【NTTリーグワン2024-25 プレーオフトーナメント特別企画】「もう一度、チャンピオンになりたい」藤原忍(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)
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藤原忍(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ) 撮影:スエイシナオヨシ
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すべて見る研ぎ澄まされた嗅覚で、藤原忍は試合の“匂い”を嗅ぎ取る。仲間の鼓動、相手の息遣い。今季のクボタスピアーズ船橋・東京ベイは、レギュラーシーズンを通じて好調を維持し、『NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25』プレーオフトーナメント進出を決めた。その主力SHはそうした匂いを見逃さない。
身長171cm、体重76.1kg。ラグビープレーヤーとしては決して大柄とは言えない肉体が躍動する。ときに声を張り上げ自軍のスクラムを狂瀾怒濤の勢いへと駆り立て、ときにマルコム・マークスやオペティ・ヘルといった屈強なFW陣へ、手綱を操るように素早いテンポでボールを送り出す。まるで、荒ぶる獣たちを自在に操る猛獣使いのように。
その嗅覚が一段階鋭くなったのは昨年6月、代表初キャップを経験してからだ。プレーオフの熱狂から離れ、藤原は静かな高原・菅平で、新生エディージャパンの一員として合宿に臨んだ。
だが、希望はすぐに焦燥に変わった。国立競技場でのイングランド代表戦。自らの持ち味であるスピーディーなボール捌きに固執しすぎたあまり、状況判断を見失い、プレッシャーに呑まれた。17-52の大敗。司令塔の声すらも耳には届かず、地に足がつかない感覚が残った。
気づきの起点となったのは、この試合後にかけられたエディー・ジョーンズHCの助言だった。「考えすぎている」「集中すべきポイントを絞れ」。以降、藤原は毎試合ごとにフォーカスすべき課題を設定し、実行度をチェック。その積み重ねは視界を澄ませ、嗅覚は以前とは質の異なる鋭さを帯びていった。
「9番は9人目のフォワードになれ」「15人の中のボスになれ」。当初は抽象的に聞こえていたジョーンズHCのこれらの言葉が、猛獣使いの心得としてプレー中の実感に結びついてきたのは、それからのことだった。
「後半にはすごく落ち着けていた」と語る藤原は、以前は自己という定点からでしか観測できておらず、独りよがりなプレーに走っていたかもしれないと、過去の自分を顧みる。そこで得た「落ち着き」は、藤原の五感に焦りが入り込む余地を与えず、戦いの座標軸をより高い視点から見つめられるようにもなった。
『NTTリーグワン2024-25』開幕直前にS東京ベイに合流し、日本代表活動で得た冷静さをチームで体現できるようになるまでに、さほど時間はかからなかった。S東京ベイのファイトスタイルは、強靭なFWがボールを保持し、肉体という槌を打ち下ろしながら敵陣を削っていく、限りなくマッチョなもの。FWにボールを供給するSHは、その要となる。
FW陣の印象を聞かれ、藤原は「本当に頼もしいです。味方でよかった」と目を細めた。「だから、逆に言えば、そうしたFWをしっかりと動かさないといけない。その責任はあります」。
FWには一人ひとり、鍵穴のように、ぴたりとハマる“受け”の位置があるのだとか。オフフィールドでは、「もっと前にボールを投げてほしい」「胸のあたりがいい」などのリクエストが舞い込む。そうしたオーダーにしっかりと対応していくのも、猛獣使いの使命。シーズンが開幕するや、その獣の群れはさっそく圧倒的な存在感を示した。
ボムスコッド――。直訳すれば「爆弾処理部隊」。後半戦に一気に投入されるHOマークス、PRヘルらのビーストたち。そこでゲームの色は一気に塗り替えられた。まさに、S東京ベイ版“ボムスコッド”である。
この後半における爆発力と得点力は開幕節からいかんなく発揮され、S東京ベイは劇的な逆転勝ちを重ね、星取表に白星を灯していく。躍動するFWのそばには、静かに、力強く手綱を引く藤原の姿があった。
さらには、ニュージーランド代表のディフェンスコーチを務め、現役時代は東芝ブレイブルーパス東京でもプレーしたスコット・マクラウドACの加入により、ディフェンスがより強固なものに。マクラウドACが再構築した“オレンジの壁”はことごく敵の侵入を跳ね返し、今季レギュラーシーズンにおける失点数はディビジョン1最小の「361」。なお、レギュラーシーズンを1位通過したBL東京の失点数は「480」。12チーム中唯一の300点台という数字が、その壁の頑丈さを雄弁に物語っている。
第15節の東京サンゴリアス戦では、そうして磨き上げた楯と矛が、理想的に機能。鉄壁のディフェンスは相手のアッタキングラグビーの効力を弱め、トライゾーン前では重機のようなフォワード陣がボールをねじ込んでスコアを重ねた。盤石なゲームメイクで30-10の快勝をおさめ、前節に出場が確定していたプレーオフトーナメントに向けてチームの勢いを示した。戦いの輪の中にいた藤原の「あの試合、みんながすごかったですよね」というシンプルな言葉には、チームへの信頼がにじみ出ていた。
「アタックもディフェンスも、これまでとはすごく変わったと思います。簡単に点を取られないようになりましたし、なおかつアタックには一発で取れる力もあります」
一方で、階段を上るように勝点を積み上げてきた今季、苦杯をなめた試合がふたつある。第2節の埼玉ワイルドナイツ戦、そして第10節のBL東京戦だ。
開幕節のトヨタヴェルブリッツ戦の段階で、すでにその予兆はあった。S東京ベイが同点に追いついたのは後半36分。ノーサイドの足音が迫る中、敵陣では決定打を欠くコンタクトにフェーズは消費され、SOバーナード・フォーリーがドロップゴールを決めて劇的な逆転サヨラナ勝ちをもたらしたときには、時計の針は82分を刻んでいた。
続く第2節、ボムスコッドの投入で猛烈な追い上げを見せるS東京ベイは後半35分、埼玉WKに再びリードを奪われた。前節同様、FWが体をぶつけて敵陣を削ろうとするも、再逆転を狙うには5分という時間はあまりにも短すぎた。
トヨタV戦ではドロップゴールが成功したが、藤原は「誰かがディフェンスを打破してくれるだろうと、人頼みになっていた部分があった」と終盤の攻防を悔やむ。もっと早い段階でキックを使うなど、異なる打開策があったのではないかと。
そして、BL東京戦。藤原は、「この試合で得た学びはブレイクダウン」だという。今季を含めたBL東京との過去の3戦は、すべて4点差以内の敗北であり、接戦で勝ちきれない戦いが続いている。ポイントは、規律の部分。特に直近の第10節での対戦ではブレイクダウンで思うように主導権を握れず、なおかつペナルティを献上する場面が目立ち、勝ち星を逃している。
いまでこそ『リーグワン』のトップ3に名を連ねるS東京ベイであるが、かつては下部リーグでもがいていた時代もあった。躍進の原動力となっているのが、宿題を宿題のまま残さない、確かな“修正力”。その源泉は、「コーチ陣の丁寧なレビューと、選手個々の意識の向上」にあると藤原は考える。
件の埼玉WK戦では、逆転を狙うべき終盤で “置きにいった”。チャレンジを避けたアタックは勝利を遠ざけた。だが、敗北の中にこそ、明日につながるキーがある。この惜敗は戒めとしてチームに共有され、「ミスを恐れない」「チャンスがあれば外にしっかりとアタックしていく」ひとつの転機になった。
教訓は、さっそくフィールドで活かされた。第17節における埼玉WKとのリマッチに、S東京は変化をまとった姿で現れた。そこで見せたのは、スペースがあれば積極的に攻め込むアグレッシブな姿勢。UTB山田響の閃光のような同点トライはその変化を象徴するプレーとして記憶に新しい。藤原はこの再戦を「学びを生かせた試合」として挙げる。戦いは両軍痛み分けで終わり、勝負の行方はプレーオフへと預けられた。
また、BL東京戦で浮き彫りになったブレイクダウンにおける課題。あの局面では「落ち着いてFWに解決策を伝えること」が自分の役割だったが、「それができなかった」と振り返る。それでも、「選手一人ひとりの力は絶対に負けていない」と、藤原は強く信じる。その証明のためにも、再戦の舞台となるであろうプレーオフ決勝まで勝ち進まなければならない。
2022-23シーズンでは覇者となるも、昨季は6位と低迷し、藤原もその悔しさを胸に抱えた。だが、チームは敗北という名の暗闇を、修正力の光で照らし、進化の道を切り開いた。その光には、アップデートした藤原自身の存在も大きく寄与している。
「具体的に何が変わったのかを言葉で表現するのが難しいのですが、去年よりもFW、BKともに連携が取れています。しっかりと、選手たちの声も聞こえています。試合の流れを、感じ取れるようになりました」
すべては「落ち着き」という言葉に集約されるのかもしれない。『NTTリーグワン2024-25』プレーオフ初戦は5月18日(日)・東大阪市花園ラグビー場で行われる準々決勝の東京SG戦。「これまで通りに戦うのが大前提で、そのうえでパニックにはならない」。プレーオフという非日常の空間で、藤原の嗅覚はチームを勝利に導く羅針盤となる。
経験は、戦士をより強くする鎧となる。抱負を尋ねられ、藤原は改めて口にした。「もう一度、チャンピオンになりたい」。2年前、オレンジの歓喜に染まったあの季節。初夏の香りとともに、いま目の前に――。
取材・文:藤本かずまさ
撮影:スエイシナオヨシ
取材日:5月8日
クボタスピアーズ船橋・東京ベイ対東京サンゴリアス NTTジャパンラグビー リーグワン 2024-25 プレーオフトーナメント 準々決勝2のチケット情報
https://t.pia.jp/pia/artist/artists.do?artistsCd=11027060
NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25 プレーオフトーナメントの特設ページ
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2558701
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