第1回受賞者・小田香監督が語る「大島渚賞」
映画
インタビュー

一般社団法人PFFが創設した映画賞「大島渚賞」の第6回受賞者が、『ナミビアの砂漠』の山中瑶子監督に決定、3月16日(日)に記念上映会が開催される。
そのような中、大島渚賞の初代審査員長、故・坂本龍一氏に絶賛され、2020年の第1回受賞者となった、小田香監督の最新作『Underground アンダーグラウンド』が現在公開されている。
そこで、今年2月のベルリン国際映画祭にも招待され、国内外から高い注目を浴びる小田監督にインタビューを慣行。驚きもあったという大島渚賞の受賞を振り返ってもらうとともに、独自の制作スタイルを切り拓いた『Underground アンダーグラウンド』についても話を聞いた。
■「小田さんにあげてよかった」と思ってもらえたら

──小田さんが「大島渚賞」を受賞されたのは2020年のことですね。小田さんにとってこの賞はどういったものなのでしょうか?
あの大島渚監督の名を冠した賞をいただくことができて率直に嬉しかったのと同時に、正直なところ「私でよかったんかな?」とは思いました。というのも、これは謙遜ではなくて、私の存在が日本の映画界の文脈の中で認識されていると思っていなかったからです。でも、大島さんもすごく実験的なことをしていた方ですから、そういった意味では何か近いものがあるのかもしれません。それから私個人の活動における実際的なことでいうと、大島渚賞をいただけたこと、さらには坂本龍一さんが推してくださったということで、最新作である『Underground アンダーグラウンド』のプロジェクトはかなり動かしやすくなりました。
──それはすごくあるのだろうなと思います。
私が受賞したのは第1回で、今後も続いていく賞なのだと思います。これから10年後や20年後も私は映画制作を続けていくと思うので、長いスパンで見たときに、「小田さんにあげてよかった」と思ってもらえたら嬉しいですね。いま若い方がどれくらい大島監督の映画を観ているのか分かりませんが、私自身はとても影響を受けています。でもその一方で、いまの時代の価値観であの当時の大島さんの映画監督としての在り方について、もっと議論がなされてもいいのではないかとも思っています。何がどうというわけではなく、あの当時の大島さんが映画で何をしようとしていたのか。広く話せたらいいなって。

──第1回目の受賞者として、その後の受賞監督の傾向など何か感じるものがあったりしますか?
第5回の受賞者である『遠いところ』(2022年)の工藤将亮監督は、撮影所で助監督として数々の現場を経験されてきた方ですが、それ以外の方はみんな、かなり個人的に映画をつくってきた人たちという印象があります。資金面に関してもそう。ですがみなさんの作品すべてにいえるのは、政治的な主張が込められていて、映画とはそもそも政治的であるということを感じる部分でしょうか。
──「大島渚賞」が掲げているのは、“映画の未来を拓き、世界へ羽ばたこうとする、若くて新しい才能に対して贈られる賞”だそうです。
山中瑶子監督は、もう完全に羽ばたいちゃってますね(笑)。
──小田さんは大島作品のどのあたりに影響を受けていたり、接点を見つけたりされているのでしょうか?
大島監督の作品で真っ先に思い浮かぶのは、『忘れられた皇軍』(1963年)というドキュメンタリー作品です。日本軍属として戦傷を負いながら、何の補償も受けられない在日韓国人傷痍軍人たちの姿を捉えたもので、撮り方が露骨というか、すごく生々しいんですよ。傷跡も分かりますし。この作品では、大島監督の“怒り”が全面に出ています。ナレーションなんかもそうです。でも私自身、性格的にも怒ることにあまり慣れていなくて。映像からここまで強い“怒り”を感じることにも慣れていなかったので、とてもびっくりしました。なんだかこう、カメラが捉えているものとの距離があるんでしょうね。遠いところにある問題だと捉えている自分がいました。でも大島監督の作品を観ていると、「これはあなたの問題ですよ」と突きつけられている感覚になるんですよね。だからなおさら驚き、反芻するんだと思います。

──そんな小田監督の最新作である『Underground アンダーグラウンド』は、長編デビュー作である『鉱 ARAGANE』(2015年)、「大島渚賞」の対象作品となった『セノーテ』(2019年)に続く“地下世界3部作”の最終章に位置付けられる作品だそうですね。これはどのような流れで生まれたのでしょうか?
『鉱 ARAGANE』も『セノーテ』も劇場公開させていただいたので、やっぱりこうしてインタビューを受けるわけですよね。するとみなさん決まって「小田さんはなぜ地下に潜るのですか?」と聞かれるんです。なんとなくいつも、その場その場でこの質問をかわしてきました。自分でも分からなかったから。でも、もしかすると何かあるのかもしれない。そんなことを考えながら日本に帰ってきて、この地の“地下の世界”をモチーフにしようとはじまったのが本作です。故郷である日本の地下に潜っていくことで、私たちは何を感じるのか。何を目にするのか。そんなことを探求してみようと本作の企画はスタートしました。

──ドキュメンタリー的な要素があり、フィクショナルな要素もある、不思議でエキサイティングな作品だと感じました。これらはどんなふうにして立ち上がっていったのでしょうか?
最近はドキュメンタリーに分類される映画でも、スクリプトを求められることが多いです。でも、製作資金を求める際に私はスクリプトが書けないし、正直なところ書きたいとも思いません。私が映画を撮る時は、どこかで誰かと出会ってお話しをうかがっているうちに、作品の柱となるようなものが構築されていくかたちです。『Underground アンダーグラウンド』の場合は、私が大阪在住なので、まずは関西からリサーチをはじめて、北は北海道から南は沖縄まで、それぞれの土地とのご縁に恵まれてつながり、断片的な映像を撮り溜めて、長編映画としてまとめられるだろうというところまでいきました。そうして撮ったものを分解して、編集でつなげていく。かなり自由にやらせていただきました。
──すごく特異な制作スタイルですね。しかも、日本の北から南までに眠る記憶のようなものが、こうして一本の映画でつながるという。
それなりの時間をかけて取り組んでいたのですが、そのうちにいろんな地下の記憶が、自分の中に堆積していくんですよ。もちろん、地下世界のすべてを映画にすることはできません。でも、自分の中に堆積した分だけ、長編映画に落とし込むことができるはず。それが『Underground アンダーグラウンド』に結実しました。
──これまでさまざまな地下に潜られてきた小田さんとして、大切にしたいと思ったものはありますか?
それぞれの地下世界ごとの、固有の物語や固有の声を大切にしなければならないと思っていました。本作よりも前に、沖縄の「ガマ」にフォーカスした『GAMA』(2023年)という作品を制作しているのですが、この流れが非常によかったと感じています。同作には松永光雄さんという「ガマ」に関する語り部の方が登場するのですが、ここでは彼の語りをすべて作品に収めています。彼の語りこそがこの作品においてもっとも重要なものですから。ですが『Underground アンダーグラウンド』のプロジェクトでは、地下世界の記憶のひとつとして扱わせていただきました。もちろん、固有の物語があってこそのものであるのは言うまでもありません。けれども『Underground アンダーグラウンド』が見つめるのは、原始から現代、そして未来までの時間です。だから本作における松永さんの語りは、現代を代表するものなんです。ここに、ダンサーであり映画作家でもある吉開菜央さんの持つ身体性が絶妙に溶け合いました。吉開さんならではの存在のあり方に、この作品が引っ張られたところも大きく、感謝しています。
(取材・文:折田侑駿/撮影:明田川志保)
「第6回大島渚賞 記念上映会」~みずから輝くおんなたち~

3月16日(日) 14:00開映
丸ビルホール(丸ビル7階)
上映作品:『愛のコリーダ』『ナミビアの砂漠』
ゲスト:藤竜也(『愛のコリーダ』主演)、黒沢清監督(審査員長)、山中瑶子監督(第6回受賞者/ビデオトーク)
https://pff.jp/jp/news/2025/02/oshima-prize2025.html
『Underground アンダーグラウンド』
監督:小田香
出演:吉開菜央、松永光雄、松尾英雅
ユーロスペースほか全国順次公開中
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