望が響きわたる稽古場
第一部「地霊」、第二部「パンドラの箱」からなる本作だが、原作では物語は19世紀末から始まるところを、深作は今回、第一次世界大戦末期の1917年からナチスが台頭しヒトラー政権が樹立する1933年という2つの大戦の間の時期に設定。歴史の大波に翻弄されながらも、強く生き抜くルルの姿がより印象的に浮かび上がる。
この日、稽古が行われていたのは第二部「パンドラの箱」の最終章。1933年1月、ヒトラーが首相に就任し、それ以前のワイマール体制は崩壊し、やがてナチスの独裁が完成する。大虐殺の時代が忍び寄るベルリンの高架下で、娼婦となったルル、そのヒモとして暮らすアルヴァ、浮浪児の時代からルルを知るシゴルヒが暮らしている。
生きるために、金のために路上に立ち、客を取り続けるルル。自分でまともに金を稼ごうとはしないくせに、愛するルルが他の男たちに抱かれることが我慢できず、ベッドの軋む音、彼女の喘ぎ声に身悶えするアルヴァ。そして、かつて“切り裂きジャック”と呼ばれ社会を震撼させた男がルルの客としてやってくる……。
全体を通じて印象的なのが、様々な“音”。これまで声優として活躍し、本作で舞台初出演を果たすアルヴァ役の市川が、マイクを使い、各章の始まりに当時の時代背景について観客に語り掛ける。
また、客をベッドに連れ込んだルルが絶頂に達する瞬間に、“スパーク”と呼ばれる大爆音が響きわたる。深作は「この物語は、暴力や性といった“欲望”ですべてが変わっていく。その衝動の瞬間の音」がこの爆発音だと明かす。また、「時代を変えていくのはそうした衝動や欲望のエネルギー。それを抑制するのが宗教であったりするし、僕らも『我慢しなさい』と言われて大人になっていくけど、そのタガが外れていくのが『ルル』という物語であり、行き着く果てがナチス」と時代背景を絡めながら説明する。
劇中、制服を着たナチスの軍人やヒトラーの肖像が印象的に登場するシーンもあり、現代の社会情勢と100年前を重ねながら楽しみ、戦慄させられる作品に仕上がりそうだ。
稽古終了後、改めて深作、大浦、市川に話を聞いた。
深作健太×大浦千佳×市川蒼インタビュー
――これまで7作のドイツ演劇を上演してきた深作組ですが、今回『ルル』を上演することに決めた経緯を教えてください。
深作 今年5月に〈ドイツ・ヒロイン三部作〉の第一弾として、イプセンの『ノラ-あるいは、人形の家-』を上演して、〈自由〉を求めて旅立った女性の、その後をちゃんと描きたいなと。貧困に陥った女性は、どうやったらひとりでサバイブできるのか。ヴェデキント自身が、イプセンに大きな影響を受けて『ルル』を書いています。だから〈ヒロイン三部作〉の第二弾として『ルル』を上演する事は、はじめから決めていました。
もうひとつ、現代とのリンクという点で、ハマスによるイスラエルへの攻撃があって。その報復として、ガザへのジェノサイドが起こり、毎日子ども達が殺されている残酷な現実がある。彼ら彼女らが発し続ける「助けて!」という叫びに対し、僕たちは何もできない。いま僕たちはまだ安全な国で暮らせています。だけど「誰も助けることができない」という事は、もし僕たちが同じ目に遭った場合も「誰も助けてはくれない」ということなんです。それがいまこの国の格差社会を覆う絶望的な閉塞感とも重なって、改めて『ルル』をクリスマスシーズンに上演する意義だと思えました。
――時代設定を19世紀末から変更することに決めたのは?
深作 はじめから決めていました。いま日本のあちこちで語られる〈新しい戦前〉という言葉。いまこの世界は、ナチスが台頭する前のワイマール共和国の時代と、とてもよく似ているんです。あちこちで民主主義の根底が大きく揺らぎ始めている。独裁者を生み出すきっかけは、いつも僕たち民衆が抱く、隣国や移民、他者への不安な、弱い心なんです。そしていつの世も変わることのない、身の回りに存在する弱者たちへの無関心。帝国時代の19世紀末から、民主主義が危機にさらされた20世紀のはじめに時代を置き換える事で、そうしたことに継承を鳴らせると考えました。
――大浦さんは最初にこの作品にどんな印象を持たれましたか?
大浦 最初に原作を読んだのですが“魔性の女”というか、みんながルルに惚れて、死んでいく――なんて実態の見えない子なんだろうと思ったんです。でも、深作さんの上演台本を読んだ時、ルルが単なるひとりの女の子というより、いまの時代の、声に出せない人たちの代弁者のように見えてきたんです。この戯曲のセリフを使って、声なき声を伝える――その難しさをいま、すごく感じているところです(苦笑)。
――ルルという役柄をどのように表現しようと?
大浦 これも原作を読んだとき、“魔性の女”とか“魅惑的”みたいなイメージがあって「私、そんなの1ミリもないけど」と思って……(笑)。私は役者のカテゴリでいったら、セクシーとか色っぽさとかではなくて、なんなら少年とか少女の役が多いくらいなので(笑)。
じゃあ、私がルルをやるとなった時に、どんな共通点があるんだろう? 何ができるんだろうか? とずっと考えていて、まだ答えは出ていないんですけど……。ただ、ルルも決して単に“魔性”とか“謎の女”というわけではなくて、ちゃんと彼女の中にも“道理”があって、こういう運命に巻き込まれ、社会を、人生を「生きていかなきゃいけない」という、その強さを感じてもらえたらと思っています。
――これまで声優としてキャリアを積んできた市川さんにとっては初めての舞台挑戦となります。
市川 緊張とプレッシャーです(苦笑)。普段、そもそも手元に台本がある状況で仕事をさせていただいているので、まず「セリフを覚えられるのか?」という不安もあるし、共演者のみなさんとの掛け合いや身体表現もあって……。
ただ、これまでやってきた声優という仕事とは違う、新たな引出しを手にすることができるんじゃないか? 声優でやってきたことをお芝居に活かせるんじゃないか? 逆に声優の仕事にこの経験を還元できるんじゃないか? という思いもあって、いっぱいいっぱいではありますが(苦笑)、楽しんでやっています。
――深作さんのおふたりの印象は?
深作 千佳ちゃんはまず、小さな身体から発するパワーがすごい。劇団チーズtheaterの公演、映画『市子』の原作にもなった『川辺市子のために』で市子役を演じているのを初演から拝見していましたが、あの作品も無戸籍の女の子の役で、それをパワフルに演じた千佳ちゃんと、いま別の地平からルルという大役を一緒に作ってゆけるのがとても幸せです。
蒼くんとは、僕は定期的に声優さん達と朗読公演を演出させていただいているんですけど、その時に出会って、しっかりと本が読めて、体に落とすことが出来る役者さんだなと。ひとめぼれして、いつか一緒に演劇をやろうって約束してたんです。それがこんなに早く実現したのは嬉しいし、蒼くんのもつ繊細さは、まさにアルヴァ役にピッタリだと思いました。
――大浦さんと市川さんは、ルルとアルヴァという役で共演されていかがですか?
市川 アルヴァとルルが初めて添い遂げるシーンがありますけど、大浦さんじゃなかったらああいう見せ方はできないと思います。あのシーン。僕は美しく作りたいと思っていて、それこそ、さっき大浦さんがおっしゃったような“魔性”のセクシーな感じのルルだったら、そうはならないと思うんです。あのシーンが美しく見えるからこそ、アルヴァの存在は他の男たちと違って、ふたりの思い出、あの頃の僕らが光るんじゃないかと思っていて、そこに応えてくださるのが大浦さんという感覚です。
大浦 「本当に初舞台?」って思うくらい、本の読み込み方がすごく深くて、アルヴァとのシーンはもう「市川さんに乗っかるんだ!」という感じです(笑)。投げてくれるものがすごくいっぱいあって、いつも「ありがとう!」って思いながらやっているし、それをルルとしてうまく受けられない時もあって、ズーン……となっていると、横に来て声をかけてくれるんですよ。優しいなぁ、できた人間だなぁと思ってます。
市川 ルルって考えなきゃいけないことがいっぱいあるんですよ。アルヴァは、時代や環境が変化をさせてくれるけど、ルルはそうじゃないから、もし自分がつくってきたものと違うものを要求された時、迷走しちゃう瞬間がある役だと思うんです。それがわかるので、リセットするのが大事だと思うし、自分もリセットしてフラットになりたいタイミングで声をかけてます(笑)。
深作 ルルとアルヴァは、何者でもなかった子どもの頃に出会って、「いつか一緒に演劇をやろう」って約束して、兄と妹みたいに育ちながら、体が大人に成長するにつれ、初恋が愛に変わってゆくという役どころです。蒼くんのもつ少年性、千佳ちゃんのもつ少女性が響き合って、すごく可愛いルルとアルヴァが出来上がっていると思います。実は二人ともいい年なんだけどね(笑)。ヴェデキント自身も、ルルが上演される時にセックスシンボルのように扱われることに違和感を感じていて、ルルはあくまで既成の常識にとらわれないだけの、可愛い女の子なんだと書き残しているんです。そういう意味でも、もしもいまヴェデキントが生きていて、千佳ちゃんが造形しているルルを観たら、きっと喜ぶんじゃないかと思います。
取材・文・撮影:黒豆直樹
<東京公演>
『ルル‐地霊・パンドラの箱‐』
公演期間:2024年12月18日(水)~12月22日(日)
会場:シアター・アルファ東京
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/lulu2024/
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