
宮川新大(Photo:Ayano Tomozawa)
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すべて見る2025年2月、東京バレエ団が“もうひとつ”の『くるみ割り人形』を上演する。20世紀バレエの巨匠モーリス・ベジャールによる、クリスマスのワクワク感と若くして亡くなった母への思いが詰まった、カラフルで現代的で、ちょっと切ないバレエだ。プリンシパルの宮川新大は、8年前にこのバレエの人気キャラクター、猫のフェリックスに初挑戦、今回もキュートな猫の姿で物語を牽引するとともに、別の日には古典バレエの美しさあふれるグラン・パ・ド・ドゥで魅せる。いずれの役柄も、その持ち前のテクニック、表現力が大いに発揮されるはずと、ファンの熱い視線を集める彼が、作品の魅力、舞台への取り組みについて語った。
8年前より可愛らしく!?

ひとりの少女のクリスマスの夢物語を描く『くるみ割り人形』は、世代を超えて広く愛される古典バレエの人気作。そのチャイコフスキーの音楽に、『ボレロ』や『春の祭典』などの傑作で知られるベジャールが振付けた『くるみ割り人形』は、ユニークなキャラクターたちが活躍する独特の世界観で観客の心を掴んでいる。
「何よりも、主人公が男の子のバレエというのが独特です。男の子が主人公のバレエって珍しいですよね。ビムという主人公は幼少期のベジャールさんだそうですが、憧れの王子さまが登場する古典の『くるみ割り人形』とはちょっと違って、普通の少年が楽しみにしている、もっとリアルなクリスマスの風景が描かれている作品だと思います。男性の方は、少年時代のクリスマスを思い出されるはず! ベジャールさんの、早くに亡くなられたお母さんへの思いもたっぷり詰まっていて、ちょっとセンチメンタルな部分も。古典の『くるみ割り人形』と同じ曲が使われるのに、表現の仕方や解釈は全く違う。バレエの表現の幅の広さを実感されるのではないかなと思います」


モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)で『くるみ割り人形』が初演されたのは、1998年。小林十市(現BBLバレエマスター)が躍動感たっぷりに踊った猫のフェリックスは、映像でも広く親しまれてきた。東京バレエ団でも翌年3月の初演以来、歴代ダンサーがそれぞれの個性をもって演じてきた。

「同じ日本人ダンサーの大先輩である十市さんのために作られた役を任され、光栄に思いました。8年前は十市さんから直々にフェリックスを教えていただき、速い動きも音に忠実に、また常に明るい存在でいられるよう心がけて取り組みました。好奇心旺盛でちょっとずる賢い猫ですが、物語の要所要所にちょこまかと現れて、ストーリーテラーのようでもあるし、何となく皆を操っているような存在でもある。あらゆるところに出てきますが、見どころとなるのは何と言っても第2幕のヴァリエーションです!」
少年ビムが母を楽しませるために見せる各国の踊りは、闘牛で盛り上がるスペインや、自転車の人々とバトンを操る女性による中国など、実にユニーク。飼い猫のフェリックスも「フランスの踊り(葦笛の踊り)」の音楽で舞台狭しと駆け巡る。

「コミカルで楽しく、テクニックもいっぱい詰まっている踊りですが、前回の舞台から8年も経っているので、前ほど可愛くできるか心配(笑)。でも、当時と比べたら遥かにたくさんの経験を積んできましたから、とくに表現の部分では、もっと深く考えて演じることができるようになったと思います。前回よりちょっとシニアな猫ですが(笑)、より可愛らしくて魅力的なフェリックスを表現できたら」
プティパへのリスペクトが込められたグラン・パ・ド・ドゥ
古典版の終盤の群舞の見どころのひとつ、「花のワルツ」は、本作では作中に登場する個性的なキャラクターたちやタキシード姿のダンサーたちが登場、猫のフェリックスも大活躍する楽しげな場面に。その後、狂言回し的存在のキャラクター、M...がマイクを手に紹介するのが、今回、宮川が初挑戦するグラン・パ・ド・ドゥだ。古典の『くるみ』では、主役ふたりが踊る作中最大の見どころである。

「完全に独立した踊りの場面ですが、ベジャールさんの、古典バレエ、またマリウス・プティパへのリスペクトが込められています。衣裳は一般的な白ではなく黒ですが、ベジャールさん独特のこだわりなのかなと思います。ところどころにベジャールさんならではのエッセンスが入っていますが、ほぼ純粋なクラシックの、美しいグラン・パ・ド・ドゥです。物語の最後を締める大きな見せ場となるので、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います」
ちなみに、「M...」は、ビム少年がお芝居ごっこで夢中になったゲーテの『ファウスト』の登場人物、メフィストのMであり、古典バレエの父、マリウス・プティパのMだ。

「BBLの映像では、十市さんの猫とともにジルさん(BBLの前芸術監督のジル・ロマン)が演じるM...に感銘を受けました。すごくカッコいいんです! 手を出すだけで100個くらいの意味が詰まっているような表現がある!! ベジャールのダンサーといえば、パワフルでエネルギッシュというイメージだけれど、ジルさんは本当にラインが美しく、まさに生粋のクラシック・ダンサー。ベジャールさんの基本はクラシックだということに気づかされたんです。この“ベジャール観”は、昨年10月の『ザ・カブキ』で初めて演じた由良之助に大いに役立ちました」
宮川は昨年10月、1986年にベジャールが東京バレエ団のために創作した『ザ・カブキ』の主人公、由良之助に初役でのぞみ、新しいリーダー像を打ち出して客席に感動をもたらした。

「歴代の由良之助ダンサーは皆さん、力強くて逞しいリーダータイプ。僕は全然違いますから、すごく不安でした。でも、やると決めたからには、自分の持つ美点、身体の使い方は崩すことなく取り組むべきだと考えるようにしたんです。ジルさんのあの美しいラインが、心に残っていたんですね。最初から力強いリーダーではなく、現実に翻弄されながら、不安を抱えながらリーダーになっていく由良之助を表現できたのではないかなと思います。精一杯でしたが、由良之助に取り組むことで、ダンサーとして成長できたのではないかと感じます」


今回の『くるみ』の振付指導を担うのは、宮川に大切な気づきを与えてくれたジル・ロマン。しかも指導だけでなく、出演も! 本作で東京バレエ団オリジナルの役柄を務めていた飯田宗孝(東京バレエ団前団長、2022年に他界)へのオマージュを込めての、特別出演だ。
「BBLとの合同公演やガラでもないのに、東京バレエ団の全幕の舞台でジルさんが出演されるなんて初めてのことでは!? しかも、僕がグラン・パ・ド・ドゥを踊る日は猫のフェリックスでダニール・シムキンも登場します。こんな機会はもう二度とないでしょうから、ぜひ、劇場で楽しんでいただけたらと思っています」
取材・文:加藤智子
<公演情報>
東京バレエ団 創立60周年記念シリーズ12
ベジャールの『くるみ割り人形』全2幕
振付:モーリス・ベジャール
音楽:ピョートル・チャイコフスキー
2025年2月7日(金) ~9日(日)
会場:東京文化会館
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