スピーディな展開で 忠臣蔵の世界を一気に体感 『双仮名手本三升 裏表忠臣蔵』
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新橋演舞場『双仮名手本三升 裏表忠臣蔵』昼の部より (C)松竹
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すべて見る『双仮名手本三升』と書いて、「ならべがき まねてみます」と読む。昼の部は、第一幕「鶴ケ岡八幡社頭の場」から第二幕「元の与市兵衛内の場」まで、義太夫狂言『仮名手本忠臣蔵』の「大序」から四段目、五・六段目に相当する場面で構成されている。しかし上演時間はなんと『仮名手本』の半分弱の2時間半強。物語は超スピーディに展開していく。忠臣蔵のエッセンスを市川團十郎の身体と創意で再構成した、“もうひとつの忠臣蔵”だ。
凝縮された分『仮名手本』とは異なる展開になっているため、歌舞伎ファンは戸惑うかもしれない。一方で、忠臣蔵が年末年始のドラマとして放送されなくなった昨今、忠臣蔵を知らない世代や歌舞伎ビギナーにとっては、忠臣蔵のあらましを一気に体感できる機会になるはず。また、團十郎が大星由良之助、早野勘平、斧定九郎、高師直の四役を勤めることでも話題だ。人気のこの四役を團十郎ひとりで演じ抜くことで、それぞれのキャラクターの違いが自然と浮き彫りに。
その一役目は高武蔵守師直。「鶴ケ岡八幡社頭の場」の幕が開くと中央に足利佐兵衛督直義(中村種之助)、すぐ脇に控える師直は黒の大紋。すがすがしい浅葱の大紋は桃井若狭之助(市川右團次)、そして優し気な卵色の大紋は塩冶判官高定(中村梅玉)。その後ろには、色とりどりの大紋に長袴を身に着けた大名たちがずらりと居並ぶ。師直と若狭之助はさっそくバチバチと火花を散らす。若狭之助をギロリとにらみつける團十郎の大きな目玉が迫力たっぷり。絶世の美女で判官の奥方である顔世御前(大谷廣松)が姿を現すと、彼女に横恋慕する師直は、竹本の詞章にもあるように「小鼻いからせ」好色さを全開。すべては師直のこの横恋慕から始まった。
この後の幕外に、『仮名手本』の「文使い」に当たる場面が挿入される。従来あまり上演されない場だが、おかる勘平の物語の発端がより分かりやすくなる。塩冶家の腰元おかる(中村児太郎)は、塩冶家の家臣・早野勘平逢いたさに、ためらう顔世をせかして師直への返歌をしたためさせた。その文箱を手に急ぐおかる。中間からも「(勘平と)そこらあたりでしっぽりと」と冷やかされ、『仮名手本』の「道行旅路花聟」の中のふたりの色模様を匂わせる。
その顔世の返歌は判官から師直へと手渡された。当然師直にとってはつれない内容。ずっと蓄積していた鬱憤と嫉妬を、師直は判官にねちねちとぶつけ始める。当初は怪訝な顔つきだったが、次第にいらいらしてくる判官。その様子が全身から伝わってくる。「殿中で刀の鯉口三寸でも抜けばお家は断絶」と師直に言われ必死にこらえていたが、ついに堪忍袋の緒が切れる。「師直待て!」と師直の袴の裾を踏んづけ斬りつけるが、師直は額にわずかな傷を負ったまま逃げてしまう。判官は追いかけようとするが大名たちに羽交い絞めにされ、とどめを刺すことはできなかった。
扇ケ谷塩冶館広間に、この事件の沙汰を持った上使・薬師寺次郎左衛門(片岡市蔵)がやってきて、顔世と原郷右衛門(市川男女蔵)らがこれを迎える。判官は、”かねてより切腹を覚悟していた”と、従来の黒の羽織ではなく白装束となって現れる。その匂い立つような品格、圧倒的なオーラ。判官は「由良之助はまだか」と大星力弥(中村虎之介)に問うが、力弥は首を横に振るばかり。塩冶家の諸子も判官の背後で悲しみをこらえている。彼らの裃のラインが一直線に揃っていて、美しく哀しい。
判官が腹に九寸五分を突き立てた瞬間、国元から筆頭家老の大星由良之助が到着する。團十郎二役目は初役の由良之助だ。駆け付けた花道の七三で由良之助は踏みとどまり、グッと腹帯を締めたのか、あるいは落ち着かせるために緩めたのか。驚愕と動揺はいかばかりだっただろう。待ちかねた判官からの「この九寸五分は汝へかたみ……」”敵討ちを頼む”との末期の言葉を、ポンと胸を叩いて受け止める。
白幕が振りかぶされ現れたのは塩冶家の紅色の表門。江戸家老の斧九太夫(市川九團次)が金の配分にいちゃもんをつける一方で、「城を枕に討死すべき」と血気に逸る大勢の若い家臣たち。「おのおのがた、ご料簡が若い」と由良之助は力強く制する。しかし由良之助自身も表門を後にしながら、判官の血を吸った九寸五分を手に、改めて敵討ちを心に誓うのだった。
花道の七三に佇む由良之助。長唄の三味線が送り三重を弾く中、懐紙で涙をぬぐい、鼻をかみ、重い足取りで引っ込んでいく。覚悟を決めた由良之助の男っぷりにほれぼれする。
幕間を挟み第二幕。幕が開くとそこは山崎与市兵衛内の場だ。鏡を見ながらいそいそと髪を結い直しているおかる。母のおかや(中村梅花)が「そなたは小さい時から在所を歩くのが嫌いで塩冶さまへ奉公にやったれど」「また戻ってくることになったなあ」と話しかける。母娘のなごやかな雰囲気とともにおかるの性根の一端も伝わってくる。『仮名手本』の六段目の冒頭に当たる場面でカットされることも多いが、今回はここに挿入される。
盆が回って雨夜の山崎街道。与市兵衛が手にした半金五十両は、娘おかるを遊女屋へ売ることを決めて得た金。雨宿りしていた矢先、藁掛けの中からヌッと手を伸ばしその金を財布ごと奪い取るのは、團十郎三役目、忠臣蔵のアンチヒーロー、斧定九郎だ。五十両を手にしてゆうゆうと引っ込む……かと思ったら、現れたのは定九郎の父・斧九太夫。なんと定九郎は五十両入った財布を九太夫にくれてやるのだった。その直後に早野勘平の撃ち放った鉄砲の音。團十郎四役目だ。鉄砲に当たって死んだのは果たして……。
舞台回って元の与市兵衛の内。一文字屋お才と判人源六がおかるを連れて行ってしまい、勘平とおかやのふたりきり。そこへ猟人仲間が与市兵衛の遺体を運んでくる。与市兵衛を殺して財布を奪ったのが婿殿ではないかと疑心暗鬼のおかや。問い詰められる勘平。二人侍・原郷右衛門と千崎弥五郎(中村福之助)からも疑われ、思い余って勘平は腹を切る。息も絶え絶えに昨夜の出来事を語るが、二人侍が真相を告げ、晴れて敵討ちの連判状に名を連ねることに。舅殺しの疑いは晴れ、勘平は穏やかな顔で首をかき切って果てる。
背後にせりあがってきたのは揃いの衣裳に身を包んだ浪士達のシルエット。この後夜の部では、定九郎が再び現れ大活躍だ。さらに幻想のおかると勘平が舞い踊る場面も加わり、いよいよクライマックスの討入りへ。
新橋演舞場で26日(日) まで。
取材・文:五十川晶子
<公演情報>
松竹創業百三十周年 新橋演舞場百周年 初春大歌舞伎
『双仮名手本三升 裏表忠臣蔵』
2025年1月3日(金) ~26日(日)
昼の部:12:00~
夜の部:16:00~
会場:東京・新橋演舞場
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2455196
公式サイト
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/905
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