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新作オペラ「ナターシャ」作曲・細川俊夫、台本・多和田葉子が会見

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作曲:細川俊夫、台本・多和田葉子 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

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今年8月、新国立劇場2024/25オペラ・シーズンの最後を飾る新作オペラ《ナターシャ》世界初演は、作曲・細川俊夫、台本・多和田葉子というふたりの世界的な創作家がタッグを組んだ注目の作品。いったいどんなオペラが生まれるのか、ファンの期待が高まるなか、5月15日(木)には同劇場で報道陣向けの記者懇談会と一般聴衆向けのトーク・イベントが続けざまに開かれ、出席した細川と多和田の説明により、作品の輪郭が徐々に見えてきた。

《ナターシャ》は大野和士・新国立劇場オペラ芸術監督肝入りの日本人作曲家委嘱作品シリーズ第3弾(第1弾:西村朗《紫苑物語》=2019年、第2弾:藤倉大《アルマゲドンの夢》=2020年)。細川としては8本目のオペラだが、彼の新作オペラが日本から発信されるのは初めて。また多和田がオペラのために台本を手がけたのも、これが初めてだという。芥川賞をはじめ、数々の文学賞を受けている多和田はベルリン在住。日独バイリンガル作家で、日本では小説家・詩人としての活動のイメージが強いが、10代の頃から戯曲も書いていて、ヨーロッパでは戯作家としての知名度も高い。

オペラのストーリーを思いっきり簡略化すると、ざっと以下のとおり。ウクライナ語を話すナターシャ(イルゼ・エーレンス=ソプラノ)と日本語を話すアラト(山下裕賀=メゾソプラノ *ズボン役)が出会い、言葉が通じないながらも会話を始める。現れたメフィストの孫を名乗る男(クリスティアン・ミードル=バリトン)に誘われて、ふたりは7つの地獄をめぐる。

全体は序章と7場で構成され、それぞれの場が7つの「地獄」に当てられている。

第1場「森林地獄」:森林破壊。木がない森。
第2場「快楽地獄」:大量消費社会が生んだマイクロプラスチックに汚染された海。ポップ歌手(森谷真理、冨平安希子=ソプラノ)が、ロックサウンドの甘い歌を歌う。
第3場「洪水地獄」:大雨と洪水。電子音楽によるさまざまな宗教音楽が重なり合う混沌とした世界。
第4場「ビジネス地獄」:大都会。ミニマルミュージック。シンセサイザーやエレキギターも登場。
第5場「沼地獄」:環境破壊に抗議するデモ隊。
第6場「炎上地獄」:燃え尽きる。ハ短調の美しいアリア。
第7場「干ばつ地獄」:世界は涸れ、音がなくなってゆく。静寂。

最終的な台本には残されていないが、多和田の執筆段階の構想では、ナターシャはチェルノブイリから逃げてきたウクライナの女性で、アラトは福島出身の日本人男性。ナターシャはドイツに亡命し、ふたりはバルト海の海岸で出会うという設定だった。ただし、2022年にウクライナ戦争が始まったのは執筆開始よりあとで、それが出発点になっているのではない。多和田は、よりユニバーサルな世界を描こうと、過度に政治的な色がつくのを嫌って、その詳細なプロフィール設定は外したのだそう。よってふたりの出自は明らかにされていない。

また同様に、それぞれの「地獄」も、現実の世界の出来事から発想したものだという。たとえばスマトラ地震の津波であったり、ソマリアの干ばつであったり。これらもすべて、抽象化されたレベルで描かれる。

細川はこの7つの場すべてを、異なる書法で作曲した。なかでも第2場と第6場は調性のある音楽で書かれている。

「ふたつの部分は、僕のオペラで初めて、完全な調性音楽です。ハ短調。これまでそういうメロディを書いたことがなかったので、自分としてはかなり勇気を持って書きました」(細川)

そしてこのオペラ最大の特徴であり、注目すべきポイントは、「多言語」で書かれているということ。細川からの提案だった。複数の言語が混在しているのだ。

ナターシャはウクライナ語が母語だが、ドイツ語を習得しておりドイツ語で話す。アラトは日本語で語る。メフィストはゲーテの『ファウスト』でも有名なドイツの悪魔なので、その孫もドイツ語を話す(ただし、初代メフィストのように悪い悪魔にはなりきれず、ちょっとおどけた存在なのだそう)。

ほかにも英語や中国語などが重なり合って歌われ、語られる。これは言葉が“音”として存在する舞台芸術ならではの発想だろう。小説や詩などの文学の形で、同じことを文字でやっても、効果はまったく異なるものになるはずだ。

「オペラのすごいところは、物語の内容以上に、言葉が消えてしまったあとに残る情念の動きみたいなものが、かたまりのように前面に出てくることです。この作品でも、いろんな言葉が聞こえてきて、字幕があったとしても、意味という次元を超えて、“全体としてわかる”みたいなところに移行していくと思います」(多和田)

「台本のレベルではもちろん言葉に意味があるわけですが、それを作曲家に渡す時には、その意味がもしかしたら一度消えてゆくかもしれないことを覚悟して渡すわけです。小説の概念では“意味”のレベルで動いていますが、そのレベルではなくなって別のものが生まれることを信頼して渡す。すると、何かが失われたという感じはまったくなく、言葉がそれ以上のものを羽織って戻ってくる。その瞬間を考えて書きました」(同)

前代未聞の多言語オペラ。重なり合う異なる響きの言葉が、どのように溶け合い、どのようにぶつかり合うのだろう。もちろんそこには作曲家の音楽と音の仕掛けも重なるのだから興味は尽きない。

一般聴衆向けのトーク・イベント「新作オペラ『ナターシャ』創作の現場から~台本:多和田葉子に聞く~」は約1,000席の中劇場で行われた(サプライズ・ゲストで細川も登場)。入場無料とはいえ事前の申込が必要だったにもかかわらず、現代オペラの事前イベントとしては異例の500人近い聴衆が詰めかけ、新作オペラへの期待の高さをうかがわせた。

「本はずっと時間が経ってから古本屋で偶然見つけて出会うこともありますが、オペラはこの4回の公演の場に、自分の体で出かけていかないと体験できない。聴き手も出演者も含めて、たくさんの人たちがその時間にその場にいてやるしかないという、非常に特別な時間を作る芸術の形。ぜひぜひ、いらしていただきたいと思います」(多和田)

新国立劇場のオペラ《ナターシャ》は、指揮:大野和士、演出:クリスティアン・レート。8月11日(月祝)、13日(水)、15日(金)、17日(日)の全4公演。東京・初台の新国立劇場オペラパレスで。

取材:宮本明

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2556563

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